第4話
土曜日。
「佐紀ー、起きなさい。今日は早く家出るんでしょ?」
母が佐紀の体を揺らす。だが佐紀は起きる気配がない。
「うにゃー、今日はいい、寝るー」
「彼氏待たせてるんでしょ?早くしないとフラれるよ」
「ん…わかった、わかったってばー…」
のっそりと起き出し、ボサボサの髪を掻く。
「全く…あの子も大変ね。だらしない彼女を持って」
「るさいなー。外ではちゃんとしてるからいいの。それに誠は私にラブラブだから気にしなーいもーん♪」
「はいはい」
母は苦笑するしかなかった。
「……」
話は変わるが、介人は昼過ぎから亮に呼ばれて石橋家の門前にいる。
(あのメールの内容、何なんだ?)
チャイムを鳴らそうかと迷いながら昨夜の亮からのメールを思い出す。
『悪いが明日、家に来てくれ。ケーキ屋花菱の向かい側』
(訳がわからないって)
介人はチャイムを押そうと人差し指を伸ばした。
(…人の家に入るのも何年ぶりかな)
チャイムを押したらキンコン、と音が鳴った。少し待つと玄関のドアが開き、家から亮が出てくる。
「来たか。悪いな、休みにわざわざ」
「一体何の用事?」
「まあ、ちょっとウチの姉ちゃんが…な」
門の鍵を開けながら、亮は溜め息を漏らした。
「(言えるわけないだろ。姉ちゃんが彼氏になるか品定めをするために呼んだって)ま、上がれや」
「お邪魔します」
玄関から靴を脱いで上がる。いつもと違い、友達の家というものはやはり新鮮な気持ちになった。
介人は亮についていくままに階段を上がり、上がってすぐ右にある部屋に入る。
「この部屋でちょっと待っててくれ」
「ん」
亮は部屋を出ていった。介人が部屋の中を見ると、違和感に襲われた。
(…?)
明らかに女っぽい趣味のインテリアが並んでいた。女の子…って感じではなく、大人の女の趣味に近い。
「すまん、待たせた」
亮が部屋に戻ってきた。そして介人は一番に尋ねる。
「石橋、お前こんな趣味…」
「は?‥ああ、違う違う、ここ姉ちゃんの部屋」
「…だよな」
本気で言うわけがない。
「‥君が谷嶋介人?」
亮の後ろから女の人が出てくる。
「え‥もしかして、石橋のお姉さん、ですか?」
「そ。私、亜矢。よろしく」
「は、はい」
介人がおずおずと手を出す。亜矢はそれを待ってましたと言わんばかりに掴んできた。
「‥‥」
介人にとって、由奈以外の人との握手は久しぶりだった。これも他人に馴れるためのことだと思って、少し苦しいのも我慢する。
だが。
「っ‥!?」
亜矢が手を思いきり締め付けてきた。意外に痛いので振り払おうとしたが、亜矢は放そうとしない。
「ぁだだだだっ!!」
「ちょっ、姉ちゃん!」
亮が亜矢の頭をはたく。するとフッと手の力が抜け、介人は痛みから解放された。
(‥ってえ…万力で挟まれたくらい痛い…)
一体どうやったらあんな馬鹿力が出るのか。
「何やってんだよ初対面の奴に!」
「ああ、ごめんね。あまりにもムカつく男だから」
笑顔で言う。
「……え」
「嘘だろ?」
「うん♪」
亮が呆れた顔で聞くと、亜矢は頷いた。
「悪いな。姉ちゃんってこういう人だから」
「そ。こーゆー人」
「はあ、なるほど」
いまいち納得のいかない介人だったが、とりあえず頷いておけばシメられないと思った。
「…うん、顔は悪くもなく。今のでも怒らないし」
介人の周りを歩きながらじろじろ眺める。
(二宮先輩みたいなことしてる‥)
「でもダメね。なんとな〜く、ね」
「介人でもダメか…姉ちゃんが興味持ったからいけるかと思ったけどな」
「百聞は一見にしかず、よ。亮から聞いたのはどんな感じかってことだけ」
「あ、あのぉ…石橋もお姉さんも、何が何なのか…」
介人に二人のやりとりの意味は悟れなかった。
「んーん、気にしないでいいわ」
『『ただいまーっ』』
石橋家の玄関から数人の子供の声がした。
「あら、佳代たち、お泊まり会終わったのね。ごめんね、私ちょっと行ってくる」
「おう」
