11話 俺と私のオトモダチってナンデスカ⑦
顔を上げ、サラを見やると、赤茶色の瞳でじっと何かを言いた気に見つめるサラと目が合った。
あー…やっぱ可愛いなぁ…
この『サラ・リーバス』は、俺の好みのタイプの女性なんだよな。
清楚で可憐で儚げで。
睫は上向きで長くてぱっちりとした瞳。頬はまだあどけなさが残るような少し丸みを帯びた頬。唇もぷるんとしてて、キスしたくなるような柔らかそうな唇。18歳のはずなのに、若干可愛らしさが残っていて…でも身体は18歳のソレらしく、出るトコ出てて引っ込むトコは引っ込んでいる。
さっきの大立ち回りも、あれはあれでまぁ…格好良かったし。
なんで俺、攻略者側で生まれて来なかったんだろう…俺が攻略者だったら絶対嫁にして毎日愛でるのに…
「あの?…」
思わず邪な事を考えながら見つめ返していた俺に、サラが訝しげな眼差しで首を傾げた。
まるで、その先の台詞を待つように促してくる。
「えっと…あぁ!そうだわ!お礼!お礼をしなくてはね!
服!服なんて如何かしら!?今回の事でお洋服をダメにしてしまったでしょう!?
後でアランドルセリアの店に代わりのドレスを注文してリーバス男爵家へ伺わせますわ!」
思わず不埒な考えをしてしまい、慌てて話題を変えようとお礼の提案をしてみた。
『アランドルセリア』とは噴水の中央に二番目に近いドレスショップだ。
若い女性向けのその店はドレスだけでなく装飾品も置いてあり、いつ行ってもお客でいっぱいになっている。
俺のドレスは大体そこで仕立てているが、大抵は人がいっぱいでゆっくり採寸もできない為、いつもは屋敷に来て貰って作っている。
「いえ!そんな!!アランドルセリアなんて、高級店ではないですか!頂けません!!」
謙虚だなぁ…そんな慎ましやかなトコも素敵だ…じゃなくて!!
断られるとこっちが困る!!
「じゃあ靴は!?靴ならどうかしら!?」
「靴も大丈夫です!洗えば落ちますから!」
「じゃあお菓子!お菓子はお好き!?とても美味しいお菓子のお店で、1年分のお菓子をプレゼント致しますわ!!」
「お菓子は好きですけれど、1年分なんていりません!!」
俺の提案を尽く断ってくるサラに、段々と声が大きくなる。
それに連られてかサラの断りも段々と大きく、そしてお嬢様言葉が怪しくなってきているのは気のせいだろうか?
「なら、こうすればいいんじゃないか?サラ嬢が欲しいと思った物や、希望があれば後日でもいいからアンリか俺に言って貰って、それをプレゼントするとか?」
お兄様ナイスアイディア!!
俺とサラの言い合いに苦笑しながら見ていた兄様が助け舟を出してくれると、その言葉を聞いたサラの瞳が一瞬光ったように見えた。
「では、お友達になってくださいませんか!?」
「……は?…」
思わず口をぽかーんと開けてしまった。
男爵令嬢が侯爵令嬢に友達になってくれとか、立場的に言っちゃダメだろ…流石に不躾すぎる…
そんな俺の胸中を読んだかのようにサラは両手を顎の下で組み、懇願するように近付いてきた。
「不躾は承知の上で申し上げさせて頂きます。
私、最近男爵領から出てきたばかりで、王都に知っている方がどなたもいらっしゃいませんの。ですので、実は未だにお茶会にも、夜会にも出たことがなくて…
もしアンリエッタ様が宜しければ、お友達になって頂けませんか?」
「夜会にも…ということは、デビュタントもまだですの?」
「はい。…お恥かしながら、もう18歳なのですがデビュタントもまだで…」
この世界では男女共に17歳で大人とみなされる。
だから大抵は17歳になった年の内に『デビュタント』を、所謂社交界デビューをする。
そして、女性の場合はデビュタントで各家の令嬢としてお披露目をする事によって『大人のレディ』とみなされ、婚約のできる年齢になったという事を大々的に告知する。
だから、18歳でデビュタントもまだというサラはありえない…というか、令嬢としてダメな部類だ。
中には病弱で自分の領から出られなくて…という令嬢も、稀にいる事はいるが、必ず17歳になったらデビュタントだけをしに王都まで来るくらいだ。
じゃないと一生縁談が来ない。
デビュタントをしていないから、大人のレディとしてみなされていない為だ。
ちなみに俺はすでにやりましたとも。
17歳の誕生日がデビュタントで、現在多くの殿方から婚約願いが届いていますとも。
そして!その中に第一王子からもありますけどね!!返事してないけど!!したくもないけど!!!むしろ破って見なかった事にしたい!!
「あの…ダメ…でしょうか?…」
脳内で貰った手紙を思い浮かべていたせいか険しい顔になっていたらしい。
サラが恐々と聞いてくる。
「あのっ!夜会とかでお会いした際に挨拶とかするだけでもいいんです!それだけでもいいので…ダメ…ですか?」
サラの頭とお尻に真っ白な尻尾と耳が垂れている幻覚が見える…
どうしよう…可愛い…そして懇願する潤んだ瞳がなんかエロ…って、そうじゃないだろ俺!!
