薔薇の刺は胸に刺さったまま
どうしょうもない不安に、フィラはディーズを追う。
そして、見事に嫌な予感は当たった。
ディーズが綺麗な女の人と話している。
あの人には、少年のような笑顔を見せるのね。
スタイルのいい、大人の女性だった。
風が運んでくる香りは高貴で、女性の品格を表す。
気高く美しい薔薇の香り。
対する自分の姿に恥ずかしくなる。
まだ胸の膨らんでいない、子ども。
くびれも、ふくよかなお尻もない。
私は逃げ出したくなった。
彼の隣に行くにはあんな女性じゃないとダメなの?
私は子どもで、ディーズの隣りには立てない。
彼の役にも立てない。
ならせめて、彼のために成長しよう。
彼を想って年月を重ねよう。
彼が驚くような美女に――なる。
願わくば、薔薇が似合うような女性になりたい。
彼があの人に見せるような笑みを、向けられたい。
***
そうして私は16歳になった。
会議室で、フィラを除き、重臣が朝から集まる。
「この度集まってもらったのは他ではない。フィラのことじゃ」
ディーズは毎度の親バカが始まったと、一線ひいてかまえていた。
重臣の内、一人が訪ねる。
「それはどういったご内容でしょうか」
「重要なことじゃ。フィラが16になり、何度も舞踏会を開いておるのに、なーんも男に興味をしめさん!」
周りの重臣がざわめき出す。
あまりに馬鹿らしいのだろう、とディーズは見当をつける。
しかし、次の言葉にディーズは肩透かしを食らった気分になった。
「それは大変でございますね。ではうちの三男などいかがです?」
「皇女が婚期を逃しては外聞もありますし」
「何より、姫様の幸せのために!」
皇帝は何度も頷く。
「じゃろう、じゃろう!? ワシもフィラのころには胸ワクワクじゃった。しかし、フィラにはそんなふうに見えん! 男など見向きもせず、本を読んでおる! このままではダメじゃ」
みんな真剣に考え始めた。
この国はフィラ馬鹿だと、ディーズは心底あきれ返る。
本人の自由にさせておけばいいと思うのだが、それは立場が許さないのだろう。
「恐れながら申し上げます。フィラ皇女には心に決めたお方がいらっしゃるのでは?」
「はっ! いかんぞ、パパは駄目じゃ」
「あなた帰ってらっしゃい」
皇妃、皇帝を殴る。
皇帝は冠を直しながら、正面を見る。
皇妃が殴ったことに誰もつっこまない。まぁ、日常だからな。
「まさかディーズ、あなたではありませんね」
皇妃がこちらを向いた。
刃が首に突き付けられているようだ。
「そんな。年の差を考えてくださいよ」
「そうね。こんなおじさんじゃ眼中にないわね」
「そうじゃな」
「「「そうですね」」」
ロリコン疑惑が晴れたのに、どうして釈然としないのだろう。
複雑な気持ちを抱えていると、ディーズの後ろから踏み出し、発言したものがいた。
「でしたら僕、婚約者に立候補します」
ディーズの補佐の少年が手を挙げていた。
彼はフィラとも仲がいい。
そして若くして見せる有能さ。将来性がある。
「おじさんじゃないし」
「そうじゃな。そうするか」
おいおい、これでもまだ二十代だぞ。さすがの俺でも腹が――。
「何か用がありまして? おじさん?」
皇妃が怖い。毒蛇が牙を向いてる。
なんでもないです、と貼り付けた笑みを浮かべるしかなかった。
これで会議は終了。
こんな会議でも国を保っているのは、皇帝の手腕だろう。
そして皇帝がフィラ皇女の夫となる人物に期待し、技術を伝えたがっているのだ。
こういうのは、本人次第。ほっとくもんだろ。
まさか渦中にいるとは思わないディーズであった。
フィラが16となれば、ディーズは28になった。
軍事国家であるために、国内生産量が足りていないといった問題は改善されていった。
そのために3年前に大農場が作られ、供給が追いつくようになったからだ。
皇帝はディーズを褒めた。
彼は国になくてはならない人となる。
反対に、私は国を出なければならないだろう。
国のために他国と親交を結ぶ必要がある。国民の期待が痛かった。
「フィラ、いい人はいないのか?」
「そうよ。私達が政略結婚なんてさせないわ。言いなさい」
父と母が言うけれど、私は言えない。
もし私がディーズを好きだと言えば、彼は従うだろう。
でも、そんなのいらない。
そしてもう一つの理由は、彼を本当の意味で笑わせられる、例の薔薇の人。
あの笑顔が忘れられない。
頭から離れられなくて、私は踏み出せずにいる。