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俺と私の公爵令嬢生活  作者: 桜木弥生
17/61

15話 俺と私のお茶会をいたしましょう④

「じゃあ私からするわね」


 サラは温くなった紅茶を一気に呷ると、ワンピースの隠しポケットから紙を一枚取り出してテーブルに広げた。そこには見慣れた日本語が書き綴られている。


「って、そんな紙ベースで残して大丈夫か?落としたりしたら…」

「日本語だから大丈夫よ。この世界で日本語が判るのは転生者くらいだし危なくはないわよ」


 …確かに…。

 考えてみればこの世界で使っている文字は日本語じゃない文字を使っている。

前世では見た事がない文字だからこの世界独特の文字なんだろう。そんな文字を使っている世界だから、日本語で書けば見付かっても問題なかったんだな…全然気付かなかった…


「おーい。戻ってこーい」


 軽くショックを受けて俯いた俺のつむじを人差し指でグリグリ押してくる。…地味に痛い…


「押すなよ…」


 少し睨むように視線を向けるとニヤニヤしながら「悪い悪い」と笑われた。

 ゲームのサラは好きだけどこの中身の人は苦手かもしれない…てかまだ会って二度目の人間に気安すぎだろ。


「えーっと。名前は知ってるわよね?ってかゲームは全部やったの?」

「あぁ。ってか、5人とも攻略はしたから5周はしてる」

「じゃあサラのプロフィールとかゲーム上の事は知ってるわけね。あ。ペン借して」


 書く物を忘れたらしい。紙を取り出したワンピースの隠しポケットを喋りながら探るも目的のペンが無かったらしく「貸して」と手を出してきた。


「まぁ、ざっとだけどな。ストーリーなんてほとんど見てないし、姉貴に言われて無理やりやらされてたようなもんだし」


 手に持っていたカップをソーサーに置いて腰を上げると、窓際にある机からピンク色の軸のペンとそれより濃いピンクのガラスで出来たペン立て。

 あと薄紫のガラスで出来ているインク瓶を取るとサラの右手側に並べて置いてやる。


「無理やりって…怖いお姉ちゃんだったの?あ。ありがと」


 笑いながらインク瓶を開けてペンを取ってペン先をインクに浸す。

 たっぷりと吸い込ませた後に瓶の縁で余分なインクを落としていくその手付きは慣れた人のそれだった。


「怖いなんてもんじゃない。あんなの鬼だ鬼」


 サラにインクを渡した後、立ったついでとばかりに紅茶のポットに残っていた湯を注ぎサラのカップに注いでいく。流石にポットの湯も大分冷めているようで、始めの一杯の時程の湯気は出なかった。


「ありがと。じゃあサラのゲームで出てない事を教えるわね。

 えーっと。まず大きいところは方向音痴ってとこかな。ゲームでは必ず側に誰かいたからそんな設定出てなかったけど。でも今は私が中にいるせいか、方向音痴は若干マシになってるかな」


 紙を見ながら教えてくれるサラ。記憶が戻ってから書いたのか、サラに関しての事柄が紙の半分くらいまで細かい字でびっしりと書かれている。

 右上がりのクセのある文字はどこかで見た気がするけど、頭に靄がかかったようにぼんやりとして思い出せない。


「あとは、デビュタントがまだっていうのは言ったわね。それから運動神経は良いみたい。それと重力?なのかなぁ?身体が前世の時より軽く動けるというか…前世よりもパワーがあるというか…」

「パワー?重力??」


 サラ自身も何て説明していいか判らないらしく首を傾げながら説明する。


「こう…前世だったらこのくらいしか飛べないとするじゃない?」


 サラは掌を下にしてをテーブルから10cmの高さ位に持っていき「このくらい」とその高さで掌を横に振った。


「で、そのつもりで飛ぶとこのくらいまでいく、みたいな?」


「このくらいまで」と良いながら、さっきの手をさっきよりも10cm高い場所に持って行き、さっきと同じように掌を横に振る。


「んで、力も全然違う感じなのよ。前世のパンチ力が50だったとすると、今は90みたいな」

「約倍近く上がってるって事?」


 俺の質問に肯定するように首を縦に振る。

 だから大の男五人を簡単に倒せたのか。納得。


「なるほどねー…リーバス様だけがそうなってるのか…それとも前世持ち全員なのか…」

「サラでいいわよ。そっちのが楽でしょ?で、サラの事は以上よ」

「あぁ。サンキュ。俺の事はアンリでいいよ。

 アンリはゲームでは我侭で意地悪みたいになってたけど、実際は心優しい女の子だった。本人は貴族の多夫多妻も頭では理解しているけど、実際に好きになった王子の妻の内の一人っていうのが嫌みたいだ」


