最終話 二つの月が重なる夜
数えきれぬ歳月ののち、
金の月と銀の月が、空で重なろうとしていた。
夜も昼もない、狭間の時。
風は止み、世界は息をひそめていた。
カルスの胸に、声が響いた。
はじめて聞く声
だが、全身に染みわたるほど懐かしい声だった。
「ツェルバ」
その名を聞いた瞬間、記憶が波のように押し寄せた。
黄金の髪。柔らかな微笑み。
拒絶の痛みと、それでも消えなかった深い愛。
涙が、頬を伝った。
金の月の中に、エリノッティがいた。
その光は、かつてと同じようにあたたかかった。
「ツェルバ……」
彼女の声は、風のように柔らかかった。
「貴方の零した涙が、乾ききった世界に慈悲を蒔いたのですね」
ツェルバは言葉を失い、ただその光を見つめた。
「私は……貴方を愛していた。その想いが、
世界を“理ことわり”から引き裂くと知りながら」
「いいえ」
エリノッティは、静かに首を振った。
「あなたが愛してくれたから、
世界は“終わり”を知り、新しい“始まり”を手に入れたのです」
二人のあいだに、セトの声が静かに流れた。
「時は円環えんかんを成しました。
始まりと終わりは、分かつことはできぬのです」
金と銀の月が、完全に重なる。
空は白く輝き、夜と昼、過去と未来、すべてがひとつになった。
ツェルバは、そっと手を伸ばした。
エリノッティの光に触れた瞬間、
胸に残っていた痛みは溶け、心は静かな安らぎで満たされた。
そして――彼は、笑った。
「死は悲しみではなかった。
それは、あなたと再び出会うための道だったのですね」
エリノッティはうなずき、彼の頬に指先を添えた。
「これからも、世界を見守ってください。
貴方がともす“終焉しゅうせん”の灯あかりに、私は新たな“息吹”を添えましょう」
光が空を満たし、やがて二つの月は、静かに離れていった。
セトはその光景を見届け、新たな一行を「時の書」に記した。
〈死は、愛の終わりではなく、世界の祈りである〉
二つの月が重なる夜、亡き者たちは、静かに笑うという。




