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忘年会の企み

進藤にとって、佳山麗奈とは、自分を蔑み続けてきた故郷の親族や、自分を使い走りのように扱う世間に対し、一発逆転で叩きつけるための「最高級の戦利品」になり得る女だった。


初めて彼女を見たあの日、進藤は校庭の落ち葉を掃きながら、あまりの眩しさに目を細めた。芸能界にいてもおかしくないほどの美貌とスタイルを、あの女は無造作に学校という閉鎖空間で振りまいている。


(彼女を俺のモノにできれば……あいつら、全員黙らせられる)


進藤の頭にあるのは、常に故郷にある呪縛だった。地方の実家に残る親族どもは、何かと言えば進藤を呼びつけ、面倒な手続きや力仕事を押し付けてきた。彼らを見返すには、彼らが逆立ちしても手に入らないような、極上の女を隣に置くしかない。進藤はそんな歪んだ思い込みに囚われていた。


しかし、現実は残酷だ。実家の揉め事に巻き込まれ、身元保証人である親戚から「戻ってこい」と引導を渡された。年内で退職し、逃げ場のない田舎へ引き戻されることが決まったのだ。


「……ふざけやがって」


独りごちた進藤の視線は、二階の窓際で本を読んでいる慎にぶつかった。久遠慎。進藤にとって、これほど目障りなガキはいなかった。さきほど、麗奈への接触を邪魔された時の、あの冷めた目。子供特有の無邪気さなど微塵もなく、まるで害虫を鑑定するような、底知れない瞳。


学校の一部では、彼を「佳山先生のナイト(騎士)」などと揶揄する噂があることも知っている。成績優秀、大人びた行動力、周囲を威圧する雰囲気。そんな評価を聞くたびに、進藤の腹の底にはどす黒い不快感が渦巻いた。


(たかがガキが、格好つけてんじゃねえよ。佳山先生に気に入られてるからって、いい気になりやがって)


あの瞬間、慎の無機質な顔を力任せに殴り飛ばしたい衝動に駆られた。だが、進藤は「無敵の人」ではない。実家という帰る場所があり、世間体も気にする。


「だが……俺は、ただでは終わらない」


進藤は作業着のポケットの中で、拳を固く握りしめた。チャンスはもうすぐやってくる。十二月の終盤、終業式を終えた頃に、忘年会が予定されている。会場は学校近くの居酒屋だが、麗奈はいつも酒に弱く、それでいて律儀に最後まで付き合う傾向があることを進藤は突き止めていた。


(酒を上手く使えば、後はどうとでもなる。酔い潰れた彼女を送り届けると言えば、誰も疑わないはずだ)


その先の光景を想像する。一度、物理的な関係を持ってしまえば、あの生真面目な女のことだ。責任感と羞恥心から、自分を拒絶できなくなるに違いない。


(俺と一緒に来るんだよ、佳山先生。そこで俺を馬鹿にしたあいつらに、お前を見せびらかしてやる)


進藤は自分の計画に陶酔し、薄汚い無精髭を撫でた。慎という不気味な生徒の存在も、その時は関係ない。いくら「ナイト」を気取っていようと、大人の飲み会という結界の中までは踏み込めない。ガキが入り込めない聖域で、全てを完結させてしまえばいい。歪んではいるが、彼は必死だった。


「……ククッ、楽しみだなぁ、先生。忘年会には、この汚い髭も剃っとくか。特別な日になるからな。ちゃんとしねぇと……」


進藤の瞳に宿る光は、冬の寒空よりも冷たく、そして粘りついていた。妄想に浸りながら、彼は作業を続ける。


――――――


そして、12月24日のクリスマスイヴの日が来た。


凍てつく夜の静寂とは対照的に、駅近くの居酒屋「雪だるまの下心」では、教師たちの忘年会の喧騒に包まれていた。


進藤は、ジョッキの底に映る自分の顔を眺め、不敵に口角を上げた。今日は自分の送別会も兼ねている。周囲の教師たちは、彼が「実家の事情でやむなく去る善良な男性」であると信じて疑わず、同情的な言葉をかけてくる。


だが、進藤の意識は、隣に座る佳山麗奈にのみ集中していた。


「……そうですか。佳山先生も、ご実家とはいろいろあるんですね」


「ええ、まあ……。お恥ずかしい話ですけど、親の決めたお見合いの話とか、そういうのが絶えなくて。私がここで教師をしていることも、あまり良く思われていないみたいで……」


