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それは甘くて苦い

あれから、ディーズに会うのがなんだか照れくさい。

どうしてだろう。


ディーズの執務室に、おそるおそる花を持っていくと、ディーズはいつもどおりだった。

なんだか気が抜けた。


花瓶に花を挿し、本棚から本を取り出す。

もちろんディーズの部屋にある本だから堅苦しい本ばかり。

だけど、彼のことが知りたくて、眠たくなりながらも目を凝らしていた。


***



一時間後、ディーズは仕事が一段落して顔を上げる。

すると、いつも待ってましたとばかりに机にまとわりついてくる存在がいない。

もしやと思ってソファーをみると、本を読む体勢のまま眠っているフィラを発見した。


「風邪を引いたらどうするんだ」


ディーズは仮眠用のブランケットをフィラにかける。

そこでドアがノックされた。


***



フィラが目を覚まし、体を起こすと手に服ではない布の感触がする。

それはディーズが仕事の追い込み時によく使われているブランケットだった。

ほんのりと、彼の香りがする。


もちろんかけてくれたのは誰か分かる。

けれどその本人が部屋にいなかった。

フィラはブランケットをつかんで、部屋を出る。


人気のない廊下にディーズはいた。

ディーズの背中を発見して声をかけようして、フィラは立ち止まる。

一人ではなかった。いやな予感がした。


ディーズの向かい側には侍女がいて、その彼女が真っ赤な顔をしている。

きっとそれは、今までに読んだことのある恋物語にあるような場面なのだろう。

想い人に気持ちを伝えて、めでたしめでたし。


……そんなの嫌。

でも踏み出す勇気がなくて、フィラは物陰に隠れる。

そして目を閉じる。嫌なものを見たくないから。

けれど声が、否応なく耳に入ってくる。



「私、ずっと前からディーズさんが好きです」

「それで? わたしにどうしろと?」

「っ、ひどい!」


侍女は怒りにまかせてディーズを引っ叩いて、去っていく。

思わず、フィラはディーズが心配で物陰から飛び出した。


「大丈夫?」

「フィラ皇女、見てたのか」


その言葉には見なくていい、という刺が含まれているようだった。

思わず謝るフィラ。


「ごめんなさい。でも、どうしてあんな言い方をしたの?」


いつも優しいディーズからは、考えつかないような冷たい言葉。

あれでは相手が傷ついてしまう。


「だからだ。おれの気持ちはずっとこれからもある人に向けられている。なら叶わない片思いをするのは俺一人で充分だろう」


やっぱり、ディーズは優しい人なのだ。相手を思いやる人。

けれどそんなディーズを理解する人がいない。寂しい。

うつむいてしまった私の顔をディーズがなでる。


「今は手のかかるフィラ皇女もいるしな」

「もう、ディーズ。どういうこと!?」

「それでいい。ガキが悩むな」


ディーズのバカ。

優しすぎて胸が苦しいよ。

胸が苦しくて、息が詰まりそう。

この気持ちは何だろう。

気付きたくない。


私を見ていないから。



「ディーズ宰相、お客様が」


私達の会話が切れた隙を見計らい、文官が声をかける。

仕事の邪魔をしてはいけないと思い、私は一歩後ずさった。

けれど見ているうちに、近くに行きたいと強く思う。

ディーズの顔が文官と話すほど顔色が変わったからだ。

そしてついに一輪の薔薇を受け取った彼は、そのまま駆け出す。

薔薇の茎を握り締めて。

手ににじむ血なんて、今の彼には痛くもかゆくもないのだろう。



初めてだった。

ディーズが私を放りっぱなしにしたこと。

いつもなんだかんだ言って世話を焼いてくれるのに。

だから、嫌な予感がした。

それは私の、わずか十二歳の、女としての予感。

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