「友達くらい良いだろ?
うちの可愛いアンリをよろしく頼むよ。サラ嬢」
「はい!」
何勝手に話進めてんのお兄様!?
愕然と兄様の顔を見上げ、その後サラを見やる。
嬉しそうに笑うサラは、まるで花のようで…こんな幸せそうに笑うサラに今更断るとか俺には無理だ…
そして笑っていたサラは急に何かを思い出したように「あっ!」と声を上げた。
「そういえば、あの人攫いさん達、まだいるかもしれませんわ!
早く捕まえに行きませんと!」
そういえばそうだった。
結構時間が経ってしまっているから、もしかしたらもういないかもしれないけど、もしまだいたら捕まえないと他の人に被害が出る。そして捕まえないと俺が危ない。狙われてたの俺だし…
って、そういえば、何か大事な事があったような…
「そうだな。とりあえず門兵に伝えて、市警備兵連れてその場所まで行ってみないと。
怖い思いを思い出してしまうかもしれないが、案内をお願いできるかい?」
「はい。喜んで」
「アンリも、攫われた場所とその人攫いの人相を教えてくれ。
それにしても、どうやってそいつらは街に入れたんだ?」
攫われた場所…お菓子屋横の路地の…どうやって街にって、そりゃ鍵を…って…
あ!!思い出した!!!
攫われた場所やら男達の人相を思い出していたら鍵の事を思い出した。
門兵に市警備兵を集めるよう指示を出しに行こうとする兄様の背中に抱きついて止める。
「お兄様!!大変ですわ!!」
「アンリ、抱きつくなんて…そんな可愛い事をこんな所でするもんじゃないよ」
抱きついたせいか兄様の顔がデレデレに…顔直せ顔!
さっき抱きしめて離さなかったオマエが言うな!
大体今はそんな場合じゃないんだよ!
「お兄様。あの者達、鍵を持っていましたわ。
逃げることを優先にしてしまって、奪って来れませんでしたけれど、間違いなく『あの鍵』です」
「…鍵?…」
訝しげな兄様の顔に、襟元を両手で引っ張って俺の顔を近付け、極力小さな声で周りに聞こえないように伝える。他の誰かにでも聞かれたら大変だ。
「赤銅色でしたわ。本物を見たことがないのでなんとも言えません。けれど、このくらいの大きさで…形がかなり複雑な鍵でした。扉の上には同じ色の板が嵌め込まれていましたので、間違いはないかと…それと、私を探しているようでした。髪型が違うから、私と気付かれませんでしたけれど…」
俺の説明だけでも緊急避難用扉の鍵だと兄様も確信したのだろう。そしてついでに俺を探していたという事も伝えておく。
すると兄様の美麗なデレデレと締りの無くなっていた顔は、一気に険しい、王宮騎士副隊長のそれになった。
「赤銅……東南の鍵か…奪って来れなくても仕方が無い…鍵の事は父上に相談するとしよう。アンリの安全の方が大事だ。とりあえず外に出る前に助かって良かった。外に連れ出されていたら、助ける事は困難だっただろう…」
「…あのぅ…鍵って、コレ…でしょうか?…」
小さい声で話していたのに聞こえていたらしいサラが、その白い手を自分のワンピースの胸元に入れると、胸元から何かを取り出した。
「これ…ですわ…」
「逃げる際に足元に落ちていましたので拾ってきましたの。形も複雑でしたしアンリエッタ様の物かと思いまして」
取り出したものは紛れも無くあの鍵だった。
男爵令嬢のサラには何の鍵かはわからないようだ。鍵の存在を教えられるのは伯爵以上だけだから。
兄様に、その鍵をきょとんとした顔で両手で掲げ渡すサラ。
渡された兄様はまじまじとその鍵を見るや、サラの両手をそれよりも大きな兄様の両手で鍵ごと握り締めた。
「ありがとう!キミはなんて素晴らしい女性だ!!
感謝してもし尽くしきれない!!」
「え…あの…え…」
両手を握られて耳まで真っ赤になってしどろもどろになっているサラたん。まじ天使。
とりあえず、真っ赤になりすぎて今にも倒れそうなサラを救出すべく兄様の背中をぺしんと叩く。
「お兄様。いくら喜ばしい事だとはいえ、女性、しかもデビュタント前の女性の手を握るなんて、失礼ですわよ」
例え年齢が50を越えていてもデビュタント前の女性は成人として扱われないこの世界で、デビュタント前の女性の手を握るのは、言わば『幼女に手を出す不審者』扱いになるわけで。
兄様は慌てたようにサラの手を離した。
「感極まってしまった。すまなかったね。サラ嬢」
全然すまなそうな感じはなく微笑みながら謝罪する兄様。流石天然のタラシですね。
妹だから兄様の恋の噂は色々と耳に入るもんで、裏では天然タラシとか天然女の敵とか天然色気魔人とか色々言われている兄だ。
そしてサラもその毒牙にかかったのかまだ赤い顔で兄上を見つめている。
「とりあえず、鍵の件はなんとかなりましたし、人攫い達の元へ参りましょう」
見つめるサラとそのサラを笑顔で見る兄様に疎外感を感じて二人をこちらに向かせると、兄様は門兵の所まで行き、市警備兵を呼んであの場所に向った。