亜矢はスリッパをパタパタさせて廊下を小走りしていった。
「石橋、“かよ”って?」
「妹たちだ。昨日から今日まで幼稚園のお泊まり会だったんだよ」
「へー」
階段からドタドタ駆け上がる音がする。勢いよくドアが開かれ、四人ほどの園児が流れ込んできた。
「いーちばーん♪」
「にばーん!」
「さーんばーん」
「ビリっけぇ‥」
それぞれが元気のいい声や、がっかりした声を出す。
(流石に元気がいいな、子供は)
「…あねきー。あれ、だれー?」
年が上の方の男の子が介人を指差す。
「こら浩二、人を指差さないの。それと、“亜矢お姉ちゃん”でしょ」
亜矢がたしなめる。
「おねえちゃんのカレシ?」
今度は下の方の女の子が言った。
「え?」
「違うわよー。この人もなんとなく違ったの」
「だめだったー」
「「だめー」」
残りの三人が介人を指差す。
「だから人を指差すなって、あと失礼だからダメ呼ばわりすんな」
今度は亮が言った。
「「「はーい」」」
「谷嶋君に紹介するわね。こっちが浩二と佳代。二人とも五歳よ。で、こっちの二人が健二と佐代。二人とも三歳。ほら、介人お兄ちゃんにご挨拶」
「こんにちはー」
「ちわー」
亜矢が言うと、弟たちが挨拶した。一人だけ恥ずかしそうに挨拶しない子もいた。
「じゃあ、亮。私、夕食の買い物行くから、あとよろしくね」
「え、マジか?」
「今夜はみんな大好きミネストローネ♪というわけで面倒見ててね」
結局、亜矢は返事も聞かずに部屋を出ていった。
「じゃあ、石橋の弟たちが落ち着かないだろうから俺も…」
「待った」
帰ろうとすると、亮は介人のくるぶしをガッチリ掴んだ。介人はその感触にゾクリときたので、思いきり振り払った。
「な‥なんだよ石橋」
まだ治りきってない対人恐怖の感覚を足に残したまま、介人が言う。
「弟たちの面倒見んの手伝ってくんねえ?‥一人だとハードなんだわ、これ」
「……」
介人が見た亮の顔は、妹たちに色々な方向へ引っ張られていた。
「ぃでっ!健二、まぶたは引っ張るな!」
「…頑張ってなー」
「待てって、介人!」
結局は面倒を見ることにした。
「りょーあにき、ゲームしよー」
浩二が亮の袖を引っ張る。
「えー、だってお前弱いもん」
「つぎはかつもん!」
「…よし、じゃ、二人がかりでこい。健二、やるぞ」
「うん」
男同士だけあって、亮は上手く相手をしている。流石は家族といったところか。
「かいとにぃ、これー」
「ん、何?」
その一方、介人は妹二人分を頼まれていた。佳代は人形をおもちゃ箱から引っ張り出してくる。
「おままごとー♪」
「うん、じゃあ、何の役かな?」
「いぬー♪」
「え」
介人は見るからにブサイクなブルドッグの縫いぐるみを手渡される。
「犬…」
「でばんはまだだよー」
「でば…ちょ、石橋?佳代ちゃんって…」
「ん?ああ、そいつ劇とか好きなんだよ。だからままごとだろうと、脚本通りにいかないと泣くからな」
亮はゲーム画面を見ながら答える。
「脚本?どこ?」
「…佳代の頭の中」
「無理!えっと、佐代ちゃんは…」
助けてもらおうかと思い、もう一人の妹、佐代を探す。
「……」
佐代は部屋の隅で絵本を開いていた。
「佐代ちゃん、本読んでるの?」
「…」
黙って頷くと、佐代は読書に戻った。
(恥ずかしがりやなのかな)
ちょっと興味があったので、どんな本か聞いてみた。
「…ゆめじま」
小さな声で佐代が言った。
「夢島…?」
介人はそのタイトルに聞き覚えがあった。すぐに思い出せないのは、中学校以前のことだからかもしれない。
「古い本なの?」
「‥うん。こないだ、あやおねえちゃんがね、かってくれたの」
ということは、介人が幼稚園に通っていた頃だ。
「この本‥多分読んだことがあるかも」
「おにいちゃんも?」
「うん…誰かに読んであげた」
今、介人の脳裏には、幼稚園の教室の片隅にいる光景が映っていた。
本が好きだった俺は、隣の病気がちだった女の子によく読んであげていた。そのときの女の子は、
