Ⅱ.人違いです
今回、短めです。
ここは魔界の中でも平和な国、アニュレール。
住人の殆どがエルフか獣人だ。エルフや獣人は争いを好まない種族がほとんどであるのも、この国が平和である理由のひとつである。
いつもはにぎやかで活気のあるこの国の中心に位置する商店街も、今日は違ってピリピリとした雰囲気が漂っている上、殆どの店が閉まっている状況だ。だが仕方ない。
今、この国では大きな事件が起こっているのだから。
『誘拐事件』『行方不明』……この国を不安で満ちさせているのはそんな不吉なワードだった。
この国は四季をつかさどる4つの城からなっているのだが、そのうちのひとつ”夏季の城”の姫様が一昨日から行方不明になっているのだ。
住人みんなが総出で捜索しているにもかかわらず、見つからない。
そんな静寂を打ち破ったのは甲高い悲鳴。
このアニュレールの国のど真ん中に澄み切った空から、ひとりの少女が降ってきた。
悲鳴を発した張本人……
――珠夏だ。
空から落ちてくる珠夏の姿が一匹の獣人のめに止まった。
いくら魔界といえど、空から人が降ってくるなど日常差万事なわけがない。獣人は驚きつつも、一目散に彼女の真下に走っていき、結構なスピードで落下する珠夏をがっちりとした両手で受け止める。
その獣人は珠夏の顔を見るなり口をぽかんと開けて、目をこれでもかってくらい大きく見開いた。
思っていたよりもずいぶんと軽い衝撃にかたく瞑っていた目を見開く。
「と、とら!?」
獣人を目にして珠夏は気が遠くなるほどびっくりした。目の前に二足歩行の虎もどきがいて、自分がその腕の中にいて……
「っ!リール様!!」
当たり前のように話しているのだから。
獣人もなぜだか珠夏に負けないくらい驚く。そして急にポケットからなにやら黒い機会を取り出すとそれに向かって話し始める。
「こちら、スィル。中央商店街にてリール様を発見いたしました」
その一言でその場に集まってきた野次馬たちの歓声が上がる。
「やったぞー!」
「ほんと、よかったわ」
「でも、なぜ空から……」
口々に言うが、みんなの顔からはすっかり不安の色が消え、商店街は再び活気に包まれたのだった。
だが、珠夏を取り囲むようにして騒ぐ見たこともない魔界人たち。あまりの驚きと恐怖心に珠夏は意識を手放した。
薄れていく意識の中で「リール様っ!」なんて声が聞こえた気がした。