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【書籍化&コミカライズ】悪妃は余暇を楽しむ  作者: ごろごろみかん。
4.(元)悪妃は余暇を楽しむ

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今度こそニュンペーを堪能出来たらいい


「彼女たちには、悪いことをしました。私から引き離されて、時間はかかったそうですが少しづつ、回復しているようです」


「……ルーンケン卿が私を求めてくださるのは、私があなたの近くにいても……いえ。竜体を見てなお、狂わなかったからですか?」


引っ掛かりを覚えた私は、躊躇うことなく、彼に尋ねた。

彼の真意が知りたい、という気持ちもあったし、このタイミングを逃せば、もう聞くことはできないと直感したから。


そして、それは正しかったのだと思う。

ルーンケン卿は、袖を戻し、カフスボタンを留める手を、ぴたりと止めた。

だけど手を止めたのはほんの一瞬で、彼はまた、何事も無かったかのようにボタンを留めていく。


「きっかけには、なったかもしれません」


「それは──」


「私は、あなたを想っていますが、あなたを狂わせることは本意ではない。だから、あなたに何事もないと知った時……心から安堵しました。これで、あなたを求めていいのだと、赦しを得られたように感じましたから」


「っ……」


吹っ切れたのか、開き直ったのか、それとも元々隠していなかったのか。

ルーンケン卿は直截に言った。


そのはっきりとした物言いに、まだ私は慣れない。彼がその手の言葉を口にする度、面食らってしまうのだ。


ルーンケン卿は、カフスボタンを全て留め終えると顔を上げた。

そして、なぜ、それを私に見せたかを語った。


「これは、契約です」


「え?」


「あなたを裏切らない、という、ね。ですが、一口に言っても、あくまでそれは口約束に過ぎない。だから、強制力を持たせるために私の秘密(こちら)を開示しました」


こちら、それはつまり、ルーンケン卿の鱗、のことである。

私が瞬いていると、彼が困ったように苦笑した。


「これを見せれば、誰もが認めるでしょう。ルカ・ルーンケンは、竜なのだと。あなたもご存知の通り、この事実が表沙汰になれば、大きな騒動──それこそ、国の在り方を変えてしまうほどの騒ぎになることは想像に容易い。ですから、あなたは、私があなたを裏切った時。この秘密を貴族院に報告すればよろしい」


「そんなことしたら……。大変な騒動になりますわ」


「でしょうね。承知の上です」


それからルーンケン卿は付け加えるように言った。


「このことは、亡き父と母、そして妹のルシアしか知りません」


「……そんな重大な秘密を、私に教えて良かったのですか?」


悪用される可能性を、考えなかったのだろうか。

そう思って尋ねると、ルーンケン卿は首を傾げ、微笑んだ。


「だから、言ったでしょう。私の共犯者になってください、と」


──そういうこと。


納得すると同時に、やはり彼は食えない、と思った。

抜け目ないというか……布石をしっかり置いて、逃れられないように手を打ってくる。


「では、また明日。ニュンペーの件は、こちらで対応を取りまとめ、明日あなたに報告します。早朝、侍女を向かわせますので」


そして彼は、私が気にしていたニュンペーの件をさらりと口にした。

その切り替えの速さは彼らしい、というか何というか。


私は頷いて答えた。


「分かりました。……ルーンケン卿」


「何でしょう」


「先程の言葉は、プロポーズ、ということでよろしいのかしら」


彼は、話を終えたつもりらしいけれど。

私の方はまだ終わっていなかった。


言うだけ言って、はいさよなら、なんてちょっとずるいじゃない、と思ったのだ。

こっちは、こんなに動揺しているというのに。


そう思った私は、動揺を悟られないようにしながらルーンケン卿を見上げた。彼は、私の言葉に驚いたようで、わずかに目を見開いたものの──素直に頷いた。


「はい」


「では、指輪は無いのかしら?プロポーズに指輪は、必要不可欠だと聞いたことがあるのだけど」


そして、私は無理難題をふっかけた。

左手を差し出して、彼に挑むように笑みを見せる。


意地悪だと自覚している。

今さっきの話だ。用意がないに決まっているのに。それでも、私だけこんなに動揺して、混乱しているのに、彼は至って平然としているのが──納得いかなかった。彼も少しくらい、困ればいいと思ったのだ。


「…………」


私の言葉に、予想通りルーンケン卿は沈黙した。



「…………」

「…………」



その長い、といってもたかが数秒程度だけれど。

それに、気まずさを感じたのは私が先だった。


(というか、私は何をしているのかしら……)


私だけ動揺しているのが悔しいからって、こんな、子供みたいな真似を。


「ごめんなさい、意地悪を──」


反省した私は、差し出した左手を取り戻そうとした、その時。


「失礼します」


ルーンケン卿が、私の左手を取った。


「え……」


「今は」


彼と、私の言葉が重なる。

ルーンケン卿は、私の前に膝をつくと、私の指を見つめ、言葉を続ける。


「持ち合わせがありませんので、これで」


伏し目がちになっている彼のはちみつ色の瞳に、銀のまつ毛が扇のように広がった。


まつ毛、長いのね、なんてどうでもいい感想を抱いたその時。

彼の手が、私の左手を取り、ちゅ、と左手の指先──具体的に言うと、薬指にちゅ、っと柔らかな感触を感じた。

それはまるで、くちびる、のような──。


「なっ」


悲鳴のような声がこぼれた。


今のは、一体。

ううん、そんなの決まってる。


だって、いえ、でも。

やはり頭の中は大混乱である。


その柔らかな感触の理由を察した私は、もはや言葉も出なかった。

絶句する私を見て、ルーンケン卿が静かに立ち上がる。

そこに、照れや羞恥の類は見られない。

やはり、動揺しているのは私だけのようだ。


「今はこれで、お許しいただけませんか?」


「っ……~~~~!!」


もはや、何をいえばいいのか分からなかった。

ルーンケン卿が、彼がこんなことを──差し出した左手の薬指に、口付けを落とすなんて、思いもしなかった。

それは恭しく、さながら神聖な口付けを思わせた。

ほんの一瞬の、触れるだけのキス。


それに、私は自身の手を胸元に抱きながら、動揺と混乱のまま、彼に言った。


「じ、冗談です!!な、ななななんてことをするんですか!?ゆ、指に今、口、口付けを……!?」


混乱のあまり吃る私に、ルーンケン卿は少し思案したように沈黙した、後──笑った。


彼はふ、と堪えきれない、とでも言いたげに笑みを零すと、そのままクスクスと笑い──


「失礼しました。あなたが可愛らしかったので、つい」


そしてまたしても、ドストレートにそんなことを言ってきたのだ。






「まさか、思わないじゃない……」


ルーンケン卿が、あんなに甘い──としか言いようの無い言葉を口にするなんて。


「どうかなさいましたか、クレメンティーナ様?」


私の言葉に答えたのは、対面に座るサラサだった。

それに、私は首を横に振って答える。


「いいえ、今度こそ猫ちゃ……ニュンペーを堪能出来たらいいなと思ったのよ」


今、私はふたたび馬車の中にいた。

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