第2話
翌日、水曜日。
「‥」
自宅の布団で目覚めた介人がのっそりと起き上がる。
(昨日‥)
昨日。それは由奈と出会った日。もう一度友達をつくろうと思った日。そして、自分が僅かに変わった日だった。
(風戸由奈さん‥か)
あの時触れた指の感覚を思い起こす。触ったそばからじわりじわりと感じてくる温もり。嫌な感じはまるでなかった。
(久しぶりだな‥こんな気持ち。………学校行かなきゃ)
「今朝は早いのね」
母親が台所から次々に朝飯を運んでくる。今朝は地味に目玉焼き。
「まあね」
息子の方は醤油をかけながら淡白な返事を返す。食べている食事はいつも通り地味だが、気分は前よりかなり良い。
「何かいいことあったの?なんか介人の顔、昔に戻ったみたいじゃない」
「ん…そだね」
「ま、良いことよね。あんた、あれから今まではなんっ…にも喋らなかったもの」
「ごちそうさま」
うるさいな、と思いつつ箸を置いて鞄を持つ。だが介人は玄関に向かう前に言いたいことがあった。
「母さん」
「ん?」
「昨日友達できた」
「あら、ホント?」
「行ってきます」
嬉しそうに驚いた母親を気にも留めずに介人は家を出た。
「は…ぁふ」
少し早く学校に着いた介人は欠伸を解放して教室へ直行する。
(?もう誰か来てるな)
教室の引き戸を開けると、自分の席の前にあたる所に女の子がいた。由奈より若干短めの黒髪の最後部分を青いリボンでまとめている。
「おはよ」
「おは‥よ」
話しかけてきたことに介人本人は戸惑う。自然に挨拶してきたその子とは一度も話した覚えはない。
(まあ、対人恐怖症治すには逆にいい機会か?)
「どうしたの?」
女の子は動揺した介人を見ている。
「あ、いや‥別に」
「今日の数学、英語に変更だったよね‥英語持ってきた?」
「え‥忘れた」
「私も。英語嫌いなのにな」
何とも優しい声で話す少女。その様子にぎこちなさはない。まるで介人のことを昔から知っているかのように‥
(誰だろ?小中学校一緒だった記憶もないけど…)
「聞いてる?」
「あ、ごめん‥」
「カイ君、昔からぼーっとしすぎだね。変わってない」
「…カイ、くん?」
何故か懐かしいその呼び名。記憶の片隅にありそうな感覚が頭をよぎる。
(‥ダメだ。思い出せない。そもそも過去のトラウマが強すぎるし)
そう。あの時のいじめ以来、介人は中学生以前の記憶を忘れかけている。無理もなかった。そうなる程、長い間惨めで痛い思いをしたのだから。
「あの、さ」
「なに?」
「‥誰?」
介人は彼女を指差す。はっきり言って無礼で失礼だが、もう単刀直入に尋ねるしかなかった。
「‥ああ、そっか」
彼女は今頃気付いたように頷いた。
「“よつば幼稚園”卒、加賀 可菜香」
「かがかなか‥」
幼稚園卒‥とわざわざ言ったということは幼稚園時代での知り合いということになる。…もちろん思い出せる訳がないが。
「きっと分からないかも。小さかったし、カイ君に会ったのだって‥」
可菜香はそこで言葉を詰まらせる。介人も少し気にはなったが、別に深く聞くつもりはなかった。
「そう‥か。まあ、よろしくな‥加賀」
「うん」
ここで突然教室の引き戸が開いた。入ってきたのは男子だ。
「うーい、朝早いね加賀」
「おはよ、石橋君」
可菜香は石橋と挨拶を交わす。
「石橋 亮君。あたしと家が近所なの」
「つーわけで石橋亮だ。文句ある?」
茶目っ毛たっぷりに人差し指をつきつける。介人は少したじろいだ。
(やっぱりまだ接触は無理か‥?)
