第一夜
オリバー・ハリントンは手が汚れていることも気にせず必死に穴を掘っていた。しかしこれはただの穴ではない。この下には死者が眠っている墓穴だ。オリバーは汗を拭いながら一瞬辺りを見渡してからまた掘り進めた。
彼が墓穴を掘るのには理由がある。オリバーは孤児であった。このオリバー・ハリントンという名前は自分の本当の名前ではなく、育ててくれた養父母がそう名付けただけだ。オリバーは知りたかった。本当の自分の名前を。自分の生い立ちを。
そして必死に探しているうちに、ここら辺りの墓の中で本当の母が眠っているという噂を聞いた。その墓を見つけ出し、遺体を掘り起こせば自分に関わる何かが見つかるかも知れない。
しかし来てみればこの辺りはもう寂れていて墓も手入れがされていないため、墓石も壊れたものが大半だ。なので片っ端から掘り起こすしかない。手がかりになるのは実の親の写真のみ。骨になってしまえば見分けなんかつかないだろうがオリバーは赤く輝くペンダントを持っていた。写真に映る母親らしき人物も同じものを身につけていた。自分の子どもを想っているなら墓にも一緒に入っているだろう。たったそれだけの手掛かりだが希望を持って今宵も墓穴を掘り続ける。
「これも違う。こっちもだ……」
もうここら周辺の墓地はここで最後だ。オリバーからは焦りの色が見える。遂に最後の墓となった。ここは墓石が壊れておらず綺麗だ。名前はオリビア・ラングリーと書かれている。本名ではないが自分の名前と同じ意味だ。オリバーは淡い期待を寄せてスコップを土に差し込む。
「これが……オリビア・ラングリー?」
墓を掘り終わると真っ白な肌に黒い短い髪が映え、青いドレスに身を包んだ女性の遺体が出てきた。遺体は綺麗に整えられている。まるで最近亡くなったかのようである。こんな寂れた墓地にまだ埋葬しにくる者がいるのだろうか。
オリバーは母ではないとわかると、念の為金目の物が無いか探った。しかしその時だった。首元にヒヤリとした感覚が走る。オリバーは硬直したまま汗を一筋流した。
「姉さんに何か用かな。」
背後から男の声が聞こえる。首に当たったものをよく見ると大鎌の刃先だ。オリバーは恐怖したものの捕まるわけにはいかない。多少の負傷も視野に、背負っていた猟銃を前に回し構えた。しかし声の主も大鎌も消えていた。
「こっちだよ。」
オリバーがもう一度振り返ると、修道服を身につけた長身の二十代位の男が立っていた。この短時間でどうやって後ろに……オリバーは男目掛けて引き金を引くものの、男はその大鎌で銃弾を弾き飛ばしていく。
「くそっ……」
オリバーは素早く弾を装填する間も相手は姿を眩ます。オリバーは引き金に指を置きながら辺りを見渡していると急に男は目の前に現れた。オリバーはすぐさま銃を構えるが、男は周りを警戒しながら口元に人差し指を立てる。オリバーもつられて静かに辺りを見渡す。
「そんなに大きな音を立てていると起きてしまうよ。」
その瞬間、オリバーの後ろにあった墓から物音がする。今後ろにある墓はオリビア・ラングリーのものだ。オリバーはゆっくりと振り向くとオリビアは四肢を動かし起きあがろうとしている。その異様な光景にオリバーはすっかり足がすくんでしまった。
「きみが大きな音を立てるから姉さんが起きてしまったじゃないか。元に戻すの大変なんだからな。」
男はこの光景を前にしても飄々としている。しかしオリバーは勇気をだしオリビアの方に銃口を向けた。
「ああ、銃なんか撃ったら修復が大変だ。」
男は急いでオリビアの前に立ち庇うように両手を広げる。
「そこをどけ!お前はアンデッドを飼って何をしようとしている。これは門番に報告する。」
門番とはこの世界が約五十年前、人間界と魔界で分断された時生まれた役職だ。かつて人間は非道な魔族と戦争を行っていた。しかし終戦後、壁と門が作られ門番がそれを守り、魔族は魔界で、人間は人間界で暮らすことになり完全に干渉し合うことが無くなった。人間界に魔界の魔族が入り込んでいたとなると大問題である。このアンデッドも魔界の生き物の一つだ。今すぐにこの男とオリビアを門番に引き渡さなければ。
オリバーはオリビアを倒す一心で銃弾を放ち続ける。しかし相変わらず男は鎌で銃弾を弾いていく。
しばらくしてオリバーはあることに気がつく。オリビアが完全に立ち上がり、男を背後から襲おうとしているのだ。オリバーは咄嗟に声を上げる。
「おいお前!後ろ!」
しかし男は逃げようとしない。それどころかオリバーに近づき銃を掴み横に反らせる。オリバーが必死に引き抜こうとするもびくともしない力だ。
「姉さんを撃つのはやめてくれ。」
