35話 俺と私の貴族の婚約事情について⑤
本気、とまではいかなくても、片手で往なそうとしていたロイに両手を使わせる位には、やる気を出して貰えたという事がかなり嬉しくて自然に顔が緩む。
でもまだだ。まだ本気は出していない。そしてどうせなら試したい技…サラにはまた『漫画オタク』と言われるだろう技もやってみたい。どの位この世界で通用するのか試してみたい。
再度攻撃を仕掛けるためにまた腰を落とす体勢になった俺に、今度はロイも真剣な表情になった。
「行きますわよ。覚悟は宜しくて?」
強気に言い放つとロイは木刀を前で握りなおして小さく頷く。
それを合図にロイとの距離を詰める為に地面を蹴った。
右手に持った木刀をバトンのようにくるりと手の甲で回して逆手にし、真剣で言う刃の部分が小指側になるように持つ。
ロイの懐まで行くと、そのまま木刀で右から左に勢い良く薙いだ。
力の篭らないその切り付け方は、想像通りに容易にロイの木刀で受け止められた。
「お嬢様…あんた、誰に習ってるんでしたっけ?…」
「騎士団の方よ?今の攻撃は自己流ですけれど」
呆れたような、けれど少しだけ驚きも含んだような表情でロイは受けた木刀を軽く弾き飛ばした。
身長も体型も似たようなものなのに、簡単に弾かれてちょっとだけイラっとする。
こういう所に男女差って出るんだよな。
「手合わせ中に考え事してると怪我しますよ」
「あら。ロイから攻撃をしてこないから考える暇があるのよ?」
煽る様に、木刀を手に持ったまま腰に手を当てて首を傾げて見下すように言ってみる。
「…していいならしますけど」
「もちろん良いに決まっているわ」
木刀を持っていない方の手で口元を隠してうふふとわざとらしく笑うと、ロイもイラっとした表情で木刀を構え、まっすぐに走り寄ると上から木刀を振り下ろしてきた。
やっぱり布を大量に巻いた木刀は重いのか、若干ゆっくり見えるその剣筋を右に避ける事で軽くかわし、木刀を両手に持ち直してロイの頭を狙うように右下から左上に向けて振り上げる。
けれどその攻撃も背中を反らせるようにして簡単に避けられた。
剣を交えてみたりかわしてみたりを繰り返して、どのくらい経っただろう。
疲れが出てきた俺の身体は、胸が苦しく足も少し重くなってきた。
対するロイは息も全然乱れた様子もなく、むしろ余裕を見せている。
スタミナ面では完全に勝てるわけがないし、まず俺は低いとは言えヒールの靴で動いているわけで…勝てる見込みは0だっていうのは知ってるんだけど、それでも男としてのプライドがある俺には「まいった」と言えるわけがない。
「まだやります?」
若干呆れ気味に見下ろしてくるロイ。
もううんざりだとばかりに肩に木刀を担いでいる。
悔しくて睨みつけながら最後の力を振り絞って余裕綽々なロイに駆け寄り、両手でロイの木刀を狙って叩きつける。
木刀を落とさせれば俺にも勝機が見える!
「うわっ!?」
片手で受けようとして木刀を弾かれたロイは驚いた声を上げるけど、やっぱり木刀を取り落とす事はない。けれど大きく揺れたその腕はがら空きで、最後の力を振り絞ってロイの手首を狙って木刀で突く。
それでも落とさないのは、それだけの訓練をしてきた兵だからだろう。
流石にこれ以上の力はないし、諦めるか…
と、その場に崩れ落ちるように座ったその時だった。
「そこまで!」
低い、けれども爽やかさを含んだキース王子の声が響いた。
あー…しっかり王子の存在忘れてたわ…そしてサラとユーリンの存在も忘れてたわぁ…
キース王子の終了の合図を聞いて、慌てたようにユーリンが俺に駆け寄ってきた。
「お嬢様!大丈夫ですか!?お怪我は!?」
心配そうに涙を浮かべて潤んだ茶色の瞳は、せわしなく俺の身体を見回し、特に問題がないと知るやロイを睨み付けた。
「ロイ!貴方、仮にもお使えするお嬢様に対してなんて無茶をするんですか!お嬢様に攻撃するなんて…お怪我でもされたらどうするんですか!!」
「いや…だって…お嬢様が攻撃してこいって…」
「おだまりなさい!!大体あなたという人は!」
ロイに対してかなりなお怒りを見せるユーリンに、流石のロイも反抗できず縮こまりながらもお叱りを受けている。
苦笑しながらそれを眺めていたら、スっと目の前に大きく整った手が差し出された。
見上げると優しく微笑むキース王子。
あ。これ見たことあるわ。
確かゲームでサラがアンリエッタの取り巻きに背中を押されて倒された時に助けに来た時のスチルだわ。
差し出された手に俺の手を乗せると力強く引っ張られて立たされ、もう片手で腰を支えられた。
勝手に腰に触れるとか、前世でやったら痴漢だからな!
ってか、この世界でも痴漢だと思うんだ!イケメンだからって許されると思うなよ!
「この勝負、貴女の勝ちですね」
身体を引き離そうとしている時に言われた言葉に、思わずきょとんと見上げてしまった。
「は?…私の負けでは?…スタミナ切れでもう動けなくなったのは私ですわ…」
引き離そうとした身体を、殊更抱きしめるように引き寄せられた。
近い近い近い!!
「騎士は手を攻撃されたらおしまいです。それで剣を持つことは成りません。今回は木刀でしたが、これがもし真剣だった場合、今頃彼の手は剣を握ることもできなくなっていたでしょう」
「け…けれどもう片手がありますわ」
段々近付く気がするキース王子の胸板を両手で押すも、手を掴んでいた手も背中に回り、腰と背中で支えられてぴったりと身体がくっつく。
だから近いって!!
「普通は利き手以外で剣を持つ練習はしませんから、もう片手を使ったとしてもすぐに斬られて終わります。貴女は両手で剣を使えるようでしたけどね」
微笑みながら近付いてくるイケ面に、背中を反らしながらキース王子の胸元を押していると「危ないですよ」と耳元で優しく囁かれ、膝下と脇の下に手を入れられて……軽々と持ち上げられた!?
「なっ!?降ろしてくださいませ!!」
「おっと、暴れないで下さい。危ないから。もう立つ事も大変なのでしょう?お部屋まで運びますよ」
腕の中で暴れても降ろしてくれないどころか、抱き上げた腕に力を込められて思わず真っ赤になった。
なんで!!男が!!男に!!お姫様抱っこされにゃならんのだーー!!!!




