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俺と私の公爵令嬢生活  作者: 桜木弥生
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12話 俺と私のお茶会をいたしましょう①

 人攫いに遭ったあの事件から5日が経過した。


 あの後、市警備兵3人が南門に来るや、すぐにあの場所に行ったがすでに誰もいなかった。

 青髭の剣は木に刺さったままで残されたままだったし、踏み荒らした跡もあったので場所を間違えているという事はなかったはずだから、逃げられた後のようだった。

 その後に人攫いに合ったあのお菓子屋の隣の『(まじな)い屋』に行くと、中では鎖で足を椅子に繋がれたままの婆ちゃんが早めの夕食を摂っている所だった。

 婆ちゃんは市警備兵の人達が保護し、そのまま人質として掴まっているという孫の捜索もするそうだ。


 そういえばあの店が誰にも不信に思われなかったのは、婆ちゃんが店自体に(まじな)いをかけていた為だったらしい。

『不可視の(まじな)い』は、『大切な誰か』を亡くして心に穴が開いている『男』にしかあの店は見えないのだとか。

 男なら捕まっても人攫いから逃げられる可能性があるのと、大切な人を亡くした人は早々には表通りを歩いていないからという理由らしかった。

 俺が見えたのは、多分中身が『男』なのと、前世での姉の死を見てしまったせいだろう。不思議そうに俺を見やる婆ちゃんには理由は言えなかったから、曖昧に微笑むくらいしかできなかったけど。


 そしてあの人攫い達は5日経った今も捜索中だ。

 婆ちゃんの孫もまだ見付かっていないらしい。


 まぁ俺には何もできないから、報告を待つ事しかできない。


 そして今日はサラとお茶会をする日になっている。


 あの事件から、兄様も父様も母様も、そして使用人達も家から出してくれなくなった。

『俺』を『誰か』からの依頼で攫おうとしていたやつらがまだ野放しになっているから、その依頼者が誰かを調べ上げない事には再度狙ってくるだろうという判断が下されたからだ。

 そしてあの事件の概要を兄様から聞いた父様と母様は揃ってこう言った。


「そのご令嬢を見てみたいから邸に呼びなさい」


 家長の父様の命令は絶対で。

 それ以上に、母様の命令はその上を行く絶対で。


 有無を言わさず兄様の手によりリーバス男爵家へお茶会のお誘いの手紙が出された。

 ちなみに反対したかった俺は、その話が出た最中には婚約願いの手紙の返事を書いている真っ最中だったから、お茶会の日取りが決まってから兄様から教えられたんだけども。

 そして婚約願いの返事の手紙、返事を出した3倍の数がまだあるわけで…そんなお茶会とかしている余裕ないんだけども……本人(オレ)の希望やら予定は無視ですか…


 そしてお茶会当日(きょう)に至る。


 ぶっちゃけ、『アンリエッタ』は友達がいない。

 いや、完全に友達がいなかったわけじゃない。実際いたことはいたが『友達』と呼べるものではなかった。


 俺の家柄のせいで貴族階級の近い、伯爵家以上の子供達は『いずれ公爵家に婿に』とか『公爵家の後ろ盾を』とか『次期王妃になる可能性が一番高いから』という、完全に俺の家名しか見ていない奴等ばかりで。じゃあそれ以下の貴族の友達を、となると『格が違うから』という理由で遠巻きにされたり、そういう子達と仲良くなると俺の取り巻きになりたい伯爵以上の家の子息やら令嬢やらがイジメてくれて、結局離れていくという状態で友達ができてもすぐ離れていった。

 だからこそ、初めてできた裏表がないかもしれない友人を見てみたいという両親の発言もわかるし、助けてくれたと言っても下心があるかもしれないから心配だと思う気持ちもわかる。


 でもさ…


 何も、一家勢揃い、しかも使用人も勢揃いでエントランスで待たなくてもいいんじゃないかなって思うんだけど…どうだろうか…


 そんな問いをぼそりと呟くと俺の後ろに立って控えていたユーリンの耳に入ったらしい。静かな声で当然とばかりに答えにならない答えが返ってきた。


「お嬢様の初めてのご友人をお迎えするのに、何が問題でしょう?」


 質問に質問で返すんじゃありません。

 そして何当然とばかりに言ってるんだこの子は。そして初めてじゃないってば…


 ぶつぶつと、今度は聞こえないように口の中で小さくツッコミを入れていると、正面玄関のドアの横にある使用人用扉から最年少フットマンのリトが入ってきた。


「…お客様がご到着なされました」


 ずっと外で待機していたリトはまさか全員がエントランスにいるとは思っていなかったようで、少女と見紛う程の可愛らしいその顔に一瞬だけ驚いた表情を見せたが、すぐに元の落ち着いた表情に戻し、正面玄関のドアを他のフットマンと二人で同時に開いた。


