31話 俺と私の貴族の婚約事情について①
週に二度の恒例のサラとのお茶会に、その人はやってきた。
「アンリエッタお嬢様!大変です!」
「騒々しい。お客様の前で何事ですか」
優雅に紅茶を飲むサラの居る前で、当家のメイドらしからぬ慌てた様子でノックもなく部屋の扉を開けた。
叱りつけるのは俺付きメイドのユーリンだ。
俺とサラ、それと一緒にお茶をしているロイに給仕してくれている。
今日は報告会って事で、俺とサラとロイ。そして新しく仲間にしたユーリンを交えて、四人で報告会を行っている。
実はロイを仲間にした後、ユーリンにはすぐにバレた。
騎士団の公開訓練に始めて参加した日、前世で少しだけ剣道をやっていたからと若干の自信があった俺は、実力を見るための練習試合で対戦した10歳くらいの少年に簡単に負けた。
開始してすぐ、相手の少年は俺の利き手である右手首を狙って木刀を繰り出してきた。
子供の力でも、強く殴られたそこは痺れて木刀を落としてしまい、『10歳以下の実力』という結果と、右手首に木刀の痣を土産に邸に帰る事となった。
そしてその痛々しい痣が、着替えや風呂を手伝ってくれるアンリ付きメイドのユーリンにバレないわけはなく、詳しく事情を話す事になった。
まぁ、事情を話したらユーリンも「お嬢様の安全の為ならば私もお手伝い致します」と言ってくれて、俺を応援してくれている。
そして「もう怪我はなさらないでください」ときつく言われ、サラとロイを含めた全員で『怪我をしないで強くなる為の練習方法』とその結果の報告会のような事をする事になった。
で、そんな中慌てて飛び込んできたのは先々週だかに雇われ始めた新人メイドのミー。
本名がミラルージャンシャデルフィなんちゃらと名前が長く、みんなからは「ミー」とか「ミラ」とかって呼ばれている。
まだ10歳というその少女は緩く編まれた薄い茶髪のおさげが走ってきた勢いで左右に揺れている。
「すみませんっ!でも緊急でっ!王太子殿下がいらっしゃってます!」
慌てている為に早口でそれを伝えるミー。
両手をぐーにしてぴょんぴょんと飛び跳ねながら言うその姿はまるでウサギみたいだ。なんて現実逃避していると、すぐに反応したのはユーリンだった。
「王太子殿下という事は、キース殿下ですね。ミーがここに来たと言う事は、アンリエッタお嬢様に会いに来られたという事で間違いはないのね?」
ミーは「はい!」と叫ぶと何度も頷く。
「来訪のお手紙は来たとは聞いていないから…普通なら先触れがあるはずなのだけど…」
不思議そうにユーリンは首を傾げた。
通常は王族や貴族がどこかの邸等へ行く場合、相手の家の者に先触れという形で使用人を先に向わせて「今から伺います」と相手に伝えるか、もしくは手紙で何日の何時に伺いますと送られてくる。
だから、今日のように急に来る事はない。
そして俺の頭の中には、一昨日届いた王家の印璽の封蝋が付いた白い封筒が思い出された。
「お嬢様、お手紙は届いたりしていませんでしたか?」
…思わずユーリンから顔を背けてみる…
「…届いていたんですね?…」
いつもより低めの声はかなりお怒りモードだと判る…
「…てっきり、まだ出してない婚約願いの返事の催促かと思ったのよ…だから…ね?…」
『許して』と言外に伝えるとジロリと無言で睨まれた。
「アンリエッタ様は大至急ご準備を。
サラ様には大変申し訳ございませんが、アンリエッタ様と私は少し席を外させて頂きます。当家の不手際で申し訳ございません」
深々と頭を下げるユーリンに、同情するような瞳で優しく微笑んだサラは「お気になさらず。ユーリン様もお疲れ様です」と労わりの言葉を掛けた。
ゲーム内のサラは使用人にも優しく様付けで呼んでいたから、中身姉貴のサラもそうしているらしい。
「どうしましょう?まだ本日のお話も終わっていませんし…私はここでお待ちしていて良いのでしょうか?」
困ったように眉を寄せて頬に手を当てて首を傾げるサラ。あざとい!と言いたいがグッと堪える。
そんなサラの様子にころりと騙されたロイが真っ赤になりながら椅子から勢い良く立ち上がった。
「おっ!俺でいいなら、お話相手できます!!」
おーおー。言った後に真っ赤な茹蛸になってら。
着替えろとユーリンに急かされて椅子から立たされ、サラとロイを横目で見つつクローゼットの部屋に向った。
◆◆◆◆◆
王族に会うのだからと正装させられ、化粧も施され、髪も結い上げられた俺は、現在何故か外でロイを相手に木刀を握らされている。
隣にはそれをにこやかに見守るサラと、ハラハラとした様子で見守るユーリン。
そして面白そうに見ている第一王子で王太子殿下のキース様。
どうしてこうなった…




