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虚空に咲く樹  作者: シンドゥー


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4/10

「神は言われた。『光あれ。』こうして光があった。」

慧悟は研究所とは名ばかりの山奥の廃墟に向かっている。

瑠衣那が研究チーム発足に伴い借りた場所らしく、元は小学校であり、8年前に生徒数の低下で廃校となった。

瑠衣那曰く「埃っぽいけど、居心地は良くて絶対気に入るよ♪」らしい。

その文章の裏にどれだけ汚いものがあるのか慧悟ですら一抹の不安かられながらも指示された場所まで着いた。


スマホを開いて時間を確認する。


時刻は15時37分


集合時間の16時まで20分程ある。周囲を少し見て周ることにした。山奥にあるため自然が豊かだが8年も整備されてないと人が通れる場所は少なかった。やっとの思いで反対側まで出ると、声が聞こえる。


「律!こっち側じゃないよ!門が錆びついてて全く動かない!」


「私は言いましたよ。『この辺はインフラの整備が不十分ですから、ネットの調子が回復するまで待ってくださいよ。』と」


慧悟は2人を一瞥した。


女性の方——動きに無駄が多く。力の入れ方もよく分かっていない。感覚で突破しようとするタイプだ。


男性の方——山道通ってきたはずなのに服や靴に一切の汚れがついていない。いや細かく拭き取っている。非常に几帳面なのかはたまた強迫観念があるのか。


「……君たちそっちは裏門だ。集合場所は反対側の正門だ」


突然話しかけられ、2人が振り返った。女性が飛び上がり、男性が画面から目を上げた。


「ビックリした!お兄さんどこから出てきたの?」


「失礼しました。ここから正門へはどう行けばいいか、ご存じですか?」


「……ついてきてくれ」


3人で歩き始めた。女性がすぐに口を開く。


「お兄さん、白衣着てるけどお医者さん? もしかして天城慧悟先生?」


「……そうだ」


「本当ですか。お会いできて光栄です。先生の論文、読んだことあります」


男性が律儀に言う。慧悟は答えなかった。

しばらく歩いて、正門に着いた。


すでに何人か集まっていた。

慧悟は立ち止まり、黙って見た。

赤みがかった長い髪の女が、腕を組んで柱に背を預けている。重心が低く、常に出口を確認している——戦闘訓練を受けた者に特有の癖だ。


「おい、本当にここで合ってんのか青アタマ?ただの廃墟にしか見えねーぞ。」


髪が青みがかった男。高級時計、仕立ての良いスーツ。指が白い——肉体労働とは無縁の手だ。周囲への警戒心が薄い。育ちが良すぎて、敵意に慣れていない。


木陰に半分隠れてうとうとしているのは、ヨレたスーツの男。指先に乾いた絵の具の跡がある。おそらく昨夜も朝まで何かを描いていた。


建物の角に、小さな人影が張り付いていた。視線が床と人の顔の間を往復している。輪の中に入りたいが入れない。このまま声をかけなければ、夜まであそこにいるだろう。


慧悟は視線を切った。

——四人まで、見えた。


「どいつもこいつも、あの女の演説一つで集まってきやがって」


赤髪の女が低く言う。腕を組んだまま、誰に向けてでもなく吐き捨てた。


「まあまあ、面白そうじゃないか。」


青髪の男が軽い調子で返す。


「おい、青アタマ。その軽さ、どこから来てんだ」


「生まれつきかな赤アタマちゃん。」


「あなた達、仲良いわね。本当に初対面?」


「初対面だよ。おチビちゃん。」


