Ⅰ繋がった世界
「珠夏~。お父さんからなんか届いたわよ~」
リビングから聞こえる母親の声に、珠夏はなにか衝撃的なことでも聞いたかのように反応し、柔らかな長い髪を揺らしながら階段を駆け下りる。
「お母さん!お父さんからの、どこ?」
勢いよくドアをあけ、弾んだ声でたずねる。
「テーブルに置いてあるわ」
珠夏がこんなにも目を輝かせているのは、父親が海外にいてめったに会えないからだ。一番最近会ったのも2年位前になるだろう。珠夏が3才になったときから仕事もせずに海外を旅している。「自分をさがす」とか訳の分からないことを言って……。でも、旅先で面白いものを見つけるたびに家に送ってくれる。珠夏はそんな自由気ままで家族思いの父が大好きだった。
珠夏がテーブルに目をやると、そこには拳ほどの大きさの小包があった。珠夏はそれを手に取ると急いで自分の部屋へもどる。
「あれ?」
丁寧にラッピングされた包みを開けて驚く。そこには小さな懐中時計があった。珠夏のキレイに整頓された部屋とも、あの可愛らしいラッピングとも不釣合いな、ボロボロの時計……。
金色の縁はところどころ錆びて剥がれてしまっている。他のところも傷だらけだ。包みからその時計を取り出そうとして中に白い紙も一緒に入っていたことに気がつく。
父からの手紙だ。
『珠夏へ
お父さんは今ヨーロッパにいます。
古風な感じの店でおもしろい時計を見つけたので贈ります。
お店の人は、昔から大切にされてきたもので特別な時計だと言っていました。
その人は白いひげを生やしたよぼよぼのお爺さんだったけど、嘘をついている様には見えなかったので本当なのだと思います。でもサンタさんではありませんでした。
良く分からないけれども、価値はあるみたいです。大切にしてください。
ボロボロだけどきっと珠夏のちからになってくれると思います。
お父さんより』
短いものだったけれど、父の優しさが詰まった温かい手紙だった。珠夏は「お父さんらしいな」と思い、柔らかにほほ笑む。
壊れちゃうんじゃないかと心配しつつもいろんな所をいじっているうちに時計から音が響き出す。「カチッ、カチッ」と機械らしい音と同時に秒針が動き始める。
「こんなにボロボロなのに、まだ使えたんだ……」
珠夏はいじってはみたものの、動くとは思っていなくて驚いた。
部屋の時計は午後4時30分。そして、お父さんに貰った時計は6時を指している。
「ちょっと早いな。合わせないと」
珠夏は裏についているネジを回した。
1時間半、時間を戻した。針がゆっくりと動く。
そう―――――反時計回りに……
しかも、これはただの時計ではない。『魔界へ繋がっている』時計なのだ。
もちろん、この瞬間に魔界への道は開かれた。何も知らない一人の少女の手によって、再び2つの世界は「つながった」のだ。
「キャ――――――――――――」
珠夏は叫び声を部屋中に響かせ、時計の中へと吸い込まれるようにして姿を消した。
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次回からはいよいよ”魔界”が舞台となります。よろしくお願いします。