第4話 名を失った神
やがてツェルバは目を覚ました。
だがその瞳には、かつて月を照らしていた記憶の光はなく、
自分が誰であるのかさえ分からぬまま、ただ静かに息をしていた。
その前に立つ者がいた。
銀の気配をまとい、穏やかな微笑みを浮かべている。
「目覚めを待っていました」
その声は、遠い夢の底から響くようで、
ツェルバの胸に、名も持たぬ余韻を残した。
「そなたは……?」掠れた問いに、相手は迷いなく答える。
「私は、貴方を愛する者。そして――貴方の名は、カルス」
その名を聞いた瞬間、理由もなく、胸の奥が静かに温んだ。
それが自分の名であるかどうかも分からぬまま、彼はただ、
その響きを受け入れた。
「お願いがあります」ラクリマは言った。
「私はここから動くことができません。
ですから、私の代わりに死を持たぬ者たちに、
安らぎを与えてきてください」
カルスはうなずいた。
なぜそうすべきなのかは分からなかった。
それでも、その願いは拒むことのできないものとして、
彼の内に静かに沈んだ。
こうしてカルスは世界を巡った。
終わりを与えるたび、人々は涙を流し、感謝した。
その祈りに触れるたび、彼の胸には、
名も知らぬ温かなものが積もっていった。
それがかつて失った何かであることを、彼はまだ知らない。
※「カルス(Carus)」ラテン語「親愛な」「大切な」