背の低い女性——おチビちゃんと青髪の男に呼ばれ、露骨に嫌そうな顔をしていた。背が低く一見子供のように見えるがとても落ち着いている。


「玲火コイツ一発ぶん殴っていいわよ。」


玲火と言われた女性が拳を握り体勢に入った。


「ここで揉めてどうするのさ。始まってもいないのに」


その時、木の陰から声がした。

ヨレたスーツの男が寝ぼけた顔で手を上げた。


「あ、そうだそこの角に隠れてるお嬢さんも話に入れてあげて。」


角に張り付いていた小さな人影が、ぎくりと体を揺らして一礼し、またすぐに角に隠れた。

慧悟はその一部始終を、表情なく見ていた。

遠くから白衣の青年が歩いてくる。見慣れた足取りだった。


「皆さん、5分前には集合しているとは良い心がけですね」


維真が全員に向けて言い、慧悟の隣に立った。


「先生、おはようございます」


「……維真」


「来ましたよ。先生が認めた研究とやらを、この目で見るために」

声は穏やかだったが、認めていないという意思が行間に滲んでいた。慧悟は何も言わなかった。

やがて正確に16時になると、入り口の扉がバタンと勢いよく開いた。


「みんな!よく集まってくれた!さあさあ入って!世界を救う伝説の研究室へ!」


瑠衣那がこだまするような声で叫ぶ。


「また大袈裟な」


「自分の研究室を伝説と呼ぶのはいかがなものか」


「若いっていいねえ」


各々が思い思いのことを口にしながら、研究室へ入っていく。

慧悟は最後に中へ入った。


瑠衣那に連れられてきた部屋は、大きな円卓と大きなホワイトボードのある会議室だった。


「ここは元々職員室だったのを改造したんだよ」


「良い照明を使っているんですね。明るい」


「でも少し質素すぎないか。物がなくて、寂しいな」


「コーヒーメーカー置いてもいいですか。僕、コーヒーがないと頭が動かなくて」


皆が会議室について話していると、瑠衣那が慧悟の腕を引いて部屋の外へ出た。


「実は言ってなかったんだけど——慧悟を研究に誘う前に、参加させてほしいって連絡してきた人がいるの」


「……演説の前から?」


「うん。水無月結珠みなずき ゆずって人なんだけど、調べても何も出てこなくて」


「……怪しい人物なら参加させないほうがいいんじゃないか?」


「それを相談しようと思ったの。彼女には今日の事は伝えてないからみんなで話し合おうと思って。」




コツン、コツン


廊下の奥から重く沈んだ音が鳴る。


「ここはいいところだね。かつての子ども達の声が壁に染み込んでいる。今も聞こえるようだ。」


黒いドレスをたなびかせた女性がこちらに近づいて来た。


非常に美しい顔立ちをしているが彼女の目を見ていると、なんだか呑み込まれそうになり、長い間直視はできなかった。


「水無月結珠ね、貴方には連絡を入れてなかったはずだけどどうしてここがわかったの?」


「“運命は足音を立てずにやってくる"ものだよ、瑠衣那。」


「ふふっ、そうかもね。何かと前兆があったら面白くないもの。」


瑠衣那は水無月の返答を気に入ったらしく、警戒心を解いたように笑顔になった。


「……水無月、お前が研究に参加する事は構わないが、お前が何者であるかは説明してもらう。」


「"すべては待つことから成り立っている"私の事など、いずれ分かるさ。 そもそも私は一介の哲学者にすぎないさ。」


「そうか、勝手なことをしたら直ぐに辞めてもらう。」


慧悟の直感が水無月を危険人物だと言っていた。彼女から漂う不気味さのせいなのか理由もない恐怖が襲いかっていた。この感覚は瑠衣那の時と似ているがまた違う、言葉で表情するのがとても難しいものだった。