サラは「なるほどね」と呟きながら紙の空いている下部分にペンで俺が言った事をサラサラとペンを走らせ書き記していった。


「そういえば、アンリの自我ってどうなってるの?」

「あー…俺の中にいるというか…」


 テーブルから離れて再度窓際の机の所に行くと薄いピンク色の紙を一枚持って戻り、サラの手からペンを貰う。


「こう…アンリエッタがいて、その中に俺がいて、隅っこにアンリみたいな…」


 持って来た紙をテーブルに置くとサラに見えるように人型を描き、その心臓部分に大きめの丸を描いてその丸の中の隅に小さな丸を描いた。


「アンリとは共存してる感じなの?サラは全然いない感じよ。

 元々がゲームのヒロインだからなのか、存在感がないというか…記憶はばっちりあるんだけど、心というか思考回路がない感じ。まんま、ゲームやってる時と同じかな…自分が思うように動かせる…動ける人形に入ってる感じ」


 立ったままの状態で自分の椅子の方にある焼き菓子をフォークで一口大に切り分けてクリームを付けて口に運ぶ。

 うちの料理長は普通の料理も美味いけど、それ以上にお菓子が美味いんだよな。

 口の中の甘い物体を味わいながら咀嚼すると、話しをしていたサラも自分の皿の焼き菓子を同じように口に含んだ。


「立ったまま食べるとかお行儀悪いわよ。ちゃんと座りなさいな。ってかコレめっちゃ美味しいわね!!」


 いくら手で抑えてても咀嚼しながら喋るのもお行儀悪いと思うけど、なんかこのタイプには逆らえない何かがあるようで、その一言は言わずに口の中にある焼き菓子と一緒に飲み込んで大人しく自分の椅子に座った。

 そして俺が座るまでの間にサラは美味しい美味しいと満面の笑みで焼き菓子を平らげた。


「…おかわり持ってこさせようか?」

「くれ!!!」


 女の子が「くれ」とか言うな…なんか、サラの中身のが男らしい気がする…


 俺は再度椅子から腰を上げるとドアを開け、ドアの外に待機しているだろうユーリンに今のお菓子のおかわりとうちの料理長の一番得意なチョコレートのケーキ、それと新しい紅茶を頼んだ。


「あとは…前世の事も話しておいた方がいいか?」

「そうねー…何かあった時に楽かもだし?」


 食べ終わり、残ったブルーベリークリームをフォークで掬って頬張るサラ。思わず「おかわり来るまで俺の食べかけで良ければ食べる?」と聞くと「食べる!」と俺の焼き菓子の皿を自分の方へ引き寄せ、半分以上残っていたそれも幸せそうな顔で食べ始めた。

 随分食い意地の張ったご令嬢ですこと。


「とりあえず俺は前世の記憶はほとんど残ってる、と思う。死んだ時の記憶もあるし。

 前世は高二男子で、姉一人に父母の計四人家族。

 姉とは一つ違いで部活は中学まで剣道してたけど高校では帰宅部。

 ゲームは姉貴がめっちゃハマってて全キャラ攻略させられたからストーリーは大体知ってる。

 趣味とかは特にない。死んだ時は姉貴の車に乗ってて、正面からトラック突っ込んできて…それが最後。

 記憶が戻ってからの身体とかの変化は特にないと思うけど、アンリの記憶があるから普段の生活に支障はない。こんくらいかな?」


 前世の事を伝えるとサラは驚愕の表情で俺を見詰めている。そのフォークを持った右手はプルプルと小刻みに震えだした。

 俺何か変なこと言ったっけか?言った言葉を思い返してみるけど、特におかしい事は言っていないはず…。


「……………名前…憶えてる?…」


 長い沈黙の後、震える声をかろうじて絞り出すように掠れた声で聞かれた。

 さっきまで笑っていた表情は若干青みを帯びている気もする。


「…ゆうま…桐谷悠馬だけど?…」


──コンコン──


 ユーリンがおかわりを持って来たのか、扉をノックする音がした。

 扉の方に顔を向けて「どうぞ」と入る許可を出して顔を戻すと、その青白い頬にぼろぼろと大粒の涙を溢すサラがいた。


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