ベロニカの父親
ニュンペー地方は、季節問わず、涼しい街として有名だ。
だからこそ、精霊と呼ばれている。精霊が守り、精霊が住まう街だから、常にひんやりとしているのだ、という考えだ。
(精霊も、竜と同じように物語の中の存在でしかないし、常に涼しいのは気候とか、環境とか、そういったものが理由だとは思うけど)
私は、ルーンケン卿と別れ、リリア、サラサ、メアリーの三人と合流するために合流場所へと向かった。
そして、宿に向かい、荷物を整理する彼女たちに、ルーンケン卿と会ったことを伝える。
それに驚いて答えたのは、リリアだった。彼女はつい、と言った様子で答えた。
「ルーンケン卿……というのは、二回婚約を解消しているあの、ルーンケン公爵ですか……!?」
興奮しすぎたと思ったのだろう。
現に、メアリーやサラサから注意するような視線を受けたリリアは体を縮めながら言葉を続けた。
「今回の長期休暇は、婚約解消による傷心を癒すための旅行だと聞いておりますが……」
それを聞き、私は手を打ちそうになった。
(そういえば……そうだったわね!!!!)
すっかり忘れていた。
何せ、私にとってルカ・ルーンケンは、お堅い役人、というイメージが強かったので。
彼が色恋沙汰で揉めていたことをすっかりさっぱり全く、忘れていたのである。
ルーンケン卿、彼は私の友人、ルシアの兄でもある。
彼は、四年前に前代公爵当主が早世し、二十歳にしてルーンケン公爵家を継いだ若き当主だ。
そして──前代国王、アンドレア陛下の弟君の子。つまり、現国王のブライアンとは従兄弟という関係にある。
(ま、あんまり似てないのだけど)
むしろ真逆のふたり、といった感じだ。
仲もそんなに良いわけではなく、ふたりで話しているところは滅多に見かけない。
お互い、思うところがあるのだと思うのよね。
私は、リリアの言葉に相槌を打つ。
「そういえば、そうだったわね……。傷心旅行──」
……には、見えなかったけどね!!
それどころではない、という感じだったし。
事実、それどころでは無いのだけど。
私は、さっき見たルーンケン卿のことを思い出す。
ルカ・ルーンケン。
彼は過去に二回、婚約を解消している。
(……二回、よ?)
通常ありえない話である。
そもそも、一回婚約解消するだけでもとんでもない話であるのに。
二回婚約解消するのは、貴族女性が髪をバッサリ切るのと同じくらいありえない話だった。
そこでハタ、と私は思い出す。
口元に指先を当てて、考え込む。
(そうだわ、そうよ。そうじゃない!!)
確かルカ・ルーンケンって──
【精神崩壊者】って呼ばれてるんじゃなかった!?
前世風に言うなら、メンヘラ製造機。
そう言われる理由はひとえに、彼の婚約相手がことごとくおかしくなるからである。
一回目の婚約は、相手の女性が自死を試みるほど精神に異常をきたし、婚約解消。
二回目にいたっては、相手の女性が心中を迫ってきたために婚約を解消。
(全く想像できないのだけど……)
まあそれは置いておくとして。
私はリリアに答えた。
「視察と趣味を兼ねた旅行らしいわ。それより、ルーンケン卿の言葉通りなら……このままにはしておけない」
私は思考を切り替えて、先程彼と話した議題を思い出す。
厄介なことになった、と思った。
なぜなら、ニュンペー地方の土地を所有しているのは、ベルネット伯爵。
つまり、ベロニカの父親だからだ。
城から離れたというのに、彼女から離れることはできないようで、私は疲労のため息を吐いた。
──その頃、王城ではとんでもない騒ぎが起きていることを知らずに。