『これ読んでみて』
と言って、俺に教室の本を片っ端から持ってきた。
『うん』
俺の読み方は、特に上手とは言えなかった。でも、その女の子はいつも楽しそうに聞いてくれた。
(誰だっけ?‥あの女の子)
「‥おにいちゃん?」
「…」
佐代の声で介人は現実に引き戻された。
「何でもないよ。ちょっと懐かしいなって」
「かいとにぃ!ブルちゃんのでばん!!」
後ろから佳代の怒鳴り声がする。
「ご、ごめん!…あ、佐代ちゃん」
「?」
「その本、俺が一番好きだったんだ。…多分」
「…さよもね、このほん、すき」
ぎゅっと本を抱き抱える佐代。
「うん」
介人は佐代の頭を軽く頭を撫でてから、急いで佳代の所に戻った。
夕方。ようやく亜矢が帰宅し、介人と亮は解放された。
「悪いわね、谷嶋君。頼んだわけじゃなかったのに」
玄関で亜矢が言う。妹たちは今頃、部屋で亮とじゃれているだろう。
「いえ、別に‥」
「じゃあ、今日のお礼に夕飯食べていかない?」
「え、いや、あの‥」
介人が戸惑っていると、亜矢は強引な感じで介人の肩を叩いた。
「いいのいいの。いつも作り過ぎたくらい余るしね。ね、どう?今日は他にグラタンがあるけど」
ミネストローネとグラタン。美味しそうな組み合わせなだけに、普通なら二つ返事でOKしそうだ。
「…や、やっぱり遠慮します。今日は和食的な気分というか、なんというか…」
しかし介人は誘いを断った。少し悪い気もしたが、亜矢はあまり残念そうではなかったので、介人はホッとした。
「そう?それなら仕方ないわね」
「…じゃあ、そろそろ帰ります」
「あ、待って。一つ聞かせてくれる?」
「はい‥?」
「…谷嶋君さあ、私に会ったとき、握手したじゃない?」
介人の手が潰れそうになったあの時だ。
「何で一瞬、躊躇ったのかな…って」
「何でって…それは」
介人にとって、対人恐怖症のことは隠す気はないが、それで余計な気を遣われるのも嫌だった。それ故に言葉がどもる。
「あの様子は女の子が苦手ってわけじゃないわよね。もっと別な理由?」
「……」
「…事情があるんだ?…まあ、深くは聞かないから」
察してくれたのか、亜矢は話を打ち切った。
「じゃ‥お邪魔しました」
「あ、そうそう。佳代と佐代、谷嶋君のこと大好きだって言ってたわよ♪」
「‥‥」
その言葉を聞いて、介人は自然に笑みが溢れた。背中を向けていたので、亜矢には見えなかったが。
「また遊びにきてね」
「‥はい」
玄関を出て、介人は帰路についた。ここでちょうど携帯電話が鳴る。
「?‥あ」
由奈からだった。
「はい、もしもし」
『やーっと出た。もう、何してたの?』
少し不機嫌そうな声だった。
「え?」
『昼過ぎから何回もかけてたのにさ、介人出ないんだもん』
「えぇ?」
そういえば、石橋家の妹たちを相手にしてて、携帯電話なんか気にしていなかった。
『一回電話切って見てみればー‥』
「は、はい」
通話を切り、着信履歴を見る。
「げ…」
由奈の履歴は十回近くあった。介人は再度、由奈に電話する。
『……はい、もしもし』
「あ、あの‥」
『まず言うことは』
「…ごめんなさい」
『よし、許したげる。にへー♪』
途端に元気な声に変わった。
「一体何の用件なんですか?」
『え?別にないよ。ただ話したかっただけ』
「あ…そうですか」
だったら怒らないで、と介人は思った。
「今日は何やってたの?」
『えっと、石橋の家で…』
介人は今日の出来事を話した。どの話も、由奈はそれなりに楽しんだり、呆れたりしてくれた。
『じゃーねー』
「はい、おやすみなさい」
介人は電話を切る。
(……)
明日は何をするかを考えた。学校から借りた本は読み終えたし、何の予定もない。部活もしてないから全然暇だ。
(…明日になってから考えよう)
日曜日。
「ふあ……ぁふ」
塚原真理の目覚めは九時だった。
「今日は買い物行かなきゃ‥」
