陛下の退位を望みます
「控えなさい。今の状況を理解しているのですか?」
「王妃陛下の頭が見るも無惨なことになっているのです。これ以上酷い話がありますか!!」
大仰に仰け反ったベルネット伯爵を見て、思わず、といったように吹き出す貴族が、何人かいた。
それをちらりと見て、その名と顔を覚えておく。
この髪の長さは、嘲られて当然ではあるが、私はそうされていい立場の人間ではない。
つまり、いい度胸、ということだ。
そう思って静かに視線を向ける。それに気がつくと、慌てた様子で取り繕っていた。それを黙殺して、私は本題を切り出した。
「ベロニカの件もありますが、私からあなたに聞きたいのは別件です。ベルネット伯爵、あなたには脱税の疑いがあります。あなたには、報告していない収入がありますね?」
私の言葉に、思い当たるものがあったのだろう。
まずい、とでも思ったのか、ベルネット伯爵の口角が持ち上がる。
「何のことだか。陛下!私は潔白です。王妃陛下は、ご自身が愛を得られないその腹いせを私にぶつけているのです!」
「それなら、こちらへの説明をお願いします」
そこでルーンケン卿が席を立つ。
彼が手に持っているのは、例の領収書だった。
「これは、とある入場券です。どうやら、ベルネット伯爵は、財務大臣に報告もなく、小遣い稼ぎを行っていたらしいですね」
「──」
ベルネット伯爵が目を見開く。
ルーンケン卿は淡々と話した。
「先日、ニュンペー街に立ち寄った際に、今まで禁足地とされていた土地の解放が行われていると聞きました。ここまでは、まあ、よろしい。いちいち私に報告をあげることではありませんから。問題は、その後です」
竜としては、問題しかないだろうが、財務大臣という立場ではそう言うしかなかったのだろう。ルーンケン卿は、抑揚なく言葉を続けた。
「入場料が、5ポンド。これをどう説明なさいます?」
その金額の高さに、またしても議会がざわめく。ベルネット伯爵の顔は、怒りか羞恥か、赤く染まっていた。
「知りませんな。ニュンペーは、代行領主に任せております。そいつが勝手をしたのでは?」
責任逃れか、陛下と全く同じ行動を取ってくれる。
それに、私はほんのりと笑みを浮かべた。私が微笑んだことに気が付いたのだろう。ベルネット伯爵が、毛を逆立てるようにして、吼えた。
「何がおかしい!!そもそも、疑惑程度でこんな晒しあげにするなど、何を考えているのです?王妃陛下。我が娘ばかり寵愛を受けることに嫉妬するお気持ちは、私とてよぅく分かります。ですが、行き過ぎた女の嫉妬というのは──」
またしても見当違いなことをベラベラと喋るベルネット伯爵にうんざりした私は、ピシャリと叩きつけるように言った。
「弁えなさい。二度目です」
「な──」
小娘相手に注意を受けたことが屈辱なのか、ベルネット伯爵の顔がさらに赤くなる。
タコを通り越して、夕日を思わせる赤黒さである。もっとも、夕日のような美しさはないが。
血管が切れないか、心配になるほどだわ。
わなわなと震えたベルネット伯爵が何か言い出す前に、と私は陛下に問いかけた。
「陛下!ベルネット伯爵家は、そのご息女が国宝を紛失させ、当主である伯爵は脱税を働いていた疑惑があります。これをどういたしますか?」
「それは──」
「まさか、無罪放免、などと仰いませんわよね?もし寛大な処置をなさった場合、それくらいなら許されるのだと認識を改める貴族が後を絶たなくなりましてよ」
つまり、罪に問われないならほかの貴族とて似たことを起こす可能性はぜろではない、ということだ。
陛下の顔色は悪かった。部屋に入ってきた時は、高慢な様子だったのに──もしかしたら、陛下にとってベルネット伯爵は唯一であり最後の砦のような存在だったのかもしれない。
陛下は、僅かな沈黙の後、静かに切り出した。
「ベルネット伯爵には、しばらくの謹慎を」
……甘い。
これだけのことをしでかしておいて、謹慎程度で済むと思っていらっしゃるの?
それなら甘い、甘すぎる。
ドロドロに煮溶かしたイチゴジャムよりも甘い。
私は困ったように苦笑を浮かべた後、陛下に言った。
「では、陛下が責任を取られると?」
「じゃあ聞くけど。きみの言う責任の取り方とは何かな?」
私の言い方に腹が立ったのか、陛下も席を立つ。
(知らないわよ!!!!それを考えるのがあなたの仕事でしょ!!)
何でもかんでも私に放り投げないでほしい。
じゃあ、退位しろといえば彼はその通りにするのか、って話よ。
白けた思いで陛下を見ていると、そこで、宰相が手を挙げた。
「失礼。発言の許可を」
「……許そう」
陛下が答え、宰相が席を立つ。
もしかしたら、助け舟を出してくれると期待したのかもしれない。
だけど、宰相が口にしたのは──
「私どもは、陛下の退位を望みます」
陛下が、その席を退くことを希望するもの、だった。




