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俺と私の公爵令嬢生活  作者: 桜木弥生
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24話 俺と私のおしのび大作戦⑦

 爺さんが奥に行ってしまい、とりあえずやる事もないし周りの手頃な剣を見た。

 どれも金額が金貨10枚以上で、安い物もあるけど長剣ででかいから重い。

 あとは逆に小さくて、短剣くらいしかない。


 爺さんが奥に行ってから暫くして、奥からガチャガチャという音がした。何してんだ?

 時折、ガシャンとかガラガラと何か崩れる音もする。

 

「…大丈夫ですか?…」


 心配して掛けた声に返事はない。

 暫くすると爺さんが手に細身の剣を持って現れた。


「振ってみろ…」


 ズイっと目の前に剣を出し握らせられる。

 細身のその剣は思った以上に軽い。

 けれど軽すぎず、記憶の中の木刀と同じような重さだった。

 装飾はないけど、柄と鞘には綺麗な模様が彫られている。

 どちらかと言えば女性向けの剣だなと思うくらいには。


「早くしろ…」


 ジッと手の中の剣を見ていた俺を急かすようにする爺さん。

 右手に柄を持ち、鞘をゆっくりと抜くと銀に煌く刀身が表れた。

 その刀身は潰されてはいなくて、完全に実用性重視の剣だった。

 できれば俺は刃が潰された物のがいいんだけど。

 牽制できて、打撃できる程度でいいから木刀か刀が潰された物のがいい。

 それに、他の剣を見た感じ刃が潰されたやつのが安いし。


 この世界の剣の作法も握り方も知らないから、剣道の構え方で構える。

 あぁ。懐かしいな。

 剣の重さはしっくりくるし、鞘も手に馴染む。

 中段の構え。

 左手で柄の端を持って右手はその前、柄の刃側を持つ。

 右足を前に、左足を後ろに拳一つくらい開けて開く。

 顎は引いて背中を伸ばす。視線はまっすぐ相手を見るように。

 今は相手がいないから真正面にある空間を見詰める。

 小さく息を吸いながら剣を上げ、「ふっ」と息を吐き出しながら勢い良く剣を振り下ろした。

 ヒュッと空気を切る音がする。


「その剣なら…そうだな…木の刀と一緒に買ってくれるんなら…金貨5枚で売ってやってもいい…」

「は!?」


 流石に安すぎだ。思わず驚いて声を上げてしまった。

 確かに装飾は一切ないけど、物としては良い物だって素人目の俺でも判る。


「不服か?…じゃあ金貨3枚でどうだ…」

「いやいやいや、そうじゃなくて!安すぎでは!?」


 俺の驚きの声を不満の声だと思ったのか値下げしてくる爺さん。


「そんな安くなんて!この剣だけで金貨15枚以上の物でしょう!?」


 他の剣を見る限り、金貨15枚以上が相場だろう。俺のそんな言葉にずっと睨むように見ていた目をきょとんと丸くする。

 そんな顔もできたのかと思わず思ってしまった。


「ふん!そんな良いもんじゃぁない!わしが昔婆さんにくれてやったもんだ!」


 それまで小さな声で喋っていた爺さん。機嫌が良さそうに大声になった。


「プレゼントした物なら尚更です。てか売っちゃダメでしょう!奥さんが泣きますよ!」

「すでに婆さんはこの世にゃおらんわ!婆さんと似た年恰好の娘っこが来たら譲ってやれって婆さんには言われてるんだ!なんならタダでいいから持っていけ!」


 返そうと剣を柄に閉まって渡そうとしたが「断固受け取らんとばかりに腕を組んでその手を脇の下にまで仕舞っている。頑固爺か!


 ってか、婆ちゃん死んでるんだらコレ形見とかいうやつだろ。

 そんな大事なもんいいのか?


 顔に出ていたらしい、爺さんは俺の考えを読んだように「ふんっ」と鼻を鳴らした。


「剣っちゅーのは使われてなんぼだ…見たところあんた、イイトコのお嬢さんだろう。なのに剣の腕は…一流とまではいかなくても、そこそこやってたんだろうってわしにもわかる捌き方だった。構え方は見たことないやつだったが…独学か、他の国のやつにでも教わったんだろう」


