誰かに消費される生き方ではなく
「ろ、牢!?牢ってなんですか、おばあ様!?」
ベロニカが焦りも露わに王太后陛下に言い募る。それを、彼女は愚か者を見る目で見下ろしていた。
「誰がお前にそう呼んでいいと言いましたか?」
「そ、それは……以前、おばあ様が……」
流石に、王太后陛下の前で嘘は言いにくいのだろう。それでも口にしようとするその勇気はすごい。いや、蛮勇?
場を見守っていると、王太后陛下がピシャリと言った。
「知りません。以前私はお前に言いましたね。次は懲罰房に入れます、と」
「聞いてません!!」
「そうですね。今言いました。いつもお前に振り回されている人間の気持ちがわかりましたか?」
「何が言いたいんですか!?」
「言葉遣いもなってない。ブライアンは一体何をしているのだか……。父親と全く同じじゃない。やっぱりあの女との結婚を許すべきではなかったわ……」
王太后陛下はため息交じりに言うと、控えていた近衛騎士に、ベロニカを拘束するよう命じた。それに、ベロニカが抵抗する。彼女の高い声が回廊に響いた。
「やめて離して!!こんなことしたら、陛下がお怒りになるわよ。いいの、あなたたち!?」
「おやめなさい、ベロニカ。ブライアンは確かに国の頂きに立つ王だけど、私はその祖母です。孫の愚行を諌めるのも、祖母の務め」
「何の話……!!」
近衛騎士に抑え込まれながらも身をよじる彼女は、王太后陛下を睨みつけた。
「お前たちの口論、少しですが耳にしました。お前がロイヤルガーデンに放した猫が粗相をし、それを捕まえるために侍女や庭師が苦労したのは記憶に新しい。そんなことも忘れてしまうほど、私はまだ耄碌していません」
「違います!!王太后様は間違っておられます!」
「言葉を慎みなさい。お前は、ブライアンの愛人というだけで、王族ではない。臣下として弁えた態度を取りなさい」
「私は……!!陛下から、この国でもっとも高貴な女性だと言われました!!私は尊い身分です!」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
私と王太后陛下、そしてその場にいる侍女や近衛騎士の沈黙が重なる。
それは、疲労を帯びた諦めのものでもあったし、話の通じない宇宙人との交信に手を焼いたもののようでもあった。
(……頭が痛い)
ベロニカには正論が効かない。
斜め上というか、屁理屈というか、そういったもので返してくるからだ。
だから、まともに対応するだけ無駄なのだ。
王太后陛下も同じことを考えたのだろう。
額を抑えると、無言で近衛騎士に指示を出す。
近衛騎士は頷くと、ベロニカを抑え込んだまま、彼女を連れていった。
ベロニカの悲鳴だけが、尾を引いて聞こえてくる。
「いやああ!!離して!!離してったら!!こんなことしていいと思っているの!?」
「やめて!!痛い!!」
「痛いって言ってるの!!」
あまりの騒がしさに、王太后陛下が顔を上げ、無表情で追加の指示を出した。
「彼女の言葉を聞く必要はありません。そのまま連れておいきなさい」
「王太后様、酷い!!酷いわ!!私知ってるのよ。王太后様は自分をクレメンティーナ様に重ね合わせてるんだわ!国王様に愛されなかったからって!そうでしょう!?ねえ……!!」
「──」
(なんっ……てことを言うのよあの子は!?!?)
ベロニカはさらなる爆弾を投げ入れて、その場を退場した。
残された私たちの身にもなって欲しい。この場の空気は氷のように冷たく、鉛のように重たかった。
沈黙していると、王太后陛下はベロニカの言葉など聞こえなかったかのように、私を呼んだ。
「クレメンティーナ妃」
「……はい」
「なぜあの愚か者を……いえ。あなたの立場では難しいことでしたね。私が、すべきことだった」
王太后陛下の言葉に、私は目を瞬いた。
彼女は、疲れたようにため息を吐いた。ベロニカとのやり取りに、相当な疲労を覚えたようだった。
「……随分前に、あの娘を騎士に拘束させて、ブライアンから抗議があり、揉めたと聞きました。随分話が拗れたそうですね」
「私が至らなかったせいです。申し訳ありません」
「あなたはあの娘の家庭教師ではないのだもの。そこまで面倒を見る必要は無いわ」
王太后陛下は切って捨てるように言った。
それに少し、驚いた。彼女は自他ともに厳しい。私も幾度、彼女から注意という名の叱責をいただいたことか。
彼女はロイヤルガーデンを見つめると、ぽつり、と言った。
「城を発つようですね」
「はい」
「あなたが髪を切ったことと、なにか関係があるの?」
王太后陛下が私を見て、尋ねる。
髪を切った理由。
それを問われて、一瞬、答えに迷う。だけど、隠すことなく答えようと思った。
もう取り繕って、上辺だけの言葉で生きるのは終わりにしようと思ったから。
私は、私のために、人生を歩みたい。
誰かに消費される生き方ではなく、自分のために生きたいと、そう思ったから。
私は、先程の彼女のようにロイヤルガーデンに視線を向けた。
遠くに、向日葵の花壇が見える。向日葵は太陽の方を向いて、上を向いて咲いている。それが眩しいと思った。
「──別れを。お別れを、しようと思いました」
「城から?城の人間から?」
そのどちらでもなかったので、私は首を横に振る。短くなった髪が、首筋に当たる。
「今までの自分に、です」
私の回答に、しかし王太后陛下は予想していたのだろうか。
ほんの少し、微笑んだように見えた。
「……そう。クレメンティーナ妃。私はね、今まで、あなたのこと嫌いだったのよ」
「…………」
面と向かって『あなたが嫌いだった』と言われたら、どう反応するのが正解なのだろう。笑みを保ったまま固まる私に、王太后陛下が笑った。ころころと、上品に。
「でも、そうね。今のあなたは嫌いではない……。それどころか、羨ましいとすら思うわ」
「羨ましい……ですか?」
首を傾げる。王太后陛下は私──では、ない。
彼女は短くなった私の髪を見ながら、目を細めて答えた。
「私には、できないことだったもの」