慧悟達を探しに来た早矢が水無月を見て目を丸くしている。


「お姉さんも研究に参加する人?スゴイ綺麗なドレス着てるね。真っ黒なはずなのに色んなな色が混ざったみたいに鮮やか!」


桐生の初対面であっても柔軟に接する事ができる能力は自分にも欲しいなと思う。


「見る目が良いな。少女よ。"暗黒は、無限に向かう思考の母胎である"故に様々な色が見えたのだろう。」


「少女?あたしはもう成人だよ。まあいいや。第1回目なんだしみんなで自己紹介しよ!」


「それもそうね。2人とも行くよ。」


瑠衣那と桐生は足早に歩いて行く。

慧悟は水無月を睨みつけたが彼女は微笑んでいた



各々席に着いて2人が席に着くのを待っている。


「私から時計回りで自己紹介していこうか。」


「待ってください」


維真の声が、部屋の空気を変えた。

静かで、礼儀正しく、しかし明確に、場を制した声だった。全員が黙って維真を見た。


「榊原さんの研究について、最初に確認させてほしいことがあります」


「うん、もちろん」


「あなたが提唱する沈黙症状群ですが、診断基準が存在しない。測定方法もない。査読を通った論文もない。それでもこれを『病』と呼ぶ根拠は何ですか」


刺のある問いではなかった。むしろ丁寧すぎるほどだった。それがかえって、部屋の温度を下げた。

沈黙が落ちた。

瑠衣那が口を開こうとした瞬間——


「私も、同じ疑問を持ってた。」


赤みがかった長い髪の女が、腕を組んだまま低く言った。


「赤木玲火。教師をしながら言語の研究をしてる。で——根拠がない研究に呼ばれて、普通は来ない。なのになんで来たかって」


少し間を置いた。


「心当たりがあったからだ。授業中、生徒の目が死んでいく。毎年そうだ。最初は反抗するのに、ある日を境に何かが抜ける。私もずっとそれが気になってた。」


拳がわずかに握られる。


「それが気になっていた。麻耶さんに相談しても決定打はなかった。そんな時、あの演説を聞いた」


視線が正面へ向く。


「だから来た。ただそれだけだ」


沈黙が流れたが桐生が名前を聞くと何かピンときたように話しだした。


「赤木玲火って少し前に空手と柔道と剣道の3大会で優勝した人だよね?背がすごく高くて似てるな〜って思ってたんだよね。すごーいかっこいいな〜」


そういえばテレビのニュースで見たことあった。その圧倒的な強さから"災焔の星"の異名がついていた。身長が180以上あり女性にして非常に高く、実際に見ると威圧感を感じる


「……私も」


小さな声だった。

和らいだ空気の隙間を縫うように、建物の角に張り付いていた小さな人影が、膝の上で手を握り合わせたまま、俯いて言った。


玲火の「生徒の目が死んでいく」という言葉に、反応していた。


「橘志保です。春賀大学、文学部、2年生で……友達が、ある日突然、笑わなくなって。病院に連れて行ったけど、どこも異常なしって言われて。でも絶対おかしいって思ってたから……来ました」


部屋の温度が、今度は別の意味で下がった。

教師の見る“生徒”と、友人の見る“友達”。

違う立場から、同じ現象を見ている。

その事実が、沈黙症状群という言葉を、初めて現実の重みで支えた。


「私は三神麻耶。玲火にこの事を言われて以来純粋に研究対象として興味があるわ。

千都世病院で行動神経学の研究をしてる。感情の平坦化が集団レベルで起きているなら、神経基盤に何らかの共通した変化があるはずだ。それを測定できれば、診断基準も作れる。来た理由はそれだけ」


「僕は白峯律人です。西蓮大学大学院、物理科所属で——正直に言うと、早矢に引っ張られてきました」


「そうだよ!律人がいないと絶対迷子になるから!桐生早矢です!西蓮大学大学院歴史学部、よろしくお願いします!」


「蒼都修一です。翠鳳大学で社会学と福祉学を教えています。福祉の現場で、言葉を失っていく人たちを何人も見てきました。病名がつかないから支援が届かない。それが長年、引っかかっておりそれを解明するために来ました。」


