30.5-1話 可愛い弟 <side.キース>
いつも読んでいただいてありがとうございます。
今回は二話同時更新です。
30.5-1話と、30.5-2話があります。判り辛くてすみません。
どちらから読んでも大丈夫です!
事件があった日の夕食時。
ムツキは自分の席に着いたままぼーっとした表情で手にフォークとナイフを握り、無意識のように料理を口に運んでいた。
大きな白い長テーブルでそれを心配そうに見詰める第一王子キース。
二人だけにしては大きすぎるテーブルは、王とその妃が三名、王子が五名という大所帯の為に大きく設えてあったが、夕食時に全員が揃うのは滅多にない事だった。
王は執務の為に遅く、王妃達は夜会や翌日の茶会の準備で忙しく、王子達も色々と付き合いや仕事や訓練等がある為にどうしても同じ時間の食事は難しかった。
今日はキースも父王から出された課題という名の王の執務の手伝いがあり忙しかったのだが、その仕事の最中に出掛けていたムツキの護衛からムツキが事件に巻き込まれた事を聞き、慌てて残っていた仕事を片付けた。
王子達の中で人一倍心が優しく、身体的にもか弱いムツキ。
母違いの弟ではあるが、可愛らしい末っ子は全ての兄王子達や王妃達から愛されて育ってきた為、純粋培養と言っていい程に人の悪意に耐性がない。
そんなムツキの事だ。今日の事件で心を痛めて食事を摂る事も難しいのではないか?
そんな時に一人にさせるのは、ムツキにとって辛いのではないか?
そんな心配がキースの胸の中を駆け巡り、現在、兄弟の中でも一番顔を合わせる事が少ない第一王子キースと第五王子ムツキが一緒に食事をしている。
ムツキはぼーっとしたまま、まるで自動的にナイフで肉を切り、一口大になったそれをフォークに刺して口に運ぶ。
口に届くまでの間に刺さり方の甘かった肉はフォークから逃げるように転げ落ちるが、ムツキは気付く事もなく何も刺さっていないフォークを口へと運ぶ。それを何回も繰り返した。
「ムツキ?…大丈夫か?…」
ムツキのその異常な行動に心配そうな表情で優しく声を掛けるキース。
キースの優しい声を聞いたムツキはキースに焦点を合わせると、じわりとその大きな黒曜石のような瞳に涙を溜めた。
(あぁ…随分と怖かったんだな…)
ムツキの涙は恐怖を思い出してのそれだろう。キースはそう考え、自分の席を立ち涙が零れないように堪えようとしているキースの隣の席に移動した。
「無理はするな…泣きたいなら泣いていいし、我侭だって言っていいんだよ」
ちょっとでもムツキが元気になるように、とキースは優しくムツキの頭を撫でた。
心優しいムツキは普段から我侭も言わないから、こういう時に何か我侭を言ってくれたら、と思うのは、甘えられたい兄心だ。
「……心が…痛いんです…あの人の事を思うと…この想いは伝わらないし伝えちゃいけないってわかってるんです…でも…どうしてもあの人が忘れられなくて…」
堪えようとした涙は、優しいキースの言葉と暖かい手によってぼろぼろと零れ落ち、膝に敷いたナプキンに水玉模様を作っていく。
恐怖を思い出しての涙ではなかったようだと判り、キースはほっと胸を撫で下ろした。
恐怖の記憶や嫌な記憶は消すことは難しい。
現に、子供の頃に嫌な目にあったもう一人の弟は、子供の頃から時分の部屋から表に出てくる事がなくなった。
篭っている弟のようになる前に、ムツキを助けたいと思っていたキース。だからこそ今日の晩餐は一緒に摂ろうとしたのだ。
(確か、どこかの令嬢に助けられた…と言っていたな)
ムツキの護衛がそう口にしていた。
ムツキに口止めされているからと護衛は口を濁したから、どこの令嬢か聞けなかったが、その令嬢に可愛い弟は恋をしたらしい。
「そのご令嬢はもう結婚か婚約をしているのかい?」
身分違いとかなら、幸い王家には他に四人も王子がいる。一人くらい市井の娘を嫁に迎えても問題はない。
それが出来ない相手となると、考えられるのは既婚者かすでに婚約をしている女性のどちらかだ。
キースの考えが当たったようでムツキは小さく頷いた。
「…まだ実際に婚約はしていないけど…でも婚約相手は…います…」
辛そうに膝の上で手を握り締め。唇を噛んで涙を溢すムツキ。
婚約をしていないけれど婚約相手がいると言う事は、子供の頃からの約束でデビュタントをしたら婚約をする事が決定している娘。
もしくは、嫁ぐ先は決まっているけれど、まだ婚約の返事をしていない娘のどちらかだ。
ただ、前者でも後者でも、王家からという事であれば今の婚約者候補を取り下げて婚約をする事はできる。
(優しいムツキにはそれは無理だな…)
ムツキが欲しい物でも、他の人が「欲しい」と言えば「どうぞ」と差し出す優しい子だ。
横恋慕してまでその相手を欲する事はしないだろう。
けれど、もし嫁ぐ相手が嫌でまだ返事をしていない令嬢ならまだ可能性は有る。
きっとこの優しい弟は相手が誰か聞いても言わないだろう。
ならば、どんな手を使ってでも相手を探し出して、婚約者候補である男に婚約の取り下げをさせればいい。
権威を振りかざすのはしたくないけれど、可愛い弟の為なら使える物は使ってやるさ。




