嫌な予感というのは得てして当たるもの
その物言いが殺人犯のそれだったので思わず口をついて出た。
だけど、ルーンケン卿に訝しげに見られ、その線ではなさそうだと思い直す。
だとしたら──そこで、背後のふたりが息を呑んでいることに気が付く。
振り向くと、ふたりの顔色は悪かった。青ざめている、ような。
お調子者のケヴィンがそんな、石を飲んだような反応をするのは珍しい。
戸惑って視線を、ルーンケン卿に戻す。
その時、天啓のように私は閃き──というか、ある可能性に思い至った。
今、ルーンケン卿はどこから出てきた?
そして、彼はなんと言った……?
先ほど、竜が現れた。
竜が消えた矢先、ルーンケン卿が現れて……
彼のセリフは──
『見られたなら仕方ありません』
『このことは、どうぞご内密に。王妃陛下はもちろん、後ろの騎士たちも、他言無用です』
犯行現場を見られた殺人犯のセリフでないなら、答えはひとつ、だ。
私は、後ろの騎士ふたりのように顔を青ざめさせながら、ある推測を口にした。
「……ルーンケン卿が、竜、なのですか?」
他の人が聞いたら『何を馬鹿な』と一蹴するような内容だ。
だけどその仮定は、今この場において正解のように感じられた。
私の質問に、返答はなかった。
「──」
おそらくそれが答え、なのだろう。
(…………嘘、でしょう!?ルーンケン卿が、竜……!?!?)
ちょっと、何を言っているか分からない。
思考が上手く働かない。困惑に混乱が重なり、ひたすら瞬きを繰り返した。
ふと、その時。
私はレヴィアタンの国民なら誰しもが知る建国寓話を思い出した。
【遠い昔、レヴィアタンには竜がいた。
だけど愚かな人間が誤って竜を殺してしまった】
【竜には相棒とも呼べる親しい人間がいて、そのひとこそが、今の王家を興したレヴィアタン初代国王】
殺された竜を哀れに思い、弔ったのが、ルーンケン公爵家の祖先だと言われている。
だからこそ、ルーンケン公爵家は聖職者の家系なのである。
一体、私はどんな顔をしていたのだろう。
対面するルーンケン卿が困ったような、それでいて戸惑った顔をしていたので、おそらく相当、混乱していたのだと思う。
私は、呟くような声で、彼に尋ねた。
「……ルーンケン公爵家は、聖職者の家系ではなかったのですか?」
私の疑問に、彼はほんの少し沈黙した。
おそらく、答えるべきかどうか悩んだのだろう。だけど彼は、前者を選択したようで、ゆっくり口を開く。
「……あの寓話は、いくつか歪められた形で伝わっています。これは、私が言わずともあなたならおそらく正答に辿り着くだろうからお答えするのですが」
彼はそう前置きをすると、一息に言った。
「竜であることを利用されるのを避けるために、不要な争いを生まないために。先祖は竜という生き物を葬りました。そして、先祖はひとの形を選んだ、ただ、それだけの話です」
「精霊がいる、というのは」
「…………いますよ。今も、すぐそこに」
間を空けて、彼が答える。
それにまた、絶句した。
そこに、という言葉に視線を向けるが、私には何も見えない。
「……怒っていますか?」
元々、精霊が怒っているから、天候不良が起きている、という話だったのだ。尋ねると、ルーンケン卿が静かに頷いて答えた。
「怒っています。それにとても……弱っている」
どうやら、本来、精霊と竜は意思疎通が可能なようなのだが、それが叶わないくらい、精霊は衰弱している、とのことだった。
原因は、やはり禁足地であったこの場所の解放。
ルーンケン卿によると、精霊というのはレヴィアタン国内のあちこちにいるらしい。精霊は悪戯好きで、ひとが好き。
精霊の水浴び場も各地にあるため、ピンポイントにその場所を公爵領にもできない。
彼の話を聞き、私はようやく、本当にようやく、驚きから冷めつつあった。
そして、大きくため息を吐く。
「これは……表沙汰になったら大変なことになりそうですわね……」
「騒動は避けられないでしょうね。ですから、他言無用でお願いします」
念を押すように、ルーンケン卿は言う。
私は深く頷いた。元より、こんな重大機密を漏らすつもりはない。
漏洩などしたら、目も当てられない騒ぎになることは間違いないもの。
私は騎士ふたりにもしっかり口止めをし、後日、ルーンケン卿との間に、他言無用の誓約書を交わすことを約束した。
いわゆる、魔法契約書というもの。
互いの魔力に反応する契約書は、別名【血の契約書】とも呼ばれている。
使われるのは、高価な取引をする商人くらいのもので、滅多にそれが交わされることはない、のだけど。
(この件は、表沙汰になったら国を揺るがす一大事だもの……。これくらいした方がいいに決まってる)
そう判断したので、それを交わすことで話は纏まった。
禁足地を出てすぐ、サラサとメアリー、リリアの三人が待機していた。
彼女たちは、私が禁足地を出ると、なぜかいるルーンケン卿に首を傾げていたが、それどころではなかったようで、慌てて私を呼んだ。
「王妃陛……っ、クレメンティーナ様!至急ご報告したいことが……!」
「何かあったの?」
いつも落ち着いているサラサの珍しく焦った様子に、嫌な予感がした。
そして、嫌な予感というのは得てして当たるものだ。
今も、そう。
門番から離れて彼女に聞くと、サラサは声を潜めながらも焦りを含んだ声で答えた。
「陛下が……!陛下がいらっしゃっています……!!」
…………なんですって?




