少しはご自身の態度を振り返っていただきたい
「な──」
あまりのことに、陛下が絶句する。
議会は、水を打ったように静まり返った。
しかし、反対する声が聞こえない、ということはつまり、そういうことなわけで。
(一体、いつの間に手を回していたのかしら……)
宰相が、陛下に手を焼いていたの知っていた。というのも、彼とは厄介な上司に振り回される同僚のような親近感を抱いていたからである。
宰相は絶句する陛下を見ると、静かに、死刑宣告でもするかのように言った。
「私どもは次の国王に、王位継承権第一位のルーンケン卿を推薦します」
「は……反逆するというのか」
ようやく息を吸えた、というように陛下が言う。
しかし、その声は細く、震えている。
宰相は眉を顰めると、ハッキリと糾弾するように陛下に言う。
「此度の責任を、取っていただきたい」
「──」
陛下は顔を強ばらせると、引きつった笑みを浮かべた。
それから、何がおかしいのか、くつくつと笑い出す。そして、顔を上げると、赤く充血した目で、宰相を睨みつけた。
「これはれっきとした反逆だ!近衛騎士!今すぐその不敬者を牢に放り込め!!」
陛下は怒鳴って騎士に命じる、が──誰も動かない。そのことに私も驚いたが、陛下が一番衝撃を受けたのだろう。
彼は肩を震わせながら、またしても叫ぶ。
「何をしている!?早く──」
「無駄ですよ、陛下。いえ……前国王陛下、と呼ぶべきでしょうか?」
「貴様……!!」
「政権争いは、新政派が勝ちました。分かりますか?あなたはもう、王ではない。あなたを王に、と推していた逆賊どもは既に牢の中。叩けば叩くほどホコリが出る連中でしたので、簡単な仕事でした」
宰相は、ちらりと私を見ると、目を細め笑った。
「王妃陛下が城を不在にしてくださり、大変助かりましたよ」
彼は大仰に言うと、ゆったりとした声で続けた。まるで演技でもしているかのようだ。
「あなたは良くも悪くも、公平だ。政敵を貶めるためであっても、それが不当な手段であれば反対する。我々は、それが歯がゆくてたまらなかった」
「…………」
「王妃陛下。あなたは権力を持つ人間なら誰しもが持つ、我欲が薄い。それが悪いとは申しません。欲に呑まれて責務を忘れる愚王よりはよっぽと素晴らしい。けれど、改革にはある程度の強引さが必要なのですよ」
「……私は融通の利かない妃だった、ということですね」
「あなたの【在るべき姿】を追求する姿は美しく、尊いものだと思います。あなたは誰よりも完璧な妃でした。ですが、時には川の流れに身を任せることも必要かと。長年、政界を見てきた老いぼれは思うわけです」
宰相は肩を竦ませると、この場にそぐわない、朗らかな笑いを零した。
「ふざ……ふざけるな」
それに、地を這うような声が、遮る。
陛下である。
この国、レヴィアタンは、王政国家だが、決して一枚岩ではない。王位継承争い、というのはどこの国でも起きるものだろう。そして、それが最近は激化していたのだ。
ひとつは、宰相と敵対する、旧政派。
陛下の統治を守ろうとする貴族一派である。
そしてもうひとつが、宰相と、私の父であるクラウゼニッツァーが属する新政派。
王位継承権第一位を所持するルカ・ルーンケンを次の王に、と推す派閥である。
(……とはいえ、陛下を推す貴族のほとんどが、その利権目当て。彼を傀儡の王にすることしか頭になかった)
だからこそ、宰相たちは旧政派を倒さなければならなかった。
旧政派が政権を握っていたのなら、この国は搾取される一方だっただろう。まともな貴族なら、その派閥には属さない。
宰相は私から陛下に視線を向けると、宣言するように言った。
「現在、ここにいる全ての人間が次期王にルーンケン卿を望んでおります。ここは平和的にお願いします、陛下。あなたも、国家反逆罪という不名誉で地位剥奪。国王ともあろうものが独房に入れられるという屈辱は味わいたくないでしょう」
それはつまり──そういうこと、なのだった。
陛下は退位を求められている。いや、退位は決定だ。それを拒否することは許さないと、議会の人間の目が言ってる。
陛下の選べる選択肢は、ひとつしかなかった。
「…………」
陛下は項垂れ、俯いていた。
宰相が視線で騎士に指示を出す。
騎士に両腕を抱えられた陛下は、その時になって暴れ出す。
「待て!!クレメンティーナ!!クレメンティーナ!!」
急に、名を連呼されたので驚く。
陛下を見ると、彼はなりふり構わず、といった様子で騎士を振りほどこうとするが、圧倒的な力の差でそれは叶わない。
陛下は、鬼気迫る勢いで、血走った目を私に向けた。
「僕じゃない。僕のせいではない!!」
「見苦しいですよ、陛下」
宰相の呆れたような声を無視して、陛下は叫んだ。
「この女が全て悪いんだ!!この女に計られた。ベロニカに騙されたんだ僕は!!牢に入れるなら、クレメンティーナだろう!?僕を誰だと思っている!!離せ!!」
よほど混乱しているのか、陛下の言葉は不明瞭で何を言いたいのかが分からない。
しかし、責任を私に押し付けて、逃れたいということだけは、その言葉の端々から理解した。
「こうなったのも全て、妃であるクレメンティーナの責任だ!責任を取るべきはあの女だろう!?なぁ!?」
ギャンギャンとまくし立てる陛下の声が室内に響き渡る──その時。
「いい加減にしてくださらないか」
腰を上げたのは──私の父である、クラウゼニッツァー公爵、当主。
(お父様……)
全員の視線が、お父様に向く。
お父様は今も暴れる陛下を睥睨すると、切りつけるような冷たい声で言った。
「我が娘は、陛下が放棄した仕事を務めようとこの三年間、励んでおりました。社交界で良いように言われ、悪女のレッテルを貼られてまで、陛下の治世を支えた。その仕打ちがこれですか、陛下」
「クラウゼニッツァー……!貴様、そもそもお前が企んだんだろう!?いつから、いつからだ!?いつからルーンケンと組んでいたァ!!」
「何を仰います。少しはご自身の態度を振り返っていただきたいものだ」
お父様は呆れたように鼻で笑うと、言葉を続けた。
「……あなたとクレメンティーナの結婚は、前国王陛下に頼み込まれ、断れなかった私にも責がある。しかし、あなたをお恨みしますよ、陛下。あなたにクレメンティーナは、勿体ない」




