20話 俺と私のおしのび大作戦③
流石に鍵は開けれないし壊せない。
諦めて部屋に戻るか…と、踵を返した時だった。
「お嬢様?何してるんです?」
手に大きな籠を持ったロアが建物の裏側から出てきた。
「ロイがまだ部屋にいるかと思って!」
慌てて誤魔化してみる。
ロアは兄様の専属だから俺の予定とかはあまり入っていないはず!
その推測は正解で、ロアは「今日は護衛ではないのですか?」と首を傾げた。
「今日は礼儀作法の先生がいらっしゃるからロイは騎士団に行くと言っていましたの。今休憩中で、まだロイはいるかしら?と思って来てみたのだけど…もういないみたいね」
俺の嘘をすんなりと信じたようで「そうですか」とロアはロイの隣の部屋を開けた。
「俺も私用が済みましたので王宮に行きますが、ロイに何か言伝があれば伝えておきますが?」
手に持っていた籠を部屋の中に置いて出入り口に置いてあったらしい書簡を二つ持つとドアを閉めて鍵を掛けた。
私用って何してたんだろ?
「洗濯ですよ。暫く忙しくて溜まってしまっていて…ロイの分も一緒にしたので少し時間が掛かりましたので、アラン様に許可を頂いて午前中は時間を頂いていたんです」
顔に出てたか。
俺の無言の問いにロアは律儀に答えると『伝言は?』と再度聞いてきた。
「あー…別に良いわ。戻ってからで大丈夫ですし」
実際ロイ自身には用事はないしね!
「そうですか。では私は失礼致します。アラン様に届けなくてはいけない書簡もありますので」
ロアは執事見習いらしく真っ直ぐな姿勢で綺麗にお辞儀をするとそのまますぐにそこから立ち去って行った。流石、出来る男である。ってか将来有望すぎるだろ。
てか、ロイは洗濯もロアにして貰ってんのか。
確か前に掃除もロアがしてるとか何とか言ってた気がする。
って、洗濯?…もしかして!?
ロアが視界から消えたのを確認してから急いで建物の裏に回る。
ほらやっぱあった!!
周りを慎重に確認してからロイのであろう干されたばかりのズボンとシャツ、それから外套を一枚づつ干し竿から外す。あと陰干ししていた帽子と靴も。
ロアのでもいいんだけど、ロアはロイより細かいから一枚でも無くなったらすぐ気付きそうだからロイのを失敬する。
ってか、ロイの洗濯物が多すぎる。
ざっと見てシャツが10枚近く、ズボンも5枚以上。外套は少なくて3枚干してある。
対してロアの服は上下3枚づつ。
三日に一回は洗濯しているロアに対して、ロイは溜め込んでるんだろうなぁとこの光景だけでわかる。
まぁ、洗濯物出すのはめんどいよね。俺も前世では部屋に溜め込んで良くおかんと姉貴に怒られてたっけ。
思わず懐かしくなったけどとりあえず場所を移動せねば。
流石に濡れたままの洗濯物、しかも男物を持って歩くのは見付かったらヤバい。
この世界じゃ乾燥機もないからすぐ乾かすとかも無理だし…だからと言って濡れたままは色々ヤバい。主に臭いとか臭いとか臭いとか。
とりあえず乾かせて隠せる場所を探すか…でもそろそろ戻らないと礼儀作法の先生が騒ぎ始めるかもしれないし…トイレ行ったまま戻らないとか、確実に倒れてるんじゃと思われるかもだし。
とりあえず戻るのが先決だな。
なるべく小さくなるように服を丸めて持ち元来た道を戻る。
◆◆◆◆◆
運よく誰にも会わずトイレまで戻れたけど…ちょっと警備薄すぎやしませんかね。この邸。まぁ俺には好都合だけど。
で、戻る間にちょっと思い出した事がある。
うちのトイレは俺たち家族用のトイレは二つあり、片方は少し広くなっている。
社交界用のドレスを着たりすると自分一人では用を足せないからメイドに一緒に入ってもらって脱がして貰う為なんだけど、その広い方のトイレには実は隠し扉がある。
