sing song
旅人と出会った。
出会ったのは偶然。
出会ったのは運命。
旅人は、彼が主と共に歩む道にいた。汚れて、痩せた旅人。
それでも目は強かった。そのこげ茶色の目を見て、彼は旅人に近しさを覚えた。
旅人は、歌を口ずさみ天を仰いでいた。彼は旅人に心をひかれた。
美しい歌。
美しい声。
先に声をかけたのは彼だった。主から少し離れて、彼は旅人に尋ねた。
どこから来たのかと尋ねると、旅人笑って「はるか遠く」と答えた。それは彼の知らない世界だ。
彼は主に仕える身。
主から離れることはできない。
主から食事を与えられ、主から守ってもらっている。
彼は主に仕える身なのだ。
だから旅人の歌はとても鮮やかに響いた。
旅人は彼を気にかけた。
彼が主と歩く時、旅人は彼の近くを歩いた。
彼の主人は旅人を邪見にしなかった。だから彼は旅人と言葉を交わすことができたのだ。
主を持たぬ旅人はとても強かった。一人で生きるということは、どういうことなのかを知っていた。旅人から見れば彼は子供で、彼から見れば旅人は大人だった。彼の知らないことを知っていた。彼の知らない世界を知っていた。彼は旅人の強さに惹かれ、旅人の自由な生活に憧れた。
夜な夜な、彼は主の家を抜け出し、旅人を訪ねた。旅人は河原で寝ころび、天を仰ぎ、歌を口ずさんでいた。
彼は主に仕える身。
けれども、彼は家から抜け出す方法を知っていた。
星空の下、旅人は歌を口ずさむ。
自由の歌。
放浪の歌。
何にも囚われない歌。
喜びの歌。
風の歌。
彼は旅人に寄り添い、旅人の歌に耳を傾けた。
旅人はしばらく、逗留したが、旅立つことを彼に告げた。
行かないで。
もっと、自由の歌を聴かせて。
もっと、自由を教えて。
彼は旅人にしがみついた。
自由を教えて。
歌を教えて。
彼は主を愛していた。
それでも、彼は旅人と一緒にいることを望んだ。
おいで。
自由の歌を作ろう。
彼は旅人の手を取った。
月明かりが明るい満月の夜。彼は旅人と共に旅立った。彼は主との別離の道を選んだ。
幼いゆえの無茶な行動。
未来だけを見ての行動。
彼は旅人と自由を満喫した。
自由に野原を駆けた。
自由に行きたい場所へと行った。
それは、気ままな風のようであった。
自由の代償は大きい。
彼は飢えに耐えた。
主のいない者は迫害される。
彼は追ってから逃げた。
雨の日は辛い。
濡れた体はとても冷える。
彼は旅人と共に歌った。
自由の歌を。
喜びの歌を。
風の歌を。
歌った。
歌った。
その声を響かせて。
歌った。
歌った。
毎晩、毎晩、歌い続けた。
彼が自由を手にして七日七夜が過ぎた。彼は疲れていた。美しかった体は汚れ、旅人と変わらなくなっていた。彼がかつて主に仕えていたという証は一つだけ。
彼は旅人と歩いた。すると、離れたところから主の姿を見た。
駆け出したくなる衝動。
主の温もりが蘇える。
主の声が聞こえる。
主の香りがする。
彼は主と旅人を見比べた。何が幸せなのか。自由なのか、彼には分らなくなった。
お前に自由な生活は向いていない。
一つ、旅人が言った。
帰れ。
それで結論が出た。彼は駆けた。まっすぐに駆けた。駆けて、駆けて、駆けて。
彼は主のところへと帰った。
彼が主に仕えていたという証。
赤い首輪は彼の首についている。
彼は主に抱きしめられ、その首輪に鎖がつけられた。
――ワン
彼は主の腕の中で主に謝罪した。
主から離れたことを。
一度でも、自由に憧れたことを。
彼には自由よりも、主との生活が向いているのだ。
彼は再び主に仕える生活を選んだ。それでも、自由の歌を忘れることはない。だから、歌った。
自由の歌を。
喜びの歌を。
風の歌を。
それから彼が旅人と出会うことはなかった。あのこげ茶色の目も、美しい声とも別れたのだ。
旅人は歌う。
その声に彼女は耳を傾けた。
久しぶりね、と彼女は笑った。
久しぶりだな、と旅人は笑った。
あの子はどうしたの、と彼女は尋ねた。
お前と同じ鎖の生活を選んだ、と旅人は答えた。
あの子は生まれて一か月でもらわれて、それから滅多に会えないの。と彼女は口にした。
彼の母は、旅人に身を寄せた。
あなたはどうするの、と彼の母は尋ねた。
旅人は歌う。
俺は根っからの宿無し野良生活。
生まれたときから自由な身。
鎖の生活には耐えられない。
いまさら変わったりしない。
俺は根っからの自由な生活。
歌を歌い、歌と共に生きる。
旅人は彼の母に歌で答えた。どこか響く、低く温かい声だった。
彼の母は旅人に歌で答えた。
あの子の声はあなたの声と似ている。
あの子のこげ茶色の目はあなたと同じ。
あの子があなたの自由な歌を口にする。
私は自由に耐えられない。
あなたと一緒にはいけないの。
あの子はあなたの自由な歌を口にする。
けれどあの子は私と同じで自由に耐えられない。
旅人は一度だけ、彼の母を抱きしめると言った。
旅に行く。
本当の幸せを探しに行く。
見つかれば、また迎えに来る。
旅人は立ち去った。
歌と共に。
自由な歌と共に。
喜びの歌と共に。
風の歌と共に。
そして旅人は二度と戻らなかった。
私が小学生のころ、飼っていた犬が野良犬と仲良くなりました。我が家の犬と同じ、こげ茶色の目をした犬でした。おとなしい雄犬でした。我が家の犬は家出が好きでしたが、いつも必ず帰ってきました。長い家出をしたのは一度だけ。一週間ほど、どこかへと行っていました。きっと、野良犬と一緒だったのだと思います。
以前投稿したlitte loveも、今回の話と似ている話です。sing songを面白いと感じてくださった方は、ぜひ目を通してみてください。