14話 俺と私のお茶会をいたしましょう③
サラの手を引いて俺の部屋に着くとドアの前で待っていたクロムにドアを開けてもらい中に入る。先に俺の部屋に戻ってきていたユーリンは、二人分の紅茶のカップとグレイス家料理長の手作り焼き菓子をアンリエッタのお気に入りの猫足のピンクの丸テーブルの上に準備していた。
俺とサラに気付くと椅子に近付こうとしたユーリンを右手を軽く挙げて止め、テーブルと対になっている窓側の椅子を引いてサラを座らせてから、俺ももう片方の出入り口側の椅子に腰を掛ける。
俺が座るとユーリンが静かな動作でテーブルに置かれたサラ側のカップに紅茶をゆっくりとした動きで注ぎ、そしてそれが終わると俺のカップにも同じように紅茶を注いだ。
「ありがとう。後は自分でやるわ。ちょっとリーバス様に大事なお話があるから、二人きりにして頂戴」
ユーリンに外で待機の指示を出すとその表情は一瞬不安そうに眉を寄せる。大丈夫と安心させるように笑顔で軽く頷くと、ユーリンが一礼して部屋から出て行いった。
──パタン──
背中で小さな音を立ててドアが閉まるのを確認すると、小さく溜息をつく。
同じ転生者だと確信はしたもののどう話題を出していいかわからない。
『貴女も転生者なのか?』なんて言って、もし俺の仮説が全部外れていて転生者じゃなかったら俺は変人扱い、もしくは頭がイカれたヤツ扱いされるだろう。
でもサラが転生者だった場合、俺も転生者で元が男だった事を打ち明けてサラの恋愛の邪魔はしない、と。むしろ手伝うと言ったら『アンリエッタの不幸な結末』は全て回避されるはずだ。
何て話題を出せばいいか思案しながら俺は紅茶のカップを持ち上げてゆっくりと回す。
ちゃぷちゃぷと小さな水音をさせてカップの水面が揺れ湯気が立ち上るのを見詰めながら言葉を捜すも、やっぱり何て言って良いかわからない。
目の前のサラも同じようで紅茶のカップを持っては下ろし持っては下ろしを繰り返している。
考え込んでどのくらい経ったのか、熱かった紅茶は口を付けられるくらいまで温くなった。考え付かずに顔を上げてサラを見ると、同じように顔を上げて神妙な顔でこちらを見るサラと目が合った。
「…あの…サラ・リーバス様。いくつかお伺いしても宜しいかしら?」
「何でしょう?…アンリエッタ・グレイス様」
わざとフルネームで聞くと同じように返してくるサラ。
お互いに緊張しているのがわかるくらいに表情が固まっている。
そんなサラに、なんでもない雑談だと思わせるように薄く微笑んで質問を投げかけた。顔は引きつっていないだろうか?そんな事を思ってしまう位に不自然な微笑みだと自分でも気付くくらいに無理やり笑顔を作る。
「ケーキはお好き?」
「?…はい」
唐突に聞かれた問いにきょとんとした顔で答えるサラ。
「動物はお好き?」
「…えぇ。好きです」
「猫と犬とどちらがお好き?」
「猫の方が好きです」
特に難しい質問ではないからか僅かに不思議な顔をしたまま問いかけに答えてくれる。
「では読書はお好き?」
「まぁまぁ好きです。難しい物は苦手ですが」
「私も難しい本は苦手よ。童話とかが好きだわ」
「私も童話は大好きです」
ただの受け答えにサラは『友達としての質問』だと思い込んだらしく、不思議そうな顔は無くなってうっすらと微笑みを浮かべながらすらすらと答えてくれる。
「童話は良いわよね。あの、アレ何ていったかしら?
