デート?
四月の柔らかな日差しが、商店街を穏やかに照らしていた。
進級し、高校三年生となった慎。最高学年という響きには、否応なしに「卒業」というリミットが付き纏う。それは慎にとっても、そして彼を待つ立場となった麗奈にとっても、共通の意識となっていた。
あの一件以来、麗奈は休日になると、何かと理由をつけて慎のいる施設へ顔を出したり、こうして街へ誘ったりするようになった。しかし、いざ二人きりとなると、麗奈は極度の緊張と気恥ずかしさでまともに会話ができなくなってしまう。そのため、外出する際は常に、茜が「同行者」としてセットになっていた。
「慎兄ちゃん、麗奈お姉ちゃん、あそこにおはなさいてる!」
慎と麗奈の間で、茜が二人の手を引いて元気に歩く。麗奈がふとした拍子に茜を抱き上げると、茜は嬉しそうに彼女の胸に頭を寄せた。
「麗奈お姉ちゃん、今日もふかふかだ~」
「……っ、茜ちゃん、もう。お外でそんなこと言わないの」
麗奈は顔を赤らめつつも、茜の小さな背中を優しく撫でる。その光景は、端から見れば仲睦まじい「若い家族」のようにも見えた。だが、すれ違う人々が向ける視線は、単なる微笑ましさだけでは済まなかった。
「ねぇ、あれって家族かな?」
「にしては、男の方が若すぎない?まだ十代だろ、あれ」
「でも、見てよあの女性。凄いわね……モデルさんかしら。あのスタイル、日本人離れしてるわ」
「あの男性の奥さん?まさか。でも、あんなに親しそうだし……」
「姉弟じゃない?いや、それにしては雰囲気が……」
「恋人だったらびっくりだよ」
周囲の雑多な好奇心が、さざ波のように二人の周りを漂う。麗奈は教師という職業柄、人目は気になる性質だが、慎がいるからだろうか不思議と嫌な気はしなかった。
慎はといえば、そんな周囲の喧騒など、最初から存在しないかのように平然としていた。
「麗奈さん、あそこのレストランに入りましょう。茜もそろそろお腹が空く頃です」
「ええ、そうね。行きましょうか」
三人が入ったのは、商店街の外れにある、落ち着いた雰囲気の洋食店だった。
テーブル席につくと、茜は迷わず「お子様ランチ」を注文し、慎は「サバの味噌煮定食」という、およそ十七歳の若者が注文するとは思えない渋いメニューを選んだ。麗奈は少し迷った末に、日替わりのパスタセットを頼む。
「みて! 旗が立ってるよ!」
運ばれてきたお子様ランチのオムライスに立てられた小さな旗を見て、茜が目を輝かせる。麗奈はその様子を、慈愛に満ちた表情で見つめていた。実家の冷たい空気の中で育った彼女にとって、こうした何気ない「食卓の風景」こそが、何よりも得難い宝物のように感じられた。
「……幸せね、茜ちゃん」
「うん!すっごくおいしい!」
麗奈はリラックスした様子でパスタを口に運びながら、ふと、隣で黙々とサバを捌いている慎に視線を向けた。
「あなたって、本当に好みが大人びているわね」
「はは…まぁ、年齢に反して親父臭い自覚はありますよ」
「相変わらずね」
麗奈はくすりと笑った。慎は平常運転だ。だが、彼は食事を進めながらも、常に周囲の様子に気を配っていた。入店した客の属性、店員の手際、そして何より、麗奈と茜が「安全で快適に」過ごせているかどうか。その無意識の警護態勢は、前世からの性だった。
「……麗奈さん」
慎が不意に、少しだけ声を落として呼んだ。
「はい、何かしら」
「新学期が始まって、学校でも色々と噂はあるでしょう。……無理をしていませんか」
麗奈はフォークを置き、少しだけ真面目な顔をして答えた。
「大丈夫よ。武村先生たちも、事情が事情だからって、以前ほど厳しくは言ってこないわ。……それにね、私はもう、誰に何を言われてもいいって決めたの。貴方が守ってくれたこの場所で、私は私の役目を果たすだけだから」
麗奈の瞳には、かつての迷いはなかった。あの日、慎が佳山家の呪縛を断ち切ってくれたことで、彼女は一人の自立した女性としての強さを手に入れていた。
「そうですか。なら、俺が心配することはありませんね」
「そうよ。だから久遠くんは、安心して受験勉強を頑張りなさい」
「もう必要無いですよ。勉強は将来の為に続けますがね」
「……あ、そ、そうだったわね……」
麗奈は顔を赤らめ、紅茶を一口飲んだ。
「慎兄ちゃん、お野菜いる?」
茜が、自分の皿からブロッコリーを慎の皿へ移そうとする。
「いや、自分で食べなさい。体を作る時期なんだから」
「えー、ケチー」
そんなやり取りを眺めながら、麗奈は心の中で、自分を「骨の髄まで」救ってくれた少年の横顔を見つめた。
一年後に彼が学校を卒業し、制服を脱いだその日。
自分たちは一体、どんな顔をしてこの街を歩いているのだろうか。
その未来を想像するだけで、麗奈の胸は温かな期待で満たされていった。
「……さあ、食べ終わったら、少し運動も兼ねて公園へ行きましょうか。茜ちゃん、いいかしら?」
「わーい! お外で遊ぶ!」
慎は無言で頷き、伝票を手に取った。
周囲の好奇の視線など、今の彼らには、まるで気にならなかった。