「あれ、驚かせちまったか?まあ気にすんな」
石橋は介人の背中をバンバン叩く。只でさえ接近しているのにこう強い接触ではたまったものではない。
(ぅ‥やば‥吐いてこよ)
「ちょ、ごめ‥トイレ行く」
介人は重めの足取りでトイレに向かった。
「おう‥大丈夫か?」
「お腹痛いの?」
二人とも心配してくれた。正直ちょっと嬉しいが、喉の奥から出てくる朝飯を排出するのが先だ。
「平気‥うん、多分」
そして二人に背を向けて小走りをした。
「はあ……は‥マジ辛いな、やっぱり」
気分は最悪だった。これこそが今までのツケなのかも‥そんな気がした。
「‥あ」
「はよーす」
息を整え、トイレを出る。少し離れたところで由奈に会った。
「おはようございます、由奈さん」
由奈はまだ登校したばかりなので鞄を手に持っている。まあまあ早い登校だ。
「どうしたの?また気分悪くなった?」
「はい‥まあ」
「ね、今日の放課後、あの公園に来られる?」
あの公園。由奈と友達になった場所だ。
「あ、はい。暇なので」
「よし。じゃ、また放課後ね」
そう言って由奈は二年生の教室へ向かっていった。
「朝から元気だな、由奈さんは‥」
昼休み。昨日と同じく庭でオニギリを食べた介人は、暇なので図書室に小説を借りに来ていた。
(…お、新しいのがある)
入学一週間で図書の入れ替えがあったらしく、かなり多めに新着図書が陳列されていた。
(何かあるかな…)
お気に入りであるファンタジー小説の棚を歩く。今まで見たことのない小説の数々に介人は目を引かれていた。
(ん、あれ…加賀か)
棚の近くに可菜香を見つけた。椅子にも座らず、床にしゃがんで棚に寄りかかったまま本を読んでいる。
(あれもファンタジー小説か?読み始めたばかりみたいだけど…あ、ちょっとパンツが見えてる)
介人が見ていると、視線に気付いたのか可菜香は慌てて立ち上がった。
「カイ君来てたんだ」
スカートの埃を払い、本を棚に戻す。
「小説探しでな。加賀、何読んでたの?」
「なんでもないよ、只の普通のエッセイだし」
可菜香はまだ慌てている。おかしいのでまさか…と介人は思い、
「ホントに?漫画とか読んでたんじゃ…」
「そんな、違うもんっ。そんなんじゃないんだから」
可菜香は強く否定する。
(うぅ‥アレ読んでて笑ってたなんて恥ずかしくて言えないよ)
心の中で顔から火が出ている可菜香。そんな事実を介人は知るよしもない。
「悪かったよ。まさかと思っただけ」
謝ると可菜香は少し顔を膨らせた。
「もう‥カイ君、ちょっと意地悪なところも昔と変わってないよ‥」
(昔か…そう言えば俺は加賀を当時は何て呼んでいたんだろう?)
「加賀」
「え?」
「昔の俺はお前をなんて呼んでいた?」
「え‥あ、えーと…“カナちゃん”とか」
曖昧な答えをする。介人はその様子がどうも気になってしまった。
「とか?」
「あ、なんでもない。うん、確か“カナちゃん”って呼んでたよ」
「“ちゃん”か。なんか今じゃ恥ずかしくて呼び辛いな」
「なんならいいよ、“ ”でも」
可菜香はぼそぼそと喋る。当然、肝心な部分が聞き取れなかった介人は聞き返した。
「え‥とね。あの…」
可菜香は指で袖をいじりだした。
(そんなに恥ずかしい呼び名なのか?)
