ひとの心があるらしい
「……というわけで。早急に問題を片付ける必要が出てきました」
その日の夕方、私はサラサとケヴィンを伴って、外に出た。向かった先は、昼間ルーンケン卿と話した牧場のテラス席。
私の対面に座るのは、ルカ・ルーンケンそのひとである。
メアリー経由で前触れを取り付け、彼を呼び出したのである。
陛下がニュンペーを訪れることに彼も驚いたのだろう。眉をしかめ、それから彼は言った。
「それは厄介ですね」
「あなたもそう思います?」
私はため息交じりに言った。
私の言葉に、ルーンケン卿が頷いて答える。
こういうところが、好ましいと思う。彼には忖度という言葉がなさそうなので。
それから彼は、聞き込み調査で得たという情報を私に提供した。
「ニュンペー湖、ですか?」
「はい。ニュンペー湖の奥は【精霊の水浴び場】として、地元住民には有名なようです。ひとの立ち入りを禁じた禁足地でもあったのですが、ここ数年──」
「それが破られた、と?」
私が言葉を引き継ぐようにして尋ねると、ルーンケン卿は頷いて答えた。
「どうやら、ベルネット伯の意向のようですね」
「…………気温上昇はそれが理由だと?でもまさか、精霊が本当にいるとは思えません」
さすが精霊の街と名高い場所。
精霊の水浴び場所なんてあるのね、すごいな。
彼の話を聞きながら、気温上昇の理由を考えながら言葉を零せば、彼がぽつりと言った。
「精霊は、いますよ」
「…………え?」
「精霊はいます。ですから私は、その線で判断していこうかと」
(……あら)
意外だわ。彼、こう言う目に見えないものを信じるひとなのか。
少し驚いたが、彼の出自を考えればそれも理解できるものだった。
ルーンケン公爵家は聖職者の家系だ。
そして、竜を殺されたことで怒った精霊の怒りを鎮めた逸話がある。
「では、立ち入ってはならない場所に踏み込まれて、精霊が怒っている?だから気温が上がっているのですか?」
彼の話に乗ることにして、尋ねると彼は首を横に振った。
白銀の髪がパサパサと揺れる。
彼は、その色彩が理由なのか、冷たげな印象を受けるひとだ。夏など、そばにいただけで涼を取れそうで羨ましい。
「そこまでは。実際行って確認してみないとわかりません」
ルーンケン卿の言葉に頷いて、続いて私は彼に尋ねた。
「支出が合わない件は──」
「問題はそこです。ここからは完全に私の推測になりますが」
彼は前置きしてから、言った。
「おそらく、ベルネット伯爵は、【精霊の水浴び場】を新たな観光地にしているのではないでしょうか。住民の方の精霊信仰は厚く、誰も奥の方まで行かないために詳細な情報は得られませんでしたが……。そこでは随分、高額な入場料が取られているようです」
「どちらにせよ、伯爵が黒なのは確定、といったところかしら……」
私の言葉に、ルーンケン卿が頷いた。
「その可能性が非常に高いですね。……陛下がニュンペーにいらっしゃるのは十日後、とのことでしたね。それなら、急いで動いた方がいいな」
彼は独り言のように呟いた。
私も、それに頷く。
「出立から計算して、おそらく彼がこの地に到着するのは十日後あたりかと思いますわ。ですが、念の為、一週間と考えた方がいいかと。彼がこの地に訪れたら……色々な面倒事が起きそうです」
流石に、余計な火種を撒いて二次被害が起きそう、とは言えなかった。
仮にも今の私は国の妃だ。
言葉を濁すと、しかしルーンケン卿はハッキリと口にしてきた。
「……陛下はベルネット伯爵の肩を持つだろうから?」
「はっきり言いますのね」
「私も、同意見ですので」
それに、私は苦笑した。
やはり、彼のハッキリしたところは好ましい。
夜の、冷たい風が私の短くなった髪をさらっていく。
ショールを持ってきて良かった。
ニュンペーの夜は寒い。
「……陛下はベルネット伯爵と懇意にされていますし、ベロニカを寵愛されていますもの。可能性は高いでしょうね」
私の言葉に、ルーンケン卿は僅かに沈黙した。
彼はいまいち、何を考えているのか読めない。
実は明日の朝ごはんについて考えている、と言われてもうっかり信じてしまいそうなほど、顔に現れない。
彼はちら、と私を見て、問いかけた。
「……うまくいけば、ベロニカ・ベルネットもまとめて社交界から追放できますが」
「…………」
その言葉に、正直驚いた。
それを言ったのが彼なのだから、尚更。
彼も彼で、私の立場に思うところがあるのだろう。
これみよがしに、髪もこんなに短くなっているのだから、更に、といったところかしら。
私は顔を上げてルーンケン卿を見た。
彼は真っ直ぐに私を見ていた。その言葉に偽りも、言葉遊びをしている様子も見えなかったので、私も正直に答えた。
「必要があれば、そうします」
「あなたは、ベロニカ嬢を恨んではいないのですか?」
「そう見えますか?」
逆に、聞き返す。
それに初めて、ルーンケン卿が困惑した様子を見せた。
「そうですね……」
少し言葉に悩んでから、正直に今の気持ちを吐露する。
私はいずれ、王妃の席を退く人間だ。
そして、恐らくベロニカが新たな妃となることだろう。
曲りなりにもベロニカは、伯爵令嬢だ。
市井育ちで、母は平民だが、陛下が動けば、彼女を妃にすることはそう難しい話ではない。
というか、世継ぎ問題解消にも早くそうすべきだと思っている。
それが出来ないのは──まあ、私を手放したくないからだろう。自惚れているつもりは無い。
ただ、都合よく使われている、という自覚はあった。
私は、テーブルに視線を落とすと、自身の心情を、整理するように話した。
「ルーンケン卿。あなたの仰る通り、私は彼女が嫌いです。当然です、彼女にはさんざん辛酸を舐めさせられましたから。だけど、それとこれは話が別です」
彼は、静かに私の話を聞いていた。
私、どうしてこのひとにこんなに正直に話をしているのだろう。
ふと、思ったが、まあ、こんな時でもなければきっと彼に話すことももうないだろうから。
ニュンペーを去り、次彼と会った時、私は既に誰かの妻かもしれない。
王妃の席を退けば、彼とこうして話すことも無くなるだろう。
最後と思えば、存外口は軽くなった。
「……私人として、私は彼女が嫌いですが、公人としては、彼女にはやるべきことをやってもらわなければ、と考えております」
「やるべきこと、というのは」
「次世代の王を産んでもらうことです。彼女は、陛下に愛されているのだから当然ですわ。陛下にご兄弟はおりませんし、早急に世継ぎが求められていることはあなたもご存知かと思います」
さすがに私の手前、そうですね、とは言い難いのか、彼は沈黙した。
それを見て、私はほんの少し、彼を面白いひとだな、と思った。
彼も彼なりに、なんというか、ひとの心があるらしい。