ガラスの靴の…灰かぶりと呼ばれた少女のお話。あれ好きなのよ」
「あぁ、シンデレラですね。私も好きです」
「あら、じゃああれは?竹から生まれるお姫様の…」
「かぐや姫は…ラストがあまり好きではなくて…」
…やっぱりこの『サラ・リーバス』は転生者だ。
この世界にも童話はあるけど、シンデレラもかぐや姫の話も無い。
その質問に答えられた時点でサラが転生者だと言っているも同然で。
けれどサラは聞かれた事柄が前世の物であるとは気付いていないようだ。
「ハッピーエンドが好きなのね。
じゃあ…童話ではないけれど『愛と友情の円舞曲』は好きかしら?」
転生者だというのは判ったが、だからと言ってゲームをプレイした人間かはまた別の話。
もしゲームをしていないならゲーム自体を知らないなら本のタイトルだと思って『知りません』と言うだろうし、知っているのなら好きか嫌いか好みの返答をするだろう。
俺の言葉の中に隠された意図に、そしてその質問をした俺が転生者だと気付いたらしいサラは、普段から大きく深い茶色の瞳をさらに大きく見開き、真っ直ぐ俺に向けた。その顔には満面の笑み。
「アンリ様はやっぱり転生者だったのね!そうだと思ったのよ!髪形違うし!ストーリー通りに話が進まないし!!」
凄く嬉しそうに笑顔を向けてくるサラはテーブルを乗り越えて来そうな勢いで座ったまま前のめりに身を乗り出して来た。
「あああ!服!服!クリーム付くから!!」
手元の焼き菓子に乗せてあるクリームがサラの胸元のレースに付きそうな位ギリギリに身を乗り出すもんで慌てて両手で肩を抑えて止める。
今日のサラの格好は上が真っ白で胸元にレースが施され、ウエストを結ぶ赤いリボンから下がピンクのスカートのツートンカラーのワンピースだった。
そして今日の焼き菓子に添えられたクリームはブルーベリークリーム。付いたら大変な事になる。洗濯するメイド達が大変な事になるだろう。
「あ。すみません。つい嬉しくて…まさか同士だなんて!!」
「うん。違うから。とりあえず落ち着こうか」
ゲームをした事があるという点では同じだけどサラの喜びぶりからして『同士=ゲームを好きだった人』という事だろう。それなら俺は同士じゃない。だから違うからね?姉にやらされてただけだから!!
人払いはしてあるし、サラも転生者なら大丈夫だろうと『俺』の言葉遣いで暴走気味のサラを止めた。
「違うの?ゲームしてたんでしょ?」
サラも俺の砕けた口調に合わせているのか、それともそれが素なのかお嬢様口調がなくなっている。
可憐な鈴を転がすような可愛い声が普通の口調だとなんか違和感が凄い。
「俺は前世?で姉にやらされてたクチで…だから同士ではないんだ」
俺の一人称を聞いて、ピクリとサラの眉が動く。
「俺…?…前世は男だったの?」
肯定するように強く頷いてみせると、「それも有りね」と意味のわからない事を呟くサラ。何が有りなんだろうか。
「でだ。そんなわけで、俺は攻略対象者にこれっぽっちも、一ミリも興味はなくて、ついでに言えばサラの妨害をするつもりはない」
『これっぽっちも』で右手の親指と人差し指で薄い空間を開けて見せると、サラの眉が困ったように寄せられ、テーブルに肘を付いて組んだ手を額に付けるように顔を伏せた。何故だ。
そして小さい声で「あー…そうだよねー…普通はそうだよねー…あー…」と唸っている。何でだ。
「えーっと…サラ…さん?…」
延々唸っているサラの顔を覗き込もうと椅子から立ち上がってサラの隣にテーブルを回ってしゃがんでサラの顔を覗き込んだ。
めっちゃ困った顔してますがな。
え?何で?公爵令嬢がライバルにならないってサラ的には理想的だよね?
邪魔者いなくなるんだよ?そうしたら攻略者落とすの楽じゃん?何でこんな困った表情なんだ??
「え?…あぁ、ごめんなさい。ちょっと考え事してたわ。まぁ、仕方ないよねー。男だしねー。うん。仕方ない」
覗き込んだ俺の視線と合うと、自己完結したらしくうんうんと頷いている。
意味わからん。
そして乙女ゲームしてる女って全員こうなのか?
俺の前世の姉ちゃんもこんな感じで、考えてたなーと思ったら自己完結して頷くっていう謎な行動してたし。
「まぁ、とりあえず自己紹介でもしておきます?
ゲームの流れで言えばこれから長い付き合いになるでしょうし。できれば前世の事とかも話しておけばお互いに何かあった時にフォローもできるでしょ?」
復活したサラからの提案はもっともな物で俺は小さく頷いて自分の椅子に座りなおした。