麗奈は困ったように微笑み、手元のグラスを傾けた。進藤はそれを見逃さなかった。


(望まぬ見合いか……。彼女も実家に苦労してるんだな。俺と同じだ。居場所があるようで無いんだ、この女も)


本心からの同情と一方的な親近感が、進藤のどす黒い欲望に免罪符を与えていく。薬物という足のつく手段ではなく、進藤が選んだのは「飲みやすくて回りの早い」カクテルを言葉巧みに重ねさせる、より確実で狡猾な手法だった。


「まあ、今日は嫌なことは忘れて。ほら、これも飲みやすいですよ」


「すみません……なんだか、今日は回るのが早くて……ふふ。少し、眠くなってきちゃったかも……」


麗奈の頬が朱に染まり、視線が定まらなくなる。その艶然とした姿に、進藤は確かな手応えを感じてほくそ笑んだ。このまま意識を混濁させれば、あとは「介抱」を名目に自分のアパートへ連れ込むだけだ。既成事実さえ作れば、居場所のない彼女は自分に縋るしかなくなる。


完璧な計画。そう確信した、その時だった。


「あれ? 先生方。奇遇ですね」


「な…!?」


背後から響いたのは、この場に最も不釣り合いな、それでいて進藤が最も耳にしたくない少年の声だった。進藤の肩が、びくりと跳ねる。振り返ると、そこには私服姿の久遠慎が、無機質な表情で立っていた。


「く……久遠!? なんでこんなところに!!」


進藤の裏返った怒鳴り声に、周囲の教師たちが一斉に視線を向けた。


――――――


「あ、あれ?久遠くん、どうして?」


「こんばんは武村先生。実は『□□□園』の忘年会を、二階の座敷でやってるんですよ。さっき、追加のジュースを注文しに下に降りてきたら、見覚えのある顔が見えたので」


慎は淡々と説明する。進藤が動く予感がした慎は、事前に忘年会の場所を把握し、施設の真田へ「この店の料理が評判らしい」と進言して予約を誘導していたのだ。


その二階の吹き抜けからは、真田や長田三和ら施設職員たちが身を乗り出して下の様子を窺っていた。


(あらら……慎くん、佳山先生に会いたくて場所を誘導したのね)


(十億円も当てておきながら質素な店を選んだなと思ったら……やってることは可愛いもんだ)


職員たちは、慎の「年相応の初恋(と彼らが思い込んでいるもの)」を微笑ましく見守る視線を送っていたが、進藤はそれどころでは無い。


(施設の忘年会だと……?くそっ、まさかこんな……)


進藤の顔が屈辱と焦燥で歪む。あと一歩のところで、この「ガキ」が壁となって立ち塞がったのだ。慎は進藤を無視し、麗奈の容態を冷静に鑑定する。


(思った通り動いたか。薬物ではないが、アルコールの摂取量を誤認させる古典的な手だな……全くせこい事だ)


慎が距離を詰めようとした、その瞬間だった。


「ん……? あ……あはは! 久遠くんだあ~!!」


「へ?」


「はい?」


それまで机に突っ伏しそうになっていた麗奈が、慎の姿を認めた途端、弾かれたように顔を上げた。進藤と慎が反応した直後、あろうことか、そのまま慎の首元に全力で飛びついたのである。


「先生!? ちょっ……」


慎は咄嗟に受け止めたが、麗奈の豊かな胸が、その薄い胸板に思いっ切り押し付けられる。芳醇なアルコールの香りと、彼女特有の甘い香りが慎の鼻腔を突いた。


「久遠くん、久遠くん! 来てくれたんだ~! 嬉しい、私、すっごく嬉しいの!」


麗奈は慎の首に腕を回し、子供のように大はしゃぎしながら、その頬を慎の肩に擦り寄せた。完全に理性の箍が外れている。


周囲の教師たちは、そのあまりに「不純」で衝撃的な光景に、箸を止め、口を半開きにして硬直した。進藤にいたっては、自分が手に入れようとしていた「戦利品」が、最も憎むべきガキに自ら抱きつく様を見せつけられ、脳の回路が焼き切れたかのように呆然と立ち尽くしている。


(……いかん。思わず『酒臭いですよ』なんて無礼を言いかけた)


一方の慎は、内心で困惑していた。酔った麗奈がこれほどまで大胆に、かつ無防備に接触してくるとは思わなかった。


沈黙を破ったのは、学年主任・武村涼子の慌てる声だ。


「か、佳山先生!? 貴女、飲み過ぎですよ! 生徒に対して何て破廉恥な真似を!? 正気に戻りなさい!!」


武村は思わぬ麗奈の乱れっぷりに唖然とするばかりだった。

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