「いらっしゃいませ、マルシアス・リーバス男爵令嬢。サラ・リーバス様」


 全員を代表して執事長のクロムが左手を腹部に当て、右手を後ろに回してゆっくりとお辞儀をすると、周りにいた全ての使用人達が声を揃えて「いらっしゃいませ」と頭を下げた。

 一糸乱れぬ統率の取れたそれに、挨拶をされたサラは元々大きな茶色の瞳を更に大きく見開いてわたわたと慌てていた。…可愛い。


「そんなっ…こちらこそおねま…っ…お招きいたた…っ…頂きありがとうございますっ」


 あ。噛んだ。

 緊張と驚きのせいか噛みながらも挨拶するサラの顔は真っ赤だ。


「そんなに緊張しないで頂戴。何も貴女を苛める為にお呼びしたのではないのですから」


 可愛らしいサラの反応に、俺の隣でサラの挨拶を見ていた母様がクスクスと笑いながらサラに近付いていく。

 今日の母様のドレスは『アクシリア』製。『アクシリア』は、王都の中央噴水に一番近い…馬鹿高いドレス屋だ。

 けれど、高いだけあってかかなり良い物だったりする。

 大きく開いた肩口は、母様の綺麗な鎖骨と豊満な胸元を露にしているけど、左後ろから右胸元に掛けてタスキの様に斜めにつけられたフリルには小さな宝石が散りばめられていて、胸元が露なのに艶やかと言うよりも儚げに見える。

 そしてきゅっと締まった腰から下は、マーメイドラインになっていて膝下からスリットが入っているが、胸元のフリルと同じフリルがスリットの淵に幾重にもついていて、そこでもまた小さな宝石たちがキラキラと輝いている。

 俺の髪と同じ色の青銀髪の髪に、俺よりも濃い緑色をした瞳に合わせたそのドレスは、裾が濃い青緑になっていて、上に行くに連れて薄い若葉色になるようにグラデーションがかっている。


「当家の…わたくしの可愛い娘を助けて下さったそうで、一度わたくし達からもお礼をと思って今回お呼びさせて頂きました。本当に、ありがとうございます」

「私からも礼を言わせてくれ。本当にありがとう」


 母様の隣に並んだ父様は母様の腰を抱きながら、夫婦揃ってサラに頭を下げて礼をする。我が家族ながら絵になるくらいの美男美女だ。そう。うちは父様も国一番の美姫と名高い母様を射止めただけあって、かなりの美形だったりする。

 濃い海の底のような群青の瞳に、その瞳と同じ色の襟足だけ少し長めに垂らした髪はオールバックに撫で付けており、その耳には母様の瞳の色と同じエメラルドのピアスが煌いている。そして同じように母様の耳にも父様の瞳の色のピアスが煌いている。

 父様も母様も見た目は30台後半くらいで、正直17歳以上の息子と娘がいるとは思えないくらいの若作りだ。

 そしてその若作りの二人の間に俺と兄様が並ぶと一見四人兄妹のようにしか見えなくなる。


 そんな煌びやかなうちの両親に頭を下げられたサラは、一層挙動不審になっている。

 両手を胸の前で広げて左右にワタワタと動かし、真っ赤な顔で口をパクパクさせ「いや」「あの」「そんな」と、文章になっていない言葉を紡いでいる。うん。可愛い。


「とりあえず、こんな所で立ち話も失礼だから応接間に移動しませんか?」


 ずっと真っ赤になって慌てているサラを助けるように兄様が微笑みながらそっとサラに左手を差し出した。


「少しの距離ですが、エスコートさせて頂けますか?」


 その行動にすでに真っ赤だったサラは顔だけでなく首筋まで真っ赤にし、遠目からでもぶるぶると大幅に震える右手を乗せた。


 そしてその場にいた全員がその光景を、サラの手を引いてゆっくりと客間へ案内する兄様を驚愕の表情で見送った。


「あらまぁ…あの子がアンリエッタ以外の女性をエスコートするだなんて初めてじゃありませんこと?」


 母様の呟きにその場にいた全員が肯定するように首を縦に振った。


 女性に対しては誰よりも朴念仁な兄様。

 パーティーに出ても、女性の方からアプローチされてダンスを願われても全て笑顔で断っていた兄様。

 正直、邸中の全員が『もしかしたらホモなんじゃ…』と心配していた兄様。

 そんな兄様が女性にアンリエッタにするように優しく笑いかけ、しかもその手を引いているだなんて全員驚きの表情を隠すことができなかった。

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