あなたは、どうしたいのですか?
次の日。朝。
ニュンペー湖近くでルーンケン卿と落ち合った私は、湖の管理人に話を聞くことにした。
身分は伏せて、国の調査員であることを伝えれば、即席の身分証明書ではあるものの財務大臣の署名付きなので無事、管理人の信頼を得ることが出来た。
年齢は六十代から七十代。
老父は「狭いですが」と仕事部屋でもあるのだろう、小さな小屋に私たちを招くと、つい最近変わったこと、というものを口にした。
「天候不良、ですか?」
「ええ。精霊様のお怒りを買ってしまったのです」
老父と対面する形で、私とルーンケン卿は並んで座っている。木を切り倒しただけの切り株のような荒作りの椅子に腰掛けながら、私たちは互いに顔を見合せた。
老父はなにか確信でも得ているのか、力強く言う。
「ええ、そうです。そうに違いませんとも!お貴族様は精霊等いないと鼻で笑いましたが、とんでもない。精霊はいます。いるからこそ、こうして怒っているのです!」
勢い余ったのか、バン、と彼はテーブルを叩いた。
(精霊はいる……ね)
それはニュンペーの住人なら当然の考えなのだろう。
前世で当然のように神社にお参りした記憶が蘇る。きっと、ニュンペー街の人にとって、精霊とは身近な神様のようなものなのだと思う。
私がそんなことを考えていると、ルーンケン卿がいつから天候不良──雨が降っていないかを彼に尋ねた。
それから少しの間、管理人から話を聞くと、私たちは小屋を後にする。
そこで、老父が私を呼び止めた。
「ああ、お嬢さん」
「……?はい」
足を止めると、老父が目をすがめて私を見る。
それに、あ、と思った。彼はおそらく、私の髪を見ている。
咄嗟に首元に触れそうになった手を、抑えた。
(やましいことはない。私は、髪を切ったことを後悔していないもの)
とはいえ、老父の価値観なら、年頃の娘が髪を短く切るなど有り得ないというものだろう。何を言われるのかしら、と思わず身構えていると、老父はそのすきっ歯で、快活に笑った。
「それは王都で流行りの髪型かい?」
「え──」
「いいねえ。最近のニュンペーは暑いからね。見ていて涼しい」
「……ありがとうございます」
彼の意外な反応に驚きながらも、私は礼を言った。それに、彼は満足そうに頷いた。
小屋を出ると、音もなく、私の護衛を担当しているケヴィンとルークが現れた。
ふたりは私たちの少し後ろを歩き始める。
私は、先ほど管理人から聞いた話を思い返しながら、顎に指先を押し当てた。
「……先程の話ですが」
ふと、ルーンケン卿が話を切り出す。
何を言い出すのだろうと視線を向けると、彼が何か言いたげに──ちらりと私を見て、言った。
「私も、よく似合っていると思います」
「……失礼ですが、何のお話を?」
先程の話、と言われても私の頭の中には精霊と禁足地しか思い浮かばない。少ししてから、あ、と思い至る。
(もしかして、髪?)
いやいやそんな馬鹿な。
ルーンケン卿が私を褒めるなんて天と地がひっくりかえってもありえな──
と、私がそう思った時。
ルーンケン卿がふい、と私から視線を逸らし、首肯した。
「髪の話です。価値観に囚われず、あなたらしいと私は思います。そして、それが好ましいとも」
「──」
ピシャーン、と頭の中に雷が落ちた。
天候不良なので雷どころか雨も降らない場所ではあるが──と、そういう話ではない。
(なんていうことかしら)
これは天変地異の前触れかもしれない。
彼が私を素直に褒めるなんて……熱でもあるのかしら……。
瞬きを何度も繰り返すが、ハッとして我に返った。
とにかく、褒めてもらったのだからそれは受け入れるべきだろう。
私は、どんな顔をすればいいか分からないながらもはにかんで答える。
「……ありがとうございます」
「あなたは、王都に戻ったらどうするのですか?」
またしても彼は珍しく、私に問いかけてきた。
彼が踏み込んだ話をしてくるのは初めてのことだったので、若干面食らう。
しかし、既に決めているので、澱みなく答えることが出来た。
「父のお言葉に従います」
「つまり再婚する、と?」
まだ離縁すら手続きが完了していないが、ほぼ離縁は確定なので、頷いて答える。
それに、ルーンケン卿は考え込むように沈黙した。
「……とはいえ、国内で再婚は難しいかもしれませんね。何せ、夫が陛下ですから。今後のお付き合いに差し障りがある、と考えると、国外で探した方がいいのかもしれません」
(そうなったら、もうウィルたちとは会えないのね……)
それは純粋に、悲しかった。
やはり、城で文字通り猫可愛がりしなくて良かった。愛着が湧けば湧くほど、別離は寂しくなるだろうから。
私が内心しょんぼりしながらも仕方ない、と思った時だった。
「あなたは、どうしたいのですか?」
意外な問いかけが飛んできて、私は息を呑んだ。
隣を見ると、ルーンケン卿が静かに私を見ている。