 そこまで言うと会計カウンターの所にある椅子まで行き、座ってしまう。

 隣にある木箱に座れと顎で促しながら。

 長い話になるかもしれないし、とりあえず進められた木箱に座る。

 木箱を二個積んでできているから少しガタガタするけど、座れないくらいじゃない。


「剣をそこそこやってたイイトコのお嬢さんが剣を求めてやってくる…うちの婆さんとまったく同じだ…まぁ婆さんは元イイトコのお嬢さんだったんじゃが…」


 懐かしそうに細めた瞳は潤んでる。

 余程婆さんが好きだったんだろう。


「…没落して、剣の腕を磨いて女騎士になるんだと…元々鍛冶職人を目指してたわしが作った剣を気に入ってくれて…豪気な女でな…」


 あぁ。プロポーズで渡したのか。爺さんが作ったこの剣を。

 手元の剣に視線を落とす。ふと鞘を見ると、小さな薔薇が彫ってあった。

 薔薇の花言葉はこの世界では『永遠に愛しています』『ずっと側に居て欲しい』だ。

 そんな愛の結晶を、本当に俺が貰っていいものなんだろうか。


「死ぬ間際に…『私と同じ境遇の子が来たら、また剣を作ってあげて。作れなかったら私に贈ってくれた剣の中でその子に合う剣をあげてね』って言っててな…でも中々女で剣の道を目指すのは居ない…もう年も年だし、店も畳もうかと思っていたところにあんたが来た。しかも、アイツと同じ背格好だ」


 なるほど…でもさ。ちょっとこれ、貰うには重い…いや、重さじゃなくて気持ちが重い。

 だって俺、剣の道目指すとかじゃねーもん…


「あの…確かに私はイイトコのお嬢さんかもしれません。ですが、頂くには問題があります。私、剣の道を目指すわけではなくて、自衛の為にと思って剣を再開しようと思っただけなんです。だから騎士を目指してるわけではなくて…」

「だからなんだ?騎士だけが剣の道じゃないだろう?自衛でも…例えば家族を守る為だけでも剣を始めればそれは剣の道だ。嬢ちゃんは遊びで剣を始めようとしてるのか?」

「違います!遊びなんかじゃありません!」


 そう。遊びじゃない。

 前みたいに攫われそうになった時に自分が助かるためで、他の人を助けるためだ。

 一応公爵令嬢だから騎士にはなれないけど、遊びで剣を始めようなんて思ってるわけじゃない。


「ならそれも『剣の道』だろう」


「だから貰ってくれ」という爺さんに、頷く以外できなかった。


「でも、タダはダメです。お金は払います。手持ちが金貨10枚なので、木刀とこの剣で10枚で良いでしょうか?」

「剣は元々がタダみたいなもんだ。それは多い」

「金貨10枚は、お礼と思って受け取って貰えませんか?お爺さんとお婆さんの思い出の品を頂くんです。それでも少ないくらいです」


 何度かの押し問答をして、やっと爺さんが金貨8枚で手を打ってくれたのは話し始めて一時間以上は経過しただろう頃だった。

 結局、金貨2枚はおまけさせられた。どっちがどっちにおまけしてるのかわからねーけど。

 軽くなった金貨袋の代わりに手に持たされたのは、爺さん作の剣と木刀2本。

 あと剣を指すためのベルト。これも付けられた。ちょっと爺さん大盤振る舞いすぎ。

 流石に「貰いすぎ」と言っても最後は無視された。

 何か、婆さんと子供が出来なくて、もし出来てたらこんな孫ができてたかもとかって話もされたから、ちょっと孫孝行しろとわけがわからない自論で諭された。


「じゃあ私を孫扱いするのであれば、私も店主さんをお爺さんと呼ばせて頂きます。で、お爺さん。もし今後、生活に支障がでるようでしたら『グレイス公爵家』まで来てください。もし誰を訪ねてきたか聞かれたら『アンリエッタ=グレイス』の名前を出してください」

「は…?…え…グレイス…え…公爵家の…!?」


 国に四家しかない公爵家だからすぐわかったらしい。

 急に青褪めていく爺さん。そして土下座…って何で!?


「公爵家のお嬢様とは露知らず、不敬な態度、お許し下さい!」


 あ。そういうこと。


「別にいいですよ。私もお忍びで来ているので。というか顔を上げてください。お爺さん」


 爺さんの肩を支えながら起こすと、椅子に座らせる。顔はまだ青い。


「家族には剣は止められているんです。なので私は剣の手入れの仕方も知りません。お爺さんさえ良ければ、時々剣の手入れ方法を教えて欲しいです。それにココにいる間は『お爺さんと孫』でしょう?なので畏まらないでください」


 害は与えないと安心させるように微笑むと、爺さんは段々と顔色を戻した。


「…公爵家のご令嬢が孫なんて恐れ多い…」

「いいじゃないですか。ここにいる間は。また会いに来ますから、またお婆さんの事とか教えてください」

「……ありがとうございます…いや…ありがとう…」


 婆さんが亡くなってからずっと一人だったらしい爺さん。

 他人でも孫って呼べる存在がいれば少しは生き甲斐が湧くかなと思って言ってみたけど、あながち間違いではなかったようだ。

 初めは睨みつける視線だったその瞳は、俺が帰る時には優しく弧を描いていた。


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