「あ、あ、あのね‥“可菜香”とか呼び捨てでもいいよ‥‥って」
「‥いきなり心的距離が縮まったな」
「いや、近い間柄なのは元々だから。…でさ」
軽いツッコミの後に可菜香は別な話に切り替えた。
「思い出せた?私のこと」
「残念ながら」
「あ‥即答?」
昼休みの終わり頃。介人は借りた本を二冊抱えて廊下を歩く。
(可菜香か、仲良くなれそうだな。…あ、気付けば名前に“か”が多い。あと、石橋も結構面白そうな奴だし‥)
急激に変化している介人の心。それは自然に“仲良くなれたらいい”と思うようになったことだった。
「うぉーす」
教室で出くわしたのは石橋だった。
「ん」
「図書室帰りか。おー、二冊も。お前本好きなのな」
「まあな」
「それより‥加賀知らないか?」
「可菜香か?あいつならまだ図書室だ」
介人は後ろを指差す。
「そうか。あいつに放課後、生徒会の代理頼みたいんだよ」
「え、石橋って生徒会の人間?」
「んな訳ねーだろ、まだ入学一週間だぞ。二年生に頼まれたんだよ。つーわけで、そんじゃな」
「ん」
「加賀―」
「ひゃっ!?…あ、なんだ。石橋君かぁ」
「そんなに驚くことはないだろ」
「あは‥ごめん」
石橋は目線を可菜香の手元に移す。それは一冊の本。
「…何故にそれを読む?」
「や、あ、これはその」
放課後。掃除や面倒な委員会の集まりを終え、介人は真っ先に公園へダッシュ。そこでは由奈がベンチで座って待っていた。
「おっそーいっ!」
「無茶言わないで下さいよ。新入生は忙しいんですから」
「うぉしっ、じゃ、始めよっか」
由奈は待ち合わせに遅刻したことは全く気にしていないようだ。
「そういや何をっすか?」
「ほら、握手の練習。対人恐怖症治すには、やっぱり人と接しないとって思うし」
(確かに昨日そんな話をしていたな)
「具体的には?」
「まず、指で触れるのは平気みたいだから、次は軽く掌を触れさせようか」
ベンチから立ち上がった由奈が手を出すと、介人は恐る恐る掌を触れさせた。握らない握手と言えば変だが、まさにその状態だから仕方がない。
(由奈さんの手‥冷たい)
(介人の手‥暖かい)
互いが互いの体温を感じ合う。二人とも暫くそのままだったが、介人がその沈黙を破った。
「‥っ」
「大丈夫?」
足がふらついた介人の背中を支える由奈。
「だから‥触ると余計気分が…」
「わ、ごめん!」
由奈は手を放す。すると斜めに傾いた介人の体は自然に‥
「あでっ!!」
ドサ、という音でモロに肩を打った。
「あ―…ごめんね、マジで」
「…それより、座ってやりましょうか。こう何度もコケたくないですし」
「うん、マジごめん…」
苦笑いをしつつ、二人はベンチに座った。
「もう大丈夫です。始めましょう」
「はい、握手」
「も‥限界」
介人はベンチに横になっている。その額には由奈の濡れハンカチが張り付いていた。
「吐きそう?」
介人は首を小さく左右に振った。
「今日はこれでおしまいにしよ。また日を改めてやるけど、いい?」
「はい、もちろん」
「ん、いい返事。気分が落ち着いたら帰ろ」
「介人ん家ってどこなの?近い?」
昨日別れた場所の近くに来たところで由奈が尋ねてきた。
「もう少し真っ直ぐ行った駅の近くです。由奈さんは?」
「私?私はちょっと遠いかな。マンションに一人暮らしなんだ」
由奈は介人の家と九十度程別の右前方を指差した。
「え?ご両親は‥」
「ああ、自立するのにいいって勧めてくれたの。こっちとしても気が楽だしね」
「ウチは母さんと俺で二人です。父さんは今海外に転勤してて‥」
「へー‥」
雑談を交している間に、昨日別れた場所に着くと、どちらも“また明日”と告げ帰り路についた。
(介人、掌は五分かそこらが限界ね‥。まだまだ先が長いか)
由奈は先程の練習を思い出しながら歩を刻んでいく。
(何かもう少し効率のいいやり方はないかな?できるだけ早く治ってほしいし…………)
首を動かしたり背伸びをしながら漠然とした答えでも出そうと躍起になる。
(……………わかんない)
ま、いいか、と由奈は気長にやることを即決。
木曜日の朝七時。可菜香の朝の目覚めは気分が良かった。
「ん―‥」
心地よい陽射しに、雲雀の鳴き声、すっきりなくなった眠気。朝が気持いいとはこういうことなのだと実感できる。
(幼稚園以来だったな、カイ君。性格だけは昔のままだ)
嬉しそうに微笑みながら制服に着替える。介人に会えた事に心底懐かしさと喜びを感じているのだ。‥あ、なんだかほわーっと自分の世界に入っている。
(でもなんか雰囲気だけは違う。なんだか暗くなったような…?)
