誰か殺めてしまったのですか?
竜だ。
竜が、空を駆けていた。
☆
私は、竜というのは精霊以上に非現実的な、空想上の存在だと思っていた。
(だって、そうじゃない)
誰が、本当にいると思うだろうか。
ケヴィンも、ルークも呆気に取られているようだった。その様子に、私だけが見えている幻ではないと知る。
竜──水の気配を纏った青い竜が、空を駆ける。
晴天の、雲ひとつない空を駆けた竜が身をくねらせて──
(この湖の上を……飛んでる?)
それに気がついた時、私は点と点が線で繋がったような感覚に襲われた。
(魔法は無効化されたのではないわ)
魔法は正常に行使できたのだろう。
だけど、そもそもの話。
この地──この環境では魔法を使えない、あるいは魔法では、どうにもできない状況にあったのなら。
そういった特殊環境下、あるいは縛りがあったのなら、魔法が無効化されてもおかしくない。今までそう言った話を聞いたことがないのでこれは完全に私の推測になるのだけど、例えば、精霊が関与している……とか。
神秘的なあれそれが関わったことによる異変だというなら、文字通りお手上げだ。
竜が、現れた。
なぜ、このタイミングで?とか。
竜に思考があるならその考えを知りたい、とか。
様々な疑問点が波のように襲いかかるがそれ以上に──私は、その光景に目を奪われていた。
(……綺麗)
そう、竜は美しかった。
それが空を駆ける度に、雨のように水が降るのに、それは空中で弾け、地上には落ちてこなかった。きらきらとしたそれは太陽の光を弾き、まさに物語の存在をそのまま体現したかのよう。
唖然とする私と、空駆ける竜の青い目が、ばちりとぶつかった、気がした。
それから、どれくらいの時間が経過しただろう。
ハッと気がつくと竜は空の彼方に消えていた。それで、ようやく我に返る。
慌てて、私は背後を振り返って、騎士ふたりに尋ねた。
「い、今の!今の、竜よね!?」
私の見間違いではないことを確信したくて問うと、ふたりは夢でも見たような顔で怖々、頷いた。
「今のは……」
ケヴィンが恐々と尋ねる。
ルークが、冷静に答えた。
「竜、ですね」
「……いたの!?」
「私たちが白昼夢を見たのでなければ、仰る通りかと」
慇懃にルークが頷き、答えた。
それに私は唖然としたが、ハッとして口元を手で抑える。
(竜が実在するなんて思いもしなかったわよ……!さすが異世界ってやつ?いやでも、異世界は異世界でも、魔法は科学みたいなものだし、メルヘンチックなファンタジー要素は今の今まで無かったじゃないの……!)
竜、すなわちドラゴンがいる世界など、想像もしていなかった。
正直、まだ驚きが冷めていないが、このことはとにかくルーンケン卿に報告するべきだろう。
そう思って私が騎士ふたりに声をかけようとしたところで、奥の木々がざわめいた。
それは、先程のような、竜が出現する際の音とは異なり、人為的なものだった。
ハッとして私たちがそちらを見ると、現れたのは。
「…………ルーンケン卿」
まさに、今私が思い浮かべていたひとが、そこにいた。
彼は少し困ったような顔をしながら、私たちの方に歩み寄ってくる。ジャケットは、腕の中ほどまでまくりあげられていた。
どうして彼がここに?という思いと、先程の見ました!?という困惑が合わさって、私は彼に勢いよく尋ねた。
「お聞きしたいことがありますの!」
問いかけると、ルーンケン卿は僅かに沈黙してから、諦めたようにため息を吐く。
そして、私に答えた。
私の、想像もしていない回答を口にして。
「……見られたなら仕方ありません」
…………殺人現場を見られた、犯人?
あまりにそのセリフが、ミステリー小説に出てくる犯人そのものだったので、状況も忘れ、そんな感想を抱いた。
「このことは、どうぞご内密に。王妃陛下はもちろん、後ろの騎士たちも、他言無用です」
「誰か殺めてしまったのですか?」
「何を言ってるんです?」