男はオリバーから銃を奪いながら必死そうに、しかし笑みを浮かべそう言うと後ろを向いて仕方なさそうに鎌でオリビアの体をバラバラに刻んだ。バラバラになった遺体はボトボトと音を立てて地面に転がっていく。その光景に思わず吐き気を催し逃げようとしたオリバーの首に男は鎌を向ける。
「はぁ。結局バラバラになってしまった……何逃げようとしているの。墓荒らしくん。」
「あれはアンデッドだろう。いいや俺は今見たことは誰にも言わない。約束する。だから見逃してくれ。」
「あれはアンデッドじゃないよ。ただのの脊髄反射だ。脊髄が刺激されると死んでいても動くことがあるんだよ。」
「誤魔化すな!そんなわけないだろう!あれはとにかくアンデッドだった。お前が何を企んでいるかは知らないが関わるのはやめた方が良いぜ。」
「忠告ありがとう。でも本当にアンデッドじゃない。まぁあまり人には知られたくないけど。しかし君、逃げようとしているが僕の秘密を知った上で墓荒らしもしている。この状況で逃がせられるとでも思っているの?まぁ別に逃げても良いしこのことを話しても良い。でも誰が君を信じるだろうか。話したところで墓荒らしとして捕まるさ。」
オリバーはゴクリと喉を鳴らす。確かにこの状況を警察や門番に見せてアンデッドがいると言っても信じてもらえず確実に捕まる。こんなところで捕まっている場合ではない。しかしこの男は何を企んでいるのだろうか。
「そうだな。君、通報しないからこの教会に住んで手伝いをしてくれよ。墓荒らしをしているくらいだ。金もないだろう?君がこの墓の秘密を言いふらさないか監視もしなくてはならないし。良い条件ではないか?」
男からの提案にオリバーは拍子抜けする。てっきりもっと過酷な条件を出されると思っていたが、教会で暮らし手伝いをするだけで帳消しにしてくれるのなら良い条件だ。
「本当に警察に突き出さないんだな」
「あぁもちろん。君こそ他言しないでくれよ」
「わかった。で、手伝いってなんだ。」
「夜は墓守の仕事で眠れなくてね、教会の管理がさっぱりできないんだ。だから昼間この教会を管理してくれ。思い入れのある場所だから、できれば綺麗に保ちたいんだよ。」
男が指差す方を見ると今にも崩れそうな廃教会が見える。ここはてっきり廃れているものだと思っていた。まだ機能しているのか?とオリバーは訝しげに見やる。
「もう教会自体は機能していないよ。僕が住処として使っているだけ。」
男はオリバーの心を読んだかのように教会のことを話す。
「だったらなんでそんな修道服を来ているんだよ。修道女が墓守なんてしないだろう?というかなんで女装を。」
「これは姉さんの着ていたものなんだ。別に墓守だろうが男だろうが何を着ても問題ないだろう?」
確かに墓守が何を着ても良いかもしれないが男が女物の服を着るのは、というか神聖な服を着るのはどうかと思うとオリバーは思ったものの、口には出さなかった。
「で、君はここにいて手伝いをしてくれるのかい?」
話の本質を思い出しオリバーは考え込む。確かに今は猟師と墓荒らししかしていないため金がない。それに自分の罪を帳消ししてくれる代わりが教会の管理だけなら安いものだと思う。この男は何かを隠していそうで怪しいが関わらなければ良いことだ。
オリバーは考えた末決意を固めた。
「話は了承した。だが警察に突き出そうとしたなら俺もアンデッドの情報を門番に流す。」
「僕は約束を守るよ。ところで君は名前はなんだい。」
「オリバー。オリバー・ハリントン。」
オリバーと言う名前を聞いて男は目を丸くした。自分の姉と同じ意味を持つ名前。俄然興味が増した。そしてすぐにニヤリと笑う。
「僕はチャーリー・ラングリー。それにしても君の名前は平凡だね。」
オリバーに興味を抱いたチャーリーは早速オリバーのことをいじる。
「なんだと。チャーリーの方がよっぽどだろ。」
オリバーは手が早いようですぐにチャーリーの脇腹目掛けて殴ろうとするも、ヒョイと避けられてしまう。チャーリーは反射神経が良いようだ。先ほどの戦闘でも素早く動き、銃弾をかわすだけある。きっと隠していることが他にもありそうだとオリバーはチャーリーを眺めた。
「さぁ疲れただろう。部屋のベッドで眠りなよ。僕はバラバラになった遺体を綺麗に戻さなくては。」
チャーリーは取り上げていた猟銃をオリバーに手渡し、大鎌を置くと転がった死体を丁寧に集めていく。オリバーはそんな光景を後にし、今にも壊れそうな教会の中へ入っていった。
厳密にはオリビアとオリバーの語源は微妙にニュアンスが違うのですが、どちらもオリーブの木/枝から来ているので、同じ意味をする名前という表現にしてあります。
チャーリーの語源は“自由な人”という意味らしいので適当に付けた割には性格に合った名前になったなという感じです。