「可菜香―、朝食要らないのか?もう遅刻するぞ」
一階から父親の声がする。随分せっかちな喋り方だった。
(大丈夫、大丈夫。今朝は早く起きたし、まだ七時‥あれ?)
彼女が携帯電話を開くと、数字は“八時三十分”を告げていた。只今の時刻では、彼女の家から学校はここからギリギリの距離。
「‥ぁああっ!」
髪もぐしゃぐしゃのまま、急いで階段を駆け‥じゃなくてズダンズダン、と飛ぶように下りる。
「こら、可菜香。床が抜けるだろ」
父親は朝食をちまちま食べながらのんびりていた。会社はすぐ近くだからだ。
「朝ごはんいらないから!ごめん、お父さん!」
洗面所で軽く髪型を整え、鞄をひっ掴んで玄関に駆け込んだ。
「行ってきま―す!!」
「という訳でギリギリだったの―‥」
まだ息の整わない可菜香は鞄を枕に机に体を寝かせていた。
「ま―ったく、お前は一日一ドジやらなきゃ生きていけないのかよ…加賀」
(‥そんなにドジなんだ)
石橋は朝早くから余裕の登校。介人は可菜香到着の十分前には来ていた。
「ドジじゃないよ‥今回はただの不注意だし」
「いっつもそればっかだな」
「う―…」
恥ずかしさから鞄に顔を埋めてしまった。
「石橋と可菜香っていつからの友達付き合いなんだ?」
介人は二人があまりにも仲がいいので聞いてみたくなった。可菜香は顔を上げて思い出そうとしている。
「石橋君、いつから…だっけ?」
「さあ…忘れちまった」
「……」
…場がシラケた。
「あ―…ほら、あれだ。忘れるくらい長い付き合いってことだ。気にすんな」
「うわ、素で忘れてる」
「るせーな」
「席つけ―、HRすんぞー」
担任が入ってきた。朝からまた面倒臭そうな声である。
「…石橋」
介人はついでにもう一つ気になったことを尋ねることに。
「どした、介人」
「あのオッサン(担任)の名前ってなんだっけ?」
「……お前も何気にヒドイよな」
あっという間に放課後。
介人は今日のコミュニケーションの練習について由奈のクラスに聞きに行ったものの、友人が言うには本人は委員会の集まりがある、だそうだ。
「そうですか。分かりました」
介人が踵を返す。と、話していた由奈の友人が引き留めてきた。
「ちょい待ち。由奈っちから伝言預かってんの」
その内容が書かれているであろう二つ折りの紙をヒラヒラさせ、介人の手に置く。
「じゃ」
「あ、はい」
その人と別れ、介人は歩きながら紙を広げた。そこには数桁の番号と英文字が並んでいて、上には“私のケータイの番号とアドレス”と、その最後部分に元気な顔文字が綴られていた。
(………え)
「‥マジか」
「!!」
すぐ後ろから聞こえた声にビビり振り向くと、二人の二年生が介人の肩越しに伝言の内容を覗き見していた。
「何してるんすか!」
恐怖混じりにサッと距離を取り、紙をズボンのポケットに突っ込む。
「まさか由奈がこんなに早く行動に出るとはね。ねえ、真理?」
「でも佐紀ちゃん、由奈ちゃんは元々積極的だし、年下好きだから‥」
驚いた介人を無視して会話しているのは真理と佐紀だった。
「‥あの」
「ああ、ごめんごめん無視しちゃって。私、由奈の友達の二宮佐紀」
見た目活発なショートカットの人が勝手に自己紹介した。
「同じく塚原真理です。もしかして、君が谷嶋君?」
続いて軽くウェーブの掛ったセミロングの人が礼儀正しく頭を下げる。
「‥はい」
(‥顔は中の下、スタイルは上々、背は由奈よりちょい下、先輩への言葉遣いは概ね良し‥か)
佐紀は介人を品定めするようにじっくり分析していたが、介人本人にはそんなことは分からない。
「‥まあ合格」
佐紀は親指をぐっ、と上に立てる。
「え?」
「うん、お似合い♪」
真理も軽く拍手した。
「‥いやいや!由奈さんとはそんな関係じゃないですよ!?」
いくら介人でもどっかのゲームの主人公ほど鈍くはない。恋愛関係を否定するが佐紀は頷いていた。
