「あなたが私を選んだのではない。わたしがあなたを選んだ。」
卒業式の終わりに
医科大学の講堂から人々の足音が潮のように引いていく。
白衣をまとった若者たちがそれぞれの病院や研究所に散っていくなかで、一人空を見上げている男がいた。名をーー天城慧悟という。
医学部を主席で卒業し、精神医学を専攻している。だが、彼は在学中興味を示すものが全くなかった。そんな彼に大学も手を焼き、ついに進路が決まることはなかった。
そのときだった。
「あなた、慧悟よね?」
不意に声をかけられ咄嗟に振りかえる。
「やっぱり、慧悟だわ!」
そこに立っていたのは、ポニーテールの髪形で、凛々しい顔立ちの女性だった。彼女は立ち止まる慧悟に対して目をそらさず真っすぐに視線を向けていた。
「あなたのことを、世界で一番優れた”頭脳を持つ天才”って羨ましいそうに言ってた人がいたわ。
……でもね、私は違うと思うの”頭脳”よりも、もっと必要なものがあると思うの。」
慧悟は眉を寄せる。
「……君は?」
「幼馴染の榊原 瑠衣那よ、忘れちゃった?」
どこか懐かしさを感じるその名に、慧悟の記憶が微かに揺れた。
そうだ、小学生の頃仲良くしてくれた子だ。すぐには思い出せなかった。
「小学校以来だよね。10何年ぶりかな?」
「……約12年だ。」
「もうそんなに経ったのか〜、時間が経つのは早いね。あの頃は慧吾がこんなに頭良いなんて思ってもなかったな。今は、医学部を首席卒業するだけじゃなく、みんなから"天才"とか言われてるんだよね~。」
「……天才か」
「あら、褒め言葉なのに不満なの?」
「……名誉など葬式での装飾に過ぎんのに。」
瑠衣那が機嫌を伺っているのがわかったが、慧吾は話しを続ける。
「……俺は周りから崇められるほど立派な人間ではない。確かに俺は、医学の才はあるのだろう。だが、俺は君のように人とコミュニケーションをとる才能はない。人間は皆一緒だ秀でたとこがあっても必ず欠点も完璧な人間はいない。」
前情報とは異なり想像以上に喋る慧吾に内心驚きつつもこれ以上茶番をする必要は不要だと考えた瑠衣那は本題に入る。
「ねぇ、慧悟、今、研究チームを作ろうと思っているんだけど、参加してくれない?」
「…唐突だな…研究チームか… 目的は?」
「目的は、世界を蝕む”心の病”の正体の解明すること。」
「…心の病…?」
瑠衣那は頷いた。
「慧悟、貴方なら気づいているはず。
誰もがどこか”空虚”で”感情”が機能していない。
それはただのストレスや環境要因じゃない。もっと根本的な、全人類に蔓延している概念的疾患なのよ。」
慧悟は目を細め、言った
「…そんな病、医学で定義できるものではない。診断も治療もできない、スピリチュアル的なものだ」
「だから、あなたのような"天才"が必要なのよ、」
彼女は手を差し出した。
「私と一緒にこの病を解明し、人類を救うの。
この”沈黙の時代”を終わらせるために。」
その瞬間、慧悟の中で何かが崩れていった。
迷いも疑問も、”論理”さえも、彼女の言葉の熱量に焼き尽くされた。
彼は無言のまま、その手を取った。
人は人生の中で沢山の出会いをする。親や友これらの出会いは必ずしも良い出会いとは限らない。だが今の我々が居るのは様々な人と出会いその中で成長してきたからと言えるのではないか。
人生とは出会いそのものなのかもしれない。