第一回 Mirror World
第一回創作五枚会概要
・禁則事項…主人公の「」による台詞の禁止
・テーマ…人形
自転車のベルの音が聞こえた。まるで、何かが始まるのを、報せるかのように。
僕はふと、音の方向を見る。
そこには、一人の老人が笑顔で立っていた。側にはぼろぼろで汚い自転車が一台置いてある。どうやら、この老人がさっきの自転車のベルを鳴らした張本人らしい。
自転車の荷台には、これもまたぼろぼろのベニヤの板があった。汚い字で人形劇と書かれている。
家に帰る途中、この公園に寄るのが僕の帰宅コースだ。だが、こんなものは初めて見た。それに、ここで人形劇をやっている、という話を聞いたことも無い。
別に、家に帰ってもやることはない。僕は、その人形劇を見ていくことにした。
老人は、自転車の荷台に乗っているベニヤの板を百八十度回転させ、人形劇と書かれた面の裏側をこちらに向けた。そこには文字は書かれておらず、夕陽に照らされたアスファルトが描かれているだけだった。
そこには、二つの人形が座っていた。あまり使い込まれた様子がなく、新品と言われても納得しそうなほどその人形らは綺麗だった。
夕陽を浴びて輝く金髪、海のように澄み切った碧眼。――一つはフランス人形だった。
茶色がかった黒髪、少し高い鼻。――もう一つは、男の子の人形だった。右手に水飴を持っている。アジア系の顔立ちだ。日本人か、中国人といった所だろう。
あれ? とその男の子の人形を見て、僕は思う。これ、どこかで見たことがある。
僕が、その男の子の人形を何処で見たのかを考えていると、レトロなBGMが流れ始めた。どうやら、人形劇の準備が出来たらしい。
老人が僕に向かって丁寧にお辞儀をした。僕は適当に拍手をする。
背景の左端から、男の子の人形が歩いてくる。音楽にあわせて、ちょこちょこと動いているのが可愛らしい。
続いて、右端からフランス人形がゆったりと歩いてくる。こちらは、音楽の雰囲気に合わせてゆらゆらと不気味に歩いている。
突然男の子の人形は、道路に立ち止まった。考え事でも始めたのだろうか。フランス人形は、相変わらずゆらゆらと歩いている。
徐々に、二つの人形の距離が縮まっていく。
手を伸ばせば、届くんじゃないか。二つの人形がその位の距離になった時だった。
「目を、開けろよ」
確かに、はっきりそう聞こえた。不気味な音楽の中で、老人の一際通る声が。
二つの人形の距離――実に五センチ程度。
それは突然の出来事だった。フランス人形が、右のポケットへ手を入れて何かを取り出す。鋭く銀に光るそれは、紛れも無くナイフだった。
BGMのシンバルが、まるでこの時を待っていたかのように、勢いよく音を出した。
そのまま、フランス人形は左手で男の首を掴む。そして、躊躇する事無く、胸を刺した。
すると、当然の如く胸から綿が出てくる。
BGMがいきなり止まった。まるで、その人形の命が止まったかのを報せるかのように。
老人がにこやかにお辞儀をする。僕は、老人に拍手をした。――劇の内容を、よくわかっていないのだが。
「ありがとね、お兄ちゃん」老人が僕のところへ歩み寄ってきて、あの人形が持っていた水飴を渡してきた。僕は顔をしかめる。これを持っていたら、フランス人形に刺されそうで縁起が悪いじゃないか、と。
だが、そんなことは起きるわけが無いし、しかもそんなことを言ったら老人に悪いと思い、僕は軽く会釈をする。
老人は自転車のところへと戻り、荷台に乗っている背景と人形たちを前かごに入れてサドルに跨った。
自転車のベルを鳴らし、公園から去ってゆく。
なんだったんだ、今の劇は。全くもって意味がわからない。
時間の無駄だったな。僕はそう思いながら水飴を右手に持って立ち上がり、公園を後にした。
公園の向かい側の道路に出る。夕陽が、コンクリートの道路や住宅街の家々を照らしている。とても綺麗だ。
自転車のベルの音が聞こえた。また、老人が劇でも始めたのだろうか。そして、そのベルの音が聞こえたからか、頭の中でさっきの不気味な音楽が鳴り始めた。不思議な音が、広がっていく。
ふと、前方を見ると誰かがこちらに歩いてきていた。逆光で顔はよく見えないが、小柄な体形に、白いレースのついた紅いドレスを身に纏っていることが辛うじてわかる。お姫様、というような感じだろうか。そのお姫様は、ゆらゆらと不気味に歩いている。
ん? と僕は眉をひそめた。この光景、どこかで見たことがある。
僕は足を止めて、その引っかかっているのが何かを考える。
公園に来る前に、何か似たような光景を見たのだろう。僕はそう思い、目を瞑って公園に来る前のことを思い出そうとする。
劇を見る前に、公園に来て……来て……来て――。
Not found.
僕は、その事実から目を背ける。
そ、その前だよ、その前。確かに、確かに何かをしていた、はずだ。思い出せよ、思い出すんだ、僕。
流れる、不気味な音楽。
そして、頭を駆け巡る言葉――Not found.
脳内、沈黙。
……思い、出せない。公園に来る前のことも、何もかも。
住んでいるところは? 血液型は? 年齢は? 名前は?
僕って、何なの?
ワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイ――。
「目を、開けろよ」
僕は、反射的に目を開ける。老人の、一際通る声が聞こえた。だが、前にはあのお姫様しかおらず、老人は何処にもいない。
女性との距離――実に六十センチ程度。
距離が縮まったからか、女性の顔がよく見えるようになった。
夕陽を浴びて輝く金髪、海のように澄み切った碧眼。
感覚。パズルの最後のピースをはめたような。
金髪、碧眼、目を開けろよ。
これは、と僕は思う。
あの劇と同じなんじゃないのか?
眼前には、無表情のナイフを構えた人形。
シンバルが大きな音を出した。
逃げなければ。そう思い、振り返って逃げようとする。
だが、腕が、脚が、動かない。
驚愕。僕の体には、糸がくっついていた。
感じる絶望。逃げれ、ない。死ぬのか? 刺されるのか?
首を掴まれる。
そして、無表情のままその人形は、ナイフを突き刺す。僕の、胸部へ。
鈍痛。貫かれる感覚。
こんなこと、起きるわけが無い。そう思い、胸部にナイフが突き刺さっているか確認する。
唖然。綿。出ていた、綿が。
BGMが、急に鳴り止んだ。
痛みの中、僕は結論にたどり着く。
そういうこと、だったのか。
「僕って、何なの?」
自問してくる僕に、僕は答える。
人形だよ。
自転車のベルの音が聞こえた。まるで、人形劇が終わったのを、報せるかのように。
-「Drama that doesn't end.」end.-
原案:ささき