真理も由奈と同じく一人暮らしだった。両親が海外で暮らそうと言ったのだが、真理はそれを断って日本に残ることにしたのだ。
(あーあ、今月末は実力テストかぁ‥嫌だな。外国語ってちんぷんかんぷんなんだもん)
ちなみに彼女の英語の平均点は35点。英語が苦手だから外国へ行きたくなかったのも一つの理由だ。
(せっかくだし…やっしーを誘おうかな)
着替えを始めながら携帯電話を開く。ストラップも何もない、落ち着いた色の薄い携帯電話だ。
『…………はい、もしもし』
介人が電話に応じる。ゆっくりとした喋り方からして、向こうは起きたばかりのようだ。
「やっしー、おはよー♪」
『‥え?まさか塚原先輩ですか?』
「うん。ね、やっしーは今日は暇?」
『…何で俺の番号知ってるんですか?』
介人は少し警戒してるような雰囲気だった。
「由奈ちゃんに教えて貰ったの。それより暇かな?」
『由奈さんが?…またあの人は勝手なこと』
迷惑そうではなかったものの、介人は少し呆れていた。
「ねー。ひ〜ま〜か〜な〜?」
話が進まないことに正直イラッときた真理が“ほんの少し”声を大きくした。
『すっ、すいません!大変暇です!』
「ちょっと買い物付き合って欲しいんだけど、大丈夫かな?」
『構わないですけど、二人だけで…ですか?』
「ああ、大丈夫。ちょっかいなんて出さないから。由奈ちゃんに怒られちゃうもん」
未だに勘違いをしている真理。
『だから由奈さんとはそんな関係じゃなくてですね…』
介人は弁解しようと試みた。
「わかってるよ。どこまで行ったの?キスはした?」
『………全然わかってない』
介人はボソッと呟く。
「照れない照れない♪」
『違いますよ!』
「はいはい。じゃ、お昼頃に舞津駅前でいい?」
『‥はい』
そして正午を少し過ぎた頃。二人とも五分前に着き、それほど待たずには済んだ。
「しっかりしてるね、五分前行動」
「あ、どうも」
真理の私服は大人っぽかった。キメにキメたオシャレというよりは、清楚なお嬢様をイメージさせる。
「やっしーはお昼まだ?」
「まだですよ」
「私も。ちょっと食べてから行こ?」
向かい側の“押忍バーガー”を指差す。
「そうですね」
ちょうどいい腹の空き具合いで二人は店に入った。
「押忍チーズとホットドックと押忍チキン‥あとコーラで」
真理は速攻で注文を終える。
「押忍バーガーとポテトMと‥メロンソーダ」
注文を終え、少し待つとメニューがトレイに乗って出された。二人は窓際の席を選んで座る。
「塚原先輩、結構食べるんですね」
「そうかな?いつもこれくらいだけど」
そう言って美味しそうにチキンをかじる。
「いつもって…太りません?」
「む。やっしー、男の子として減点」
ちょっとむくれた真理。
「あ…すいません、つい」
「太らない体質なのっ。それに、美味しいものはたくさん食べたいじゃない」
「はあ…なるほど。それより、今日は何を買うんですか?」
「一週間分のおかずと、洋服かな。…あ、ポテトちょうだい♪」
真理が介人のポテトを一本摘み、一口でパクりつく。
(本当によく食べるな。スタイルいいのに…着痩せしてるのかも)
「……やっしー、今変なこと考えてたでしょ?」
食べることを止めた真理は笑顔で睨む。
「い、いえいえ…」
あの後、介人は真理についていって、お約束通りに荷物持ちをさせられていた。両手両足がどっさり袋で埋まっている。
「だ、大丈夫?」
真理は、やりすぎたかな?と言わんばかりに話しかける。
「‥持たせた人の言うセリフですか?」
「ごめんってば。少し持つから」
真理が介人の右手を楽にしてあげた。
「でもごめんね。あと一ヶ所だけ」
(ひぃぃ…)
介人がうめくと、突然後ろから肩を叩かれた。
「!‥」
一瞬息苦しさを感じたが、すぐに治まる。振り替えると、佐紀と初めて会う気の優しそうな男がいた。二人は腕を組んでいる。
「やっぱりやっしーだったか」
「二宮先輩‥」
「あ、佐紀ちゃん。誠君も」