「芦屋匡輔っす。一応、芸術家で——」


ヨレたスーツの男が頭をかいた。


「正直、よく分かんないんすよね。ただ絵を描いてたら、最近なんか描けなくて。自分の中の何かが、枯れてきてる感じがして。それがこれと関係あるのかなって、なんとなく」


「なんとなく、か」


赤木が低く繰り返した。否定ではなかった


「私は水無月結珠みなずき ゆず。何の変哲もない哲学者さ。君たち共に闘えることを、殊勝と思うよ。」


誰も何と返せばいいか分からなかった。

維真は黙っていた。

反論の言葉を探しているのではなく——何かを、整理しているようだった。


「……久我維真くが いしんです。天帝大学医学部、6年で、天城先生の後輩になります。」


やがて彼は、静かに言った。


「先生の研究を尊敬しているからこそ、今日ここに来ました。ただ——納得したわけではありません。それだけは言わせてください」


全員の視線が、慧悟に集まった。

慧悟は立ち上がり、一度だけ部屋を見渡した。


「……天城慧悟だ」


「俺が参加する理由を、説明する気はない」

維真が僅かに眉を上げた。


「ただ一つだけ言う。この病を認識できるのは、今この部屋にいる人間だけだ。認識できなければ、治療はできない。以上だ」


椅子を引いて、座った。

誰も拍手しなかった。誰も頷かなかった。沈黙が続いた。


「……分かった」


瑠衣那が頷いた。


「納得しなくていい。それでも今日来てくれたことが、私には嬉しい」


誰かが小さく息を吐いた。

それが始まりだった。ぽつぽつと、声が戻ってくる。

瑠衣那が走って部屋を出た。少しすると配膳カートを押して戻って来た。


「自己紹介も終わったことだし親睦会しよ!バカデカイピザ10枚頼んできたからみんなで食べよう。」


配膳カートにはピザが入っているであろう箱が10段積まれている。


「凄い量ですね。食べ切れますかね。」


「酒はない?やっぱピザには酒だろ。」


「お酒はありません。未成年もいるんだしジュースで勘弁してね。」


「1人1枚くらいは食べられるだろ」


赤木がそう言うと、橘が小さく首を振った。



「わ、私は……半分で……」



「じゃあ私が食べるわ」


三神が笑って橘の分を取った。


ピザを囲んで、少しずつ会話が弾み始める。

芦屋が絵の話をし、桐生がジョーク言い白峯が笑う。志保が恐る恐る口を開くと、隣の三神が自然な調子で拾った。赤木は無口だったが、蒼都の話に時折小さく反応していた。維真だけは距離を置いて座ったまま、会話に加わらなかった。

水無月は、気がつくと姿を消していた。

慧悟はその全体を、静かに見ていた。


——これが、チームになるということか。

何をするにも基本1人だった慧悟にとってこの親睦会は非常に学びになった。

結局、バカデカいピザは量が多すぎて残った。




親睦会が終わり全員が帰宅した後、静まり返った部屋を慧悟と瑠衣那がお互いを見つめていた。


「ねぇ、これからどうなるかな?このチームは本当に世界を救えるかな?」


「……さあ」


「さあって——」


「維真は反発している。水無月は目的が見えない。それだけで、十分に面倒だ。」


「じゃあなんで『以上だ』って終わらせたの。もう少し喋ってくれたら、みんな安心したと思うけど」


「……今日来てくれた全員が、本心からここにいようとしている」


「……うん」


「維真も、赤木も。根拠がなくても来た。それは——」


気づいたら、慧悟は話していた。


「——君の言葉が届いたからだ。前にも言ったが、君には閉ざされた心に火を灯す力がある。今日それが証明された」


「……慧悟?」


「水無月だけは分からない。あの女だけは——」


そこで慧悟は口を閉じた。

荷物を手に取りながら、視線を逸らした。


「……君といるとついつい話すぎてしまう。忘れてくれ」


「え、なんで!続き聞きたい!」


「不安があるなら、持っていればいい。このチームには、それを抱えながら来た人間しかいない」


「……うん」


「また明日」


それだけ言って、足早に部屋を出た。

廊下に出た瞬間、慧悟は立ち止まった。

水無月のことまで、口に出しかけた。

なぜ止まったのか。なぜそこまで話していたのか。

理由は、分かっている。

分かっているから——余計に、厄介だった。

慧悟は暗い廊下を見つめたまま、しばらく動かなかった。

やがて、歩き始めた。

答えは出さなかった。今は出す必要がない。いずれ全て分かるのだから。

あなたの世界が暗闇に包まれていると感じるとき、何かが始まるのをただ待っていても、何も起こらないかもしれません。

創世記世界の最初も、すべては混沌の中にありました。何も形のない、ただの闇――そこに、神の言葉が響いたのです。


「光あれ。」


それはたった一言でした。しかしその言葉が、すべての始まりでした。

光は、命を生み出し、道を照らし、希望となりました。


あなたがもし、人生に変化を起こしたいと願っているなら。

自分の中にまだ見ぬ可能性があると信じているなら。

この後、あなた自身が言葉を放つ番です。


「光あれ。」


それは大きな決意でなくていい。

小さな一歩でもいい。

誰にも聞こえないほどのささやきでもいい。

言葉は、世界を変える前に、まずあなたを変えます。


闇は、光が生まれる余地でもあります。

混沌は、創造の前触れです。


あなたの世界の最初の一日は、

いつだって、今から始められるのです。











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