25話 俺と私の人助けを致しましょう①
腰に剣をつける為のベルトを着けて剣を下げる。木刀はそのベルトの隙間に落ちないように差し込んで外套で隠せば、一見しておかしい所はない。
そしてその格好で服屋に向う。
思ったより安く剣が手に入ったから、残りの金貨2枚で服を買おう。
ズボンとシャツと靴。外套は…出来ればあった方がいいかな。
流石にロイのを毎回パクるのは流石にバレるだろうし、洗濯もしなきゃだし。
でも動くのには今着てるようなズボンにシャツに靴がいい。靴下も欲しいな。
服は安いのでいいからと、一番大通りから遠い男性物の服屋に入る。
女性物はズボンは売ってないから仕方が無い。
そして男性物は特にお洒落とか流行りとかがないから適当に選ぶ。
元々が着れればいいって性格だから、特に迷うこともなく簡単に選んでいく。
黒のズボンと紺のズボンを1本づつ。あとシャツは濃い目の色がいいから、やっぱり黒と紺、それと茶色を1枚づつ。それと靴は動きやすいのを選ぶ。でもちゃんとしたやつじゃないと剣を落とした時に大変な事になるからと、なるべく頑丈な物を選んだ。
靴下も4足分選んで、外套なんかはそんなに洗わないから1枚でいいやと、黒の外套の襟元に青銀色の房の付いた物を選んだ。
これならもし髪が出ても房で誤魔化せそうだし。
あと帽子もありきたりな黒の物。
揃えてレジに持って行くと、出された金額は銀貨21枚と銅貨6枚。
足りないので紺のズボンと靴下を1枚棚に戻して、結局銀貨16枚と銅貨8枚になった。
とりあえず買った服は三日後に公爵家の敷地に建っているトム爺さんの医療施設件自宅に送ってもらう。トム爺さんなら色々と誤魔化してくれそうだし。
残った硬貨は銀貨3枚と銅貨2枚。
あと必要な物は…染め粉でも買っとくか?
変装する時に髪の色を染めておけば楽だしな。
染め粉が売っているとすれば雑貨屋だ。
雑貨屋街はこの通りの隣の通りにある。
図にすると中央から南に掛けての大通りの一本左側の通りが服屋街。
その隣、大通りから二本左の通りが雑貨屋街だ。
あまり時間をかけたくないし、あまり待たせるとサラに怒られそうだから細い路地裏を西に抜けて雑貨屋街に出る。
…つもりだったんだけどなぁ…
「オラ、金出せよ。持ってンだろ?」
「や…やめてください…」
壁に背中を付けた小柄な赤いマントを着た高い声の主のその細い左手を、男が鷲掴みで逃げないよう掴んでいる。
目の前で繰り広げられるのは、お約束のカツアゲイベント…どうしてこう変なのに巻き込まれるんだろうか…いや、まだ巻き込まれてはいない。目の前の二人には気付かれてないし。このまま見なかった事にして戻ればバレない。
そして助けを呼びに行けば…
あ…被害者と目が合った。
「たっ…助けてっ」
被害者のその声でカツアゲしてたヤツがこっちを見…あれ?…見覚えあるんだけど…
猫背でガリガリのハゲ…俺を攫おうとしたヤツの一人だ。
ハゲを上から下まで見る。武器らしい物は腰に下げた短剣だけ。
俺の持ってるのは今さっき買った真剣と木刀…うん。木刀でいけそうだな。
ハゲが反応する前に腰を落として走り寄り、腰のベルトに挿した木刀を抜いてその綺麗な頭に木刀を振り下ろす。
ゴッと鈍い音がするとハゲがゆっくりと地面に崩れ落ちた。
多分気絶させたとは思うけど、念のため靴のつま先でつついて反応を確かめる。
うん。動かない!
今の内に縛らないと…
まぁ紐なんてあるわけないけどねー!って事でハゲの腰に巻いていたベルトを引き抜いてそれでハゲの手を縛り上げた。
「あのっ…ありがとうございますっ…」
縛り終わるのを見計らったように背後から可愛らしい声。
そう言えばあまり顔とか見てなかったな。
振り返ると、被っていた赤いマントのフードを落とした少女は、この国には珍しい真っ黒なふわふわなクセっ毛のショートヘアに、同じく真っ黒な大きな瞳に沢山の涙をぽろぽろと溢しながらお礼を言う少年だった。
少年だった。
いや、さぁ…だってさぁ…まさかこんな高い声で男だと思わないじゃんか…
女の子だと思うじゃんか…しかも可愛いし…
若干テンションが下がった俺を、捕まれて赤く跡の残った手で涙を拭いながら不思議そうに見る少年。
その視線の先を見ると、走ったり木刀振り回した時に外套から出てしまっていたらしい、俺の長い髪だった。
「女性…なのですか?…」
こてん、と首を横に傾げて聞くその姿は愛らしい。
男でも可愛いと思えるくらいに。
「あー…うん。女、です」
女として負けた気がするのは何でだろうか。
いや、俺自身は男だけど…今は女だから…って何言ってんだ。
そして一瞬男でもイイとか思ったとか…何言ってんだ。
「あのっ…お礼がしたいので宜しければお名前をっ」
泣いたせいか、女に助けられて恥かしいのか若干頬を赤らめて両手を前で組んでお祈りポーズな目の前の少年を、女に間違えない方がおかしいと思う。
うん。俺はおかしくない。
「お礼なんて…気持ちだけで十分です。無事でよかったです」
貴族令嬢と判らせないように普通の口調で答える。
目の前の可愛らしい少年を見た覚えがあるから。
アンリエッタとしても、悠馬としても。
ムツキ・エンディライト・ブロムリア。
この国の第五王子にして、攻略対象者。
アンリエッタの顔は多分知らないだろう。
アンリエッタの方はムツキ様のデビュタントの夜会で遠目から拝見したから知っている程度だし、あの夜会以来ムツキ様は夜会にも茶会にも出て来ない。
通常なら公爵令嬢だから王族のデビュタントなら、夜会の最中に直接お祝いの挨拶に伺わなきゃいけないけど、あの時、あまりに緊張したのかムツキ様は登場と同時に倒れられた。
だからあの時には誰も挨拶できなかったんだよな。
個人的に挨拶に王家に伺う家もあるけど、うちは父様と母様が挨拶に伺って終わったし。
「いえ、どうかお礼を…っ!?」
いらないと言っても尚も礼をと口を開くムツキ様が開いた口のまま驚いたように目を見開き固まった。その視線の先は俺の後ろ。
何かあったんだろうか?
振り返った俺の視界に映ったのは、ピンク色のウェーブ掛かったロングヘアーに化粧を施した長身の男と、その男が振り上げた抜き身の宝飾で飾られた長剣だった。
あぁ。俺、この世界でも死ぬのか。
折角姉貴に会えたのに…な。
化粧で飾ったその顔には怒りの表情。
男の長剣は、すぐさま俺の脳天目掛けて振り下ろされた。