「分かってる。だからやっしーが由奈と釣り合うか分析した。特に問題はない」
“やっしー”とは介人のことだ。
「あの、塚原先輩。二宮先輩は何か勘違いを…」
介人が佐紀を指差しながら真理に頼む。
「頑張れ、やっしー♪」
「……は、は」
もう引きつった笑顔しかできなかった。
(…とんだ勘違いだっての)
散々勘違いで激励されてしまったあの場をようやく切り抜け、教室に戻る。そこでは石橋がギロリと介人を睨んでいた。
「石橋‥?まだ帰ってなかったのか」
「介人ぉ、お前はなんて羨ましいんだ!」
「うぉ!」
介人は肩を掴もうとした石橋の手を素早く避け、どうしたのか尋ねた。
「どうしただと?お前こそ、そんなにモテるなんてどうしちまったんだよ!?」
「は?モテるって何を…」
「二年の女子二人と話していただろうが。しかも別な女の番号まで貰って」
(情報早っ‥)
「で、誰だよ番号貰ったのは?」
「ああ、二年の風戸由奈さんだ」
名前を言った途端、石橋の訳の分からない妬みが止まった。
「…風戸って、あの風戸由奈か?」
「は?」
「あの風戸由奈かって聞いてんだよ」
「…はぁ?」
「なんっにも知らねえのか。仕方ね―な、教えっから」
介人は近くの椅子に腰掛け、石橋の話を聞く体勢になった。
「小学校時代、風戸由奈は只の“友達百人できるかな”っていう女の子だったんだ。でもな、三年生の頃、いじめられてるクラスメートを助けに行ったとき…」
「……」
「そいつらにビンタ一発ずつ喰らわして、夜になるまで説教し続けたんだ。当然その間にいじめっ子どもは抵抗や反論で手を上げるわけだが、その度にビンタをかましたらしい」
「えぇ―…」
とてもにわかには信じられない話。
(ビンタで大人しく引き下がるか、普通‥?)
「石橋…一応聞くが、いじめっ子は男か?」
「いや、全員女だ、いじめられた奴もな。でも人数が問題なんだ。‥なんと五、六人」
「‥‥はぁ?」
介人は今日何度目にもなる“はぁ?”を口から出す。
(相手が五、六人‥‥一人だけで女の子相手ならできそうだと思ったけど‥前言撤回。つーかリンチじゃん、それ)
「…んで結局、いじめっ子の根負けで全員大人しくなってな。強引に仲直りさせたんだ」
「うわ…それ本当の解決になってない」
「いや、話はこれで終わりじゃないんだ。その後、風戸由奈は事件に関わった全員にビンタしたことも丁寧に謝ったんだよ」
「へぇ―」
「でな、みんなその恐怖やら姐御気質やら何かに心打たれちまって…」
「…で?」
「全員と友達になった」
(……)
介人は石橋の話を全て頭の中で描写する。ビンタをして、説教して、謝って‥友達になる。
「‥普通じゃ有り得ん」
「噂じゃヤクザにも友達がいるらしい」
再びイメージする。
「…今の話を聞くとホントにいそうだから怖いな」
「ま、とにかく俺が言いたいのは、あの女は凄いってことだ」
石橋は立ち上がって鞄を持つ。
「あとお前が女の子ばっかりと仲良しだから憎くてな―‥。そんで、誰を狙ってんだ?」
「別に狙ってる訳じゃ‥」
「はいはい、贅沢なアホですね―」
石橋はひらひらと後ろ向きに手を振り、そのまま教室から撤退した。
(狙うって‥まあ確かに女の子ばっかりと仲良くなっているけど)
風戸由奈、加賀可菜香、二宮佐紀、塚原真理…。
(まあ、最後の二人は勘違いで恋愛の応援側だから関係は発展しないとして)
ここで突然誰かに肩をつつかれる。やはり指先で触れる程度の接触なら許容範囲内のようらしく、気分は悪くならなかった。
「まだ居たんだ。帰らないの?」
振り向くと可菜香が立っていた。介人が取り出した携帯電話のデジタル時計は四時半を告げている。
「‥あ、四時半か。可菜香はなんでこの時間まで?」
「図書委員。一回目の集まりだからまだ役割の説明だけだけど、少し長引いちゃって」