トイレのタンク裏にある小さな突起を押すとタンク右側の壁が開き、人が一人通れるくらいの通路が現れる。ここは敵が入ってきた時に逃げる道になっていて、この先を進むと北東の緊急避難用扉の方向に出られると聞いた事がある。
俺が攫われかけた時にあの人攫い達が出ようとしていた赤銅の…南東の扉と似た扉の前に出るようになっているらしい。グレイス家の管理は北東の青銀の扉らしいからそっちにすぐに出れるようになっているらしい。
全て「らしい」なのは実際に使った事も、うちの管理している鍵を見た事がないから。座学でしか知らない。
実際、あの攫われた時に始めて緊急避難用扉を見たくらいだ。
でだ。この通路の事を知っているのは父様、母様、兄様、俺、執事長のクロム、メイド長のセイラのみになっている。
普段使わない場所な為に掃除はセイラが月に一回掃除しているくらいだったはずで、現在パっと見て綺麗な状態って事はもう今月の掃除は終わった後だと推測できる。
ってことは、最低でも今日明日はココを見られる事はないだろう。
俺は持っていた塗れた服を通路の途中途中にあるランタン掛けに服を広げて掛けて靴と帽子は床に置くと、もう一度タンク裏の突起を押して壁を戻してトイレから部屋に戻った。
◆◆◆◆◆
戻るのが遅いと先生にこっぴどく怒られた後、元々の予定の箇所まで終わらせるまでお昼抜きにされた。でも俺が抜け出していた時間よりも先生の叱っている時間のが倍以上長かった気がするんだけど…それを言ったら完全に昼飯が夕飯になるレベルで叱られるだろうから言わなかった。
そしてあれから十日が経過した。
ロイの服が足りない事はバレていないようで、現在乾いたロイの服一式は手に持った籠の中に折りたたまれて入っている。
日光にも風にも当たらなかったせいか若干渇きが悪くて臭いも少しあるけど、このくらいならなんとかなるだろう。
ってか、畳んだ服の上にお菓子を詰め込んでいるから逆に甘い匂いが移っている可能性が高い。
現在は強面の護衛のおっさんとロイと一緒に馬車に揺られている。
これからサラと王都のお菓子屋でお茶会だ。
あの占い師のばーちゃんの隣にあったお菓子屋なんだけど、そこの二階に行ってみたいとサラに言われて待ち合わせている。
菓子屋リルドの二階は伯爵家以上じゃないと使えないから男爵家のサラは入った事がないらしい。手紙には二階でしか出されないお菓子もあるからそれが食べたいと書かれていた。
そしてサラと王都でお茶会をしたいと父様に伝えたら護衛のおっさんを付けてくれたわけだけど、どこから聞いたのか料理長がお菓子を作って朝っぱらから俺の部屋に持って来た。
『リーバス男爵令嬢に渡してほしい』と。使用人が主人使うとか、うちの家だけだよなぁ…
まぁお陰で服を隠して持ち出す事に成功したわけだけど。
でも服の持ち主が側にいるのにその相手の盗んだ服を持ち歩くって結構冷や汗物だ。バレないようにしないと。
馬車が南の馬車置き場に着くとまずおっさんが降りて手を差し出してくれ、その手に掴みながら馬車から降りる。
続いて後ろを守るようにロイが馬車から降りると、そのままおっさんの後ろを付いていくように菓子屋リルドまで護衛された。
菓子屋リルドの横にあの黒いドアはもう無く路地裏に続く小さな道になっている。結局あの婆ちゃんの孫は見付かったのかはまだ情報が入ってきていないから、どうなったのかは知らない。
菓子屋リルドのドアをおっさんが開けたらしくチリンとドアに付けられた小さな鈴の音が響いた。余所見をしていた俺は音で開けた事に気付いて慌てて菓子屋リルドの店内に入った。




