気を許してはいけない
「……はい?」
首を傾げると、ベロニカはぽろぽろと涙を零しながら言った。
「ウィルにリリー、ミルキー、ピンキー、ブラン、マロン……。みんな、クレメンティーナ様に取られました。返してください……!!」
「…………」
私は数秒沈黙した後、混乱した頭を整理するためにゆっくり、細く息を吐いた。
(そうよ。そうだわ、ベロニカがこういう子だってこと、私知ってるじゃない……)
私は涙を零すベロニカを見ると、まず始めに、この場において最も大切なことを口にした。
「私は、あなたに名で呼ぶ許可を与えた覚えはありません」
「以前、呼んでもいいって言ったじゃないですか!!ううん、そんなことはどうでもいいんです」
良くないのだけれど????
ベロニカは勝手にその話を終わらせると、またしくしく泣き出した。顔を手で覆い、しゃくりあげながら悲しみを零す。
「庭園にあの子たちの姿がないんです……!!クレメンティーナ様が猫ちゃんたちを持って行ってしまったんでしょう?悪さをする猫には躾が必要だって……!」
「あれは──」
ベロニカは、私の言葉を遮って言った。
「今、あの子たちはどこにいるんですか!?もしかして処分──」
「していません。いい加減にしてちょうだい、ベロニカ様。猫はあなたが連れてきたけど飼育放棄したんじゃない。だから私が貰ったのでしょう」
ベロニカのひとり劇場にサラサやメアリーは慣れたものだけど、あまり関わりのなかったリリアは驚きを隠せないようだ。
(それもそうよね。だって、あんなに騒いでいたのだから)
ベロニカは私の強い口調に驚いたようだけど、すぐに私をキッと私を睨みつけた。
「あげてません!!返してください!」
「あなたに返したらまた放置するでしょう。生き物は可愛がるだけでは育たなくてよ?ご存知ない?」
「……っ私に子供が産めないのを知ってそう言ってるんですか!?私に子供を産ませたくないから……!!」
「何を言ってるのかしら。とにかく、そういうわけであなたがあちこちから連れ帰ってきた猫はクラウゼニッツァー公爵邸で面倒を見ています。話はそれだけですか?」
ベロニカの相手はするだけ無駄だ。
何せ彼女は、自分の都合のいいようにしか取らない。しかも、本当にそう思っているのだから手に負えない。まともに相手をするだけ時間の無駄だ。
三年前。
私は、ベロニカのことを友人だと思っていた。
☆
陛下から愛人だと紹介を受けた彼女は当時、社交界デビューしたばかりの少女だった。
彼女は心細そうに私を見ていた。明らかに場馴れしていない様子だった。
私は、突然愛人を紹介されて戸惑ったし、驚いていた。だけど、こうなった以上はもう仕方ないとも、割り切っていた。
両親のように愛のある結婚をしたいと思ったことは、もちろんある。
だけど、私がクラウゼニッツァー公爵家の娘である以上、それは難しいのかもしれないと次第に思うようになった。
強く自覚したのは、王家との婚約が決まり、その背景を知った時だ。その時から、私はクラウゼニッツァー公爵家の人間であることを、強く意識するようになったように思う。
私は陛下と結婚して、王家の人間となる。
クラウゼニッツァー公爵家と結婚することで得られる利──つまり、王家の信頼回復に、私も努めなければ、と思ったのだ。
『……初めまして。よろしく、ベロニカ様』
意識して優しい声を出す。
年下の少女は、私の様子に安堵したようだった。
それから、私と彼女は、度々お茶会をするようになったのだ。仲は、極めて良好だと、そう思っていた。
……あの日までは。
三年前。
私は十九歳。ベロニカ様は十五歳だった。
彼女に気を許してはいけないのだと知ったのは、それから半年後のことだった。
久しぶりに夜会で会った、ルーンケン公爵家の令嬢、ルシアから忠告を受けた。
『ベルネット伯爵家の令嬢……ベロニカ様だったかしら。あまり彼女に近づかないほうがいいわよ』
『彼女が……何か?』
尋ねると、ルシアは困ったように眉尻を下げた。
それから、周囲を気にするようにさらに声を小さくして、囁くように、彼女は言った。
『……彼女、あなたに無理に付き合わされてる、ってあちこちの夜会で言っているわ。最近、よくお茶会をしているのでしょう?……それが苦痛だって彼女、泣いたそうよ」