あなたを助けない
その言葉に、今度こそ私は目を見開いた。
(重要参考人……!?)
いつから、ベロニカは犯罪者扱いされるようになったのだろう。
私が城を出立してから一体何があったというのだろう。
(そういえばさっき、ルーンケン卿は『城から逃げてきたのか』と尋ねていた……)
ということは、彼はこの事態を知っていた、ということなのだろうか。説明を求めるようにルーンケン卿を見ると、彼は私の視線を受けてひとつ、頷いた。
そして、再びまっすぐに陛下を見つめ、言う。
「あなたの愛人の手癖は悪く、彼女は国宝を持ち出し、しまいには紛失させた……疑いがあります。その件について陛下には説明責任があるはずです」
「知らないな。彼女の独断だ、僕には関係がない」
「宝物庫から持ち出された宝飾品の価値は、概算で四万ポンドほど。この損失をどう、民衆に説明する気です?」
「うるさい!!お前には関係がないだろう!!」
いや、関係大ありでしょう。
ルーンケン卿は財務大臣を担当しているのだから。
そう突っ込みを入れつつも、私は頭の痛い問題に胃痛を覚えた。
(つまり……何?ベロニカが……)
宝物庫の国宝を持ち出した……!?
そして、その上、失踪!?
これが事実だとするのなら、とんでもないことだ。
国宝は海外の王族から寄贈されたものもある。これが広まれば、国際関係の信頼問題にまで発展する可能性は大いにあった。
私は、静かに陛下を見つめた。
彼の顔は血の気が引いていた。
しかし、その目だけは爛々としており、瞳孔が開いていた。その尋常じゃない様子から、おそらくルーンケン卿の言葉は真実なのだろうと察する。
「陛下、今の話は本当ですか?」
私の問いかけに、陛下が微笑む。
「きみが何とかするだろう?クレメンティーナ。僕のために、きみは何でもしてくれる」
(……なるほど、ね)
今まで散々な態度だったのに、急な手のひら返しをしてきた理由は、ここにあったらしい。それに、私もまた、笑みを返す。
渾身の笑みを浮かべ、彼に言う。
「何を仰っているの?それこそ、寝言は寝て言うものですが、まさか寝ぼけていらっしゃるのかしら」
「なっ──」
まさか、すげなく返されるとは思いもしなかったのだろう。
それに、ばかにされたものだと思う。冷めた目で衝撃に息を呑む陛下を放って、私はルーンケン卿に短く言った。
「私は城に戻ります」
「……私も、同じことを考えていました」
ルーンケン卿も、同意見のようだ。
ベロニカの国宝紛失事件。
これが今どれほど話題になっているかは分からないが、まずは、情報統制を敷かなければ。これが表沙汰になったら──それこそ、レヴィアタンという王朝存亡の危機になる。
「陛下。城に戻りましょう」
「いや、だ」
「陛下?」
彼は、苦渋の滲む声で否定した。
それを見て、私は納得した。
(ルーンケン卿の言う『城から逃げてきた』は、あながち間違いではなかった、ということね)
図星だったからこそ、あそこまで激昂したのだろう。
とはいえ、このままこの問題を放置できるものではない。ニュンペーの問題もあるが、ベロニカの件は緊急事態だ。
それに、陛下に責任追及の場が設けられるなら、その際ニュンペーの話もしてしまえばいい、という算段を立てた。
やだやだと駄々を捏ねる幼子のような大人を相手にしている時間が惜しかった。
そのため、私は陛下に言う。
「では、このままここに滞在していればよろしいかと。そのうち、城から使者が送られるかと思いますので」
もっともそれは、王の器を問われる舞台への招待状になるだろうが。ここで、問題解決ではなく責任逃れに動くとなると、さらに貴族院の心象は悪くなることだろう。
私の言外のメッセージ──というか、見切りをつけられたことに気がついたのだろう。
縋るように、陛下が私の両腕を挟むように掴んできた。
(だっ……から、痛いのよ!!馬鹿力!!)
私のことを、感情のないカカシとでも思っているのかしら。私は、ひとで、痛みを覚える人間なのだけど!!
「お前が何とかするんだろう!?そのための婚姻だ!」
「……」
この期に及んでの言葉に、言葉を失う。
ついで、浮かんできたのは失望にも似た、嘲笑。
「……もし、今件で陛下のお立場が危ぶまれることになった場合、クラウゼニッツァーが、あなたを助けると思って?」
「な──」
「それこそ、冗談でしょう?陛下。私は何度も言いました。貴族院の意向は無視してはならない、と。それは、この国レヴィアタンは王政国家ですが、決して一枚岩ではないからです。そして、独裁を敷けるほど、あなたは政に関心がなかった」
「何が言いたい……!!」
ギリギリと、両肩を万力のように挟み込まれる。痛い。痛いけれど、ここで屈してたまるものですか、という気持ちが勝った。
「クラウゼニッツァーは、陛下を助けない」
散々私を蔑ろにし、せいぜい代わりに仕事をこなすだけの道具代わりにしたのだ。お父様が、陛下の後ろ盾になるとは到底思えなかった。
私は、睨みつけるようにしながら、陛下に言った。
「そして、まともな貴族はあなたに与さない。そもそもあなたは、それを可能とするだけの信頼を、貴族と築かなかったのではありませんか?」
「貴様……!!」
陛下の手が、私の首に伸びた。
殺される、と思ったが、その前に背後から強い力で体を引かれた。
「ぅ、ぐっ!」
お腹に手を回されて引き寄せられたので、脇腹に圧がかかり、妙な声がこぼれた。
引き寄せたのは、ルーンケン卿だった。見れば、ケヴィンとルークも、いつでも抜剣できるように柄に手を添えている。
今までの比にならないほどの緊張感が辺りに広がった。
ルーンケン卿は、私と陛下が相対しているとまた衝突が起きると判断したのだろう。私を、背に隠しながら陛下に言った。
「一国の王とは思えない蛮行ですね、陛下」
「退け!!」
「言葉も乱暴と来た。それで、どうしますか?我々と一緒に城に戻るか、それとも──」
ルーンケン卿は、やはり淡々とした、静かな声で言葉を続けた。
「【お迎え】を待ちますか?」




