何のこと?
「佐和子ちゃんー!」
「あそぼー!」
友人の梨花が玄関先で朝から元気に叫んでいる。
「待って、すぐいくから!」
ワクワクを胸に抱えて遊びに行く準備をする。
「いってきまーす!」
駆け出した先は近くの神社だ。
学校の近くの文具店で駄菓子も売っているので、お金を計算しながら購入する。
中でもお気に入りは梅のお菓子だ。
握りしめて梨花と神社で遊ぶ。
「ねぇ、聞いてよ。この前隣のクラスの真子に嫌なこと言われた。」
梨花は駄菓子の袋を開けながら、カースト上位の同級生のことを話す。
真子は目立ちたがり屋で、口癖のように「私はプリンセスだから」「あんた、飲み物買ってきてよ」「この漫画持ってきて」と、我儘を言い続ける。
「梨花、気にしないでいいよ。真子、いつもそんなじゃん。相手にしても、意味ないって。」
「…でも、むかつく。」
「うん…。それは、わかる。」
神社ではセミの鳴き声が響き木漏れ日が美しく揺れ、雲ひとつない青空が見え隠れしている。
「…私って、ブサイク?」
梨花は少し口を尖らせ目線は足先に向けられてながら小声で佐和子に尋ねる。
2人は境内のスペースに座りながら話している。
「え?全然?なんでそんなこというの?」
「……真子が言ってたんだって。他の子から聞いた。」
「気にしちゃってて…頭から離れない。」
「梨花…。」
「でも…大丈夫。慰めてくれてありがとう。」
そういう梨花の瞳には少しだけ涙がたまっていた。
見た目を気にする思春期の女子、こうも残酷に言われたら、気にするなって言うほうが難しく思えた。
「梨花、大丈夫。私が守るから。」
佐和子は決心した。
「…?うん。ありがとう。」
2人は夕方になる頃、自宅へ帰っていった。
翌日、佐和子は深呼吸をして真子を呼び出した。
場所は昨日梨花と話した神社に12:00。
約束通りは来ず、結局真子が現れたのは13:00過ぎであった。
「ねぇどういうつもり?」
「梨花、凄く傷ついてたよ。」
「ちゃんと謝りなよ。」
先手をうったのは佐和子だった。
佐和子は誰とでも話はできる。
しかし学校カーストでは上位でもなく、まだまだ未熟な児童だ。
もちろんギャルグループの中でもお姫様扱いの真子が黙っているわけがない。
「はぁ?いきなり呼び出しといて何よ、偉そうに。」
「私、プリンセスなんよ?」
「立場弁えろよ、雑魚。」
口調を強めて威嚇する。
元からメンタルが強い訳ではない佐和子は内心ドキドキとしていたが、親友の涙目が忘れられない。
戦い抜く決心を決めた。
「あんた、プリンセスとかいうけど、心はドブスよ。」
「心が綺麗な子だけがプリンセスになれるの。」
「ちょっとあんまりにも、汚い。」
真子の顔がみるみる赤くなっていく。
常に威嚇していたから面と向かって反論されたことが、多分初めてだったのだろう。
「覚えときなよ。あんたも学校が始まったら餌食にしてやるから。」
佐和子はふと笑っていなした。
「私にだけにして。梨花は今関係ない。あんたと私の話でしょ。」
「私があんたの嫌がらせに動じることはないよ。」
「そういうの、なんて言うか知ってる?」
「裸の王様。ダサいね。」
真子は転んだ石を蹴っ飛ばして帰っていった。
ふう、と肩の荷が降りた。
どうなろうが構わない。
最後は梨花へ謝らせたかったが、この際謝罪が出来るほど成熟してないことくらい勘づいていた。
だからこそ、矛先を私にだけ向けさせたのだ。
━━━始業式を迎え、学校が始まる。
真子はフル無視を決め込んで、佐和子の文房具をゴミ箱へ捨てたり、体操着に昼食の牛乳まみれにしたりと、陰湿なイジメに変わっていった。
時には机に「死ね」「学校に来んな」「ゴミ」と落書きされることすらあった。
梨花は佐和子が自分の為に何かした事に気づいているようだが、真子からの追撃を恐れてあまり校内では話さないようになった。
それでもいい。後のことなどその時考える。佐和子は牛乳を落とすためトイレの手洗い場へ向かう。
梨花が珍しく声をかけてきた。トイレだと二人きりになれるからだ。
「ねぇ、もういいよ。」
「佐和子ちゃんが可哀想。」
「私が言わなきゃ良かったんだよね。」
「ごめんね。」
涙ながらに訴える梨花を、ふわりと、佐和子は抱きしめた。
「ぜーんぜん、平気。」
「私はこんなの、何ともない。」
「それより梨花がイジメられなくて良かった。」
「卒業したらいっぱい遊ぼうね。」
思いが込み上げたのか梨花は泣き止まないが、首を大きく縦に振る。
━━━あれから10年の月日が経った。
目の前には化粧を覚えて垢抜けた梨花が座ってお酒を飲んでいる。
勉強を頑張って今はコスメ販売員になっているらしい。
佐和子はカクテルを飲んでいた。
梨花も同じくカシスオレンジを飲みながら少し顔が火照っている。
久しぶりの再会だった。
「あのね。」
「あの時佐和子ちゃんが助けてくれたの、忘れたことなんて、一度もない。」
「本当にありがとうね。」
俯きつつも笑顔で話す梨花。
カクテルを飲み干し、佐和子は告げた。
「何のこと?」
心底忘れていた。小学生の時のことはとうの昔に過去として終わらせていたから。
「あーっ!忘れてるじゃん!」
「ほら、真子。」
「イジメられ役になってくれた、あれ!」
「………あーーー!!」
「もう、涙返してよ(笑)」
「あったねそんなことも(笑)」
ふたりで笑い合い交友は続く。
真子は今どこで何をしてるのかなんて心底どうでもいいと思っていた。
なんなら、梨花が言わなかったら、思い出すこともなかっただろう。
それだけ佐和子には「もう終わったこと」であった。
でもいきなりイジメられた梨花の心の傷は深かったのだろう。
またカクテルを頼んで待っている時に、酔ってきたのか、何度もお礼を言う。
「ねぇ、梨花。もう大丈夫。お腹いっぱい(笑)」
「私は別に何もしてないよ。」
「過去は過去。どうでもいいことはポイっ!だよ。」
「でも梨花とはこれからも、親友だから。」
にっこり笑う佐和子。
カクテルが届き、2人のグラスがカチンと乾杯の音を鳴らす。
帰宅してベッドに入った。
親友なんて何人もいらない。
救える人なんて何人も持てない。
でもその場で「正しい」と思うことをした。
やり方が正解だったのかも分からない。
でも、梨花が笑ってくれた。
それだけが、事実なのだ。




