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B 私の苗字も変わりました

 ――一年が過ぎ、また木蓮と出会えた。

 白蓮は花びらが膨らむ度に、母が元気に過ごしているか、高校を卒業したら進学は諦めてモデルに就職しようかとも考えていた。


「智樹さんは二十五歳、私は十八歳になったわ。そろそろ、アレね」


 新しくまた栞を作って貰った。

 白蓮の白い花びらと木蓮の紫のだ。

 智樹さんは、花びらでアートフレームも写真用に作る。


「ね、て……。友達以上に思っている。そう新美家のお父さんが眠る墓前で誓ったよ」

「え! プロポーズでしたの?」


 白蓮は顔に手を当てる。

 ふるふると左右に振った。

 チワワみたいにくりーんとしたお目目を逸らしてる。


「変だったかな。ストレートでないと伝わらないし。指輪もいつか作ろうな」

「ん、身の丈に合わせますわ」

「十八歳かあ、待った甲斐があるな。こんなに愛らしくて気位がある雰囲気だけの姫子ちゃん」

「新美の母はどうしますの?」

「お土産持っていくと電話してくれないかな。ドライブしようか」


 県境を越える度に、もうすぐ、もうすぐと白蓮がいつもの故郷語りをしていた。

 目印の古きよき赤いポストを曲がると、青い屋根が見えた。


「一人で寂しくなかった?」

「大きくなったね……。未来のある二人のためだもの。お母さんには気を遣わないで」

「お邪魔いたします」

「畏まらないで」


 二人は既に籍を入れてあり、夢咲白蓮となっていた。

 白蓮は、久し振りの母との面会や入籍ではしゃいで笑って仕方がない。


「ああ! 婚姻届のコピーあったらよかったのにい!」


 後になってぶつぶつ言っても仕方がない。


 ◇◇◇


 後日、華菱高校へ姓名が変わった旨を報告すると、まさかの校長先生に呼ばれた。


「新美の家庭の事情は承知した。しかし、派手にされては困る。これだけは、本校としても釘を刺すよ。分かったね」


 夜ご飯はカレーライスだったけど、激辛のスパイスエンドカリーをルウにしていた。

 料理に八つ当たりしても意味はない。


「智樹さん、聞いて、聞いて。結局は結婚式を挙げるなってことだって! 理解できない校風だよね」


 智樹に告げると、しっかりと肩を抑えられて言われた。


「高校は出た方がいいよ。俺は白蓮の為に仕事をがんばるから」


 釘一つで結婚式を挙げられなかったが、白蓮は後で披露宴はできると思っていた。


「高校を出てお金が沢山あったらできるもんね」


 キッチンへ向かってムキーと言っていた。


「白蓮、眉間に皺が寄るよ」

「しわったですわ!」

「混乱しているみたいだから、ほら休んで。カレーライスはほぼできているだろう」


 食卓はカレーライスと牛乳にサラダ、小さくとも野の花が生けてあった。

 女の子は愚痴てしまえば静まる場合もある。


「私が髪を伸ばしたのは、日本髪にしたかったからですのよ」

「多分、十八回は聞いてますが……」


 機嫌よくお風呂に入っている白蓮に声を掛けた。


「仕事に行くから」

「はいですの」


 ドライヤーを終えてくると、誰もいない。


「こんな夜に留守番ですの?」


 尚更、くさくさしていた。


 ◇◇◇


 ――秋も深まり、十月になった。

 紅葉も好きだわと絵画館前でまた写真を撮ったりプライベートもそこそこ上手くいっていた。


「白蓮、だーれだ」

「間抜けちゃんですわ!」

「間抜け……。確かにしがないカメラマンだけどー。どー」


 いじける夫の頬に唇をあてる。


「駅前の金沢(かなざわ)書店に行きますわよ」


 以前から企画していた白蓮の写真集、『コム(Comme)ダビトゥードゥ(d'habitude)』がやっと完成し、出版された。


「ねえねえ、智樹さん。こちらですわ!」


 白蓮は、学生通りにある金沢書店の店頭ではしゃぐ。


「ああ、やっと、二人での初仕事だな」


 智樹は満更でもない顔でちょっとにやついている。


「買う人? 智樹は買いますわよね?」


 白蓮が語り掛ける傍から、智樹が耳元を(くすぐ)るように囁いた。


「当たり前だろ。お前、喰いたいもん……」

「いやん、智樹さあん」


 照れて智樹の鼻をピシャンと叩いた。


「エプロン一枚の写真撮ったろ。あれ、そそられるの俺だけにしたい……」


 意外とマジな顔で苛めるので、白蓮は困った。


「や、ややや……」


 耳まで真っ赤になった。


「夫婦になってから初めての仕事だよな。二人の……」


 ついこの間まで、編集に追われて疲れ果てていたのが嘘のようだ。


「苦労した子はかわゆいですわ」


 白蓮は、三キロもダイエットした。

 彼女にとっては、ちょっとした苦労なのかも知れない。


「白蓮は眠っていただけだろう?」


 くすくすと笑ってからかう智樹。


「やだやだ! うたた寝しちゃっただけですわ!」


 肩をパシパシと叩く。

 白蓮には何かあると叩く癖があるらしい。


「なーんて冗句だよ。白蓮は真面目にやってたさ。ちょっと良いショットあったけどな」


 空を見つめてちろりと横の白蓮を見た。


「もう! それは――、智樹さんだから撮れましたの! 他の人には見せない顔なのですわ。ぷん」


 智樹はふくれっ面も可愛くて仕方がなく、笑いを堪えていた。


「分かっているって……! まあまあ、お嬢様、貴女の好きな珈琲でも飲んで行かない?」


「うん! モカですの」


 ◇◇◇


 喫茶「めるすぃー」の扉をガランと開けた。

 いつもの席が待っている。

 窓際の良く通りが見える小さな白いテーブルだ。


「マスター、モカ二つお願いね」


 智樹の声を聞いて向こうで明るい返事がきた。


「ねえ、私達、結婚式できませんでしたわよね。お金も貯まってきたし、世間的にも智樹さんのお仕事認められてきましたわ。智樹ブランドという。お父様も快い返事をしてくださると思いますわ」


 智樹は暫く窓の向こうの景色を頬杖をついて見ていた。


「うんって言ってあげたいけれども、難しいな……。ごめんね」


 智樹は静かに首を垂れた。

 哀しそうな顔で白蓮は呟く。


「どうして?」

「仕方がないよ。僕達は時期を逃してしまったんだ」


 智樹は、君が学生だから高校生だから。

 君よりも俺の稼ぎは少ないから式や披露宴は無理だとは言えなかった。


「酷いですわ。ウエディングドレスだって着たいし、指輪だって皆の前で交換したいですわ!」

「困ちゃったなあ……。ごめんね。勘弁してよ。結婚できただけで良いじゃない。もっと大変な人達いるよ。ごめんね。俺が悪いことにしていいからさ。俺は白蓮と結婚して……」

「やだやだ……!」


 智樹の話が終わる前に白蓮は智樹の頭をバシバシ叩いて出て行ってしまった。


「白、蓮……」


 止める術もなく、暫くして冷めたモカを二杯飲んだ。


「こんな筈ではないのにな。幸せの形が見えないのかな、白蓮」

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