「図書委員‥だったっけ?」
クラスで役割を決めたのは覚えているが、その時介人は全く話を聞いていなかったので、自分の委員会すら記憶保存していない。
(…後で誰かに聞こう)
夜十時。風呂も食事も、及び明日の準備も、本日介人がやるべきことは全て終わっていた。当然部屋で寝転がっている。
「…暇」
本来なら暇でも何の不自由もないのだが、この三日間で色々ありすぎて暇なのが嫌になったのだ。
(図書室から借りた本は何故か読む気がしないし、ゲームも新しいのは買ってない。…しかも寝ようにも眠くない)
体を横に向けるとハンガーに掛けた制服が視界に入った。
(…あ)
思い付いたようにズボンのポケットを漁ると、少しくしゃくしゃになった紙に触れた。
(…)
由奈の番号とアドレス。暇潰しという理由では失礼だが、貰っておいて一度も電話やメールなしでは余計にそうだろうと思い、携帯電話を手に取る。
(メールにしよう‥)
介人は電話が苦手だ。以前は人と話すこと自体が嫌いだったのだから。
(文‥か)
まずは挨拶だけでいいか、と携帯電話のボタンを押していく。
“こんばんは、介人です。番号貰いましたので俺の方も。0XX-X5XX-82XX”
他に言い方が思い付かないのでこれで送信する。
「…………来た」
約十分後。メール用とは違う着信音が奏でられた。開けてみると、通話用の着信で“由奈の”電話番号が表示されている。
(………初対面の時といい、なんであの人は俺の苦手なことを狙いすましたようにやってくるんだ?)
微妙にイラッとしながら通話ボタンを押した。
「もしもし」
『よーす。元気?』
由奈の普段と変わらない声がスピーカーから伝わってきた。
「普通、メールはメールで返しませんか?」
『え?だっていちいち文を打つより早いでしょ?』
(そうだけど‥)
この人に反論は無駄と考えた。
『介人、友達できた?佐紀と真理は聞いてるけど』
(二宮先輩達、もう俺と友達になったつもりでいるのか)
介人には幸いにも昨日で二人できていた。同じクラスの加賀可菜香と、石橋亮だ。
「はい、同じクラスに二人」
『おー、感心感心♪このまま百人目指そう!』
「え、それはちょっと」
『卒業までには学校中のみんなを―!』
話をガンガン進めていく由奈。
「‥電話切りますよ?」
『えっ、ああ、ごめんごめん』
介人が真剣な声で冗談を言ったら、相手は本気にしてくれたらしく、電話の向こうで慌てていた。
『そんで、何か用事?』
「いえ、特にないですけど…」
『じゃあもうちょっと話してようよ。こっち暇だし』
「あー‥はい」
この日は遅くまで話し込んでいたが、意外と話には困らなかった。何故なら殆んどが由奈から話題を持ってきてくれたからだ。
(ホントにこの人は、いつもお節介で、細かいことを気にしなくて、明るくて‥)
弾む会話で顔が自然と緩む。思えば由奈のお陰で入学前より遥かに他人とのコミュニケーションが取れるようになったという実感がある。それもたった三日間で。
「‥ありがとうございます」
携帯電話を口から離して呟いた。
『ん?今なんて?』
「いえ、由奈さんは凄いな―、と」
『にへ―♪何だか分からないけどありがと―』
友達といると、何か充実した感覚が湧いてくる。
介人は小学校以来のそんな毎日を取り戻しつつあった。
第1話は全体的に暗かったので、今回は楽しい感じに仕上げました。
今回の二日間で新しい友人が四人も登場しています。
介人の昔を知っている加賀可菜香、その友人の石橋亮、由奈の友人で第1話にも登場した二宮佐紀と塚原真理。
話の展開が早いようにも感じられますが、これは入学して一週間から始まっているので、一気に友達が増えることにそれほどの不自然さを感じて欲しくないです(笑)
ちなみに1話の約2倍の文字数を載せようとしたので疲れました(苦笑)