誠というのは佐紀が腕を組んでいる男のことだった。
「誠君は佐紀ちゃんの彼氏なの。ね?」
「あ、うん。まあ…」
誠は分かりやすく照れていた。
「え?二宮先輩、彼氏いたんですか」
「世界が羨む程ラブラブだぞ〜♪。ちなみに私と同級生ね」
佐紀はこれ以上ないとまでに誠の腕にしがみつく。
「恥ずかしいってば佐紀…。で、塚原さん。そのやっしーって人はもしかして…」
照れていても拒絶しないだけあって、二人の相思相愛はよく分かる。
「違うよ。由奈ちゃんのだもん」
「風戸さんの?…ふーん、やっぱり年下好きなんだね」
「か、勝手に納得しないでくださいよ!それも違いますから!」
「え?そうなの?」
二人の勘違いがそのまま誠に伝えられてしまったようだ。
「また照れてる」
「照れてる」
「やっぱり」
三人は勝手に納得していた。
「…だからぁ…」
「ねえ誠、次行こ次〜」
「うん。じゃあ二人とも、またね」
佐紀と誠は人混みの中に消えていった。
「ばいばーい」
「……すっごく幸せそうでしたね」
「うん」
真理は二人を笑顔で見守ってるようにも見えたが、介人は、
「……………たまにそのバカップルぶりがムカつくけどね」
と真理が言ったのを聞き逃さなかった。きっと今は恐ろしい形相になっているに違いない。
「ま、まあとりあえず、早く買い物終わらせましょうよ」
「…そうだね」
介人は真理に刺激を与えないようにヘコヘコついていった。
「っはぁ〜…疲れた」
帰宅した介人はベッドに前倒しになる。
(塚原先輩、いつもあんなにまとめ買いしてるのか?)
あと一ヶ所だけのはずが、気が付けばもう五件寄っていた。もちろん、その間に介人の持つ荷物が軽くなることもなかった。
「『荷物持ちありがとう』って最後に何か渡されたけど…何だろう」
脇に置いた小さな紙袋を見る。手に乗る程の何かが入っているようだ。
(開けてみるか‥)
紙袋の口を開き、更に中に入っていた小箱を開ける。
(‥‥?)
入っていたのはお揃いの銀の指輪二つだった。二つということは、一人のための物ではない。それが意味するのは、
「………まったくあの先輩は!」
携帯電話を引っ掴んで着信履歴からある人物を探す。
『………やっしー?どうかした?』
真理だ。当然このことを問い正すためだ。
「先輩、何ですかこれ」
『これ?』
「これ、ペアリングじゃないですか」
『ああ、それ。安物だけど、由奈ちゃんが好きそうな色だったから』
この人は‥。と言いたい気持ちを押し込み、代わりに溜め息を漏らす。
「由奈さんとは違うって何度も言ってるじゃないですか。俺は由奈さんのことそういう風に思ってないですし」
『またまた〜♪』
「あーもう、一体何を勘違いしてるんですか?全然付き合っていないんですって!」
全然理解してくれない真理にどうしようもない憤りを感じた。だから声も自然と大きくなる。
『…え、じゃあ本当に違うの?』
「違います」
『………』
真理は電話の向こうで黙りこくってしまった。
「……塚原先輩?」
『‥‥ぺ、ペアリング使えるときが来るといいね♪じゃねー♪』
プツッと会話から逃げる音がして電話は切られた。
(……まあ、分かってはくれたのかな?)
こうして介人の一週間が終わった。突発的に色々なことがあった。
風戸由奈と会うことから始まり、幼馴染み(?)の加賀可菜香やその友達の石橋亮。その姉の亜矢、由奈の友人の塚原真理と二宮佐紀、佐紀の彼氏の誠。思えばもの凄い早さで知り合いが増えていった。
その中で介人も変化していった。初めは誰とも一緒にいようとしなかったが、対人恐怖症を克服するために握手の練習をしたり、他人と話したりした。電話も久しぶりにしたし、他人の家に遊びに行ったのもそうだ。ついさっきは、自分からも他人に電話をかけたのだ。
(…これで毎日が楽しくなるといいけど)
不安はあるが、それよりもこれからの期待が大きかった。
「………寝よう」
介人は疲れた体を休ませるため、電気を消した。




