慎の視点⑥
二学期が始まっても、久遠慎は「極めて優秀な一般生徒」の役割を演じ続けていた。
夏休みの痴漢偽装事件が麗奈から報告され、職員室での自身の評価が上がっていることは、教師たちの視線で察していた。
(別の意味で目立ってきたかな……と言うか、佳山先生はどこだ?……お、来た)
慎は廊下で麗奈とすれ違う際、いつも通り礼儀正しく会釈を交わす。しかし、その内側では、東雲宏美から届いていた「芳子の捏造写真計画」という毒へのカウンターを常に走らせていた。
放課後の教室。提出物の確認をしている麗奈の姿を見つけ、慎は様子を窺うように顔を出した。
「先生、お疲れ様です。少し根を詰めすぎじゃないですか? 肩に力が入っていますよ」
慎なりの気遣いだったが、麗奈は少し不思議そうに小首を傾げた。
「ねえ、久遠くん。最近、私のことをやけに気にかけてくれるけど、どうしたの?」
彼女の直感は、時に鋭い。慎は内面の警戒を隠し、わざとらしく肩をすくめて少年らしい軽口を叩いてみせた。
「そりゃ俺も男ですから、先生みたいな綺麗な女性に気に入られたいってだけですよ。下心ってやつです」
「な……! も、もう、先生をからかわないで。あなたはまだ子供でしょう?」
顔を赤らめる麗奈の反応に、慎は内心で苦笑した。
(「子供」、か。そう思っていてくれるなら、今はまだそれでいい)
しかし、芳子の毒牙がいつ、どのような形で見える位置に現れるかは分からない。慎は冗談を切り上げ、真剣な危惧を込めて付け加えた。
「あはは……すみません。でも実際、気を付けた方がよいですよ? 最近は良くないことが本当に多いですから……」
慎は、麗奈に自覚を促すと教室を去った。
その後、校舎の物陰で東雲宏美と合流した慎は、彼女から最新の状況を直接聞き出した。
「まさか、あそこにいたとはね。それで捏造を企むとは、色々と想定外だ。……東雲先輩、引き続き見張りを。織田川先輩が先生に対して致命的な一線を超えることを考えたら、即連絡してください」
慎の声は冷淡だった。芳子の行動は、慎の想定していた「権力を用いた狡猾な攻撃」ではなく、あまりに幼稚で感情的な、しかし予測がつきにくい暴走へと変わりつつあった。
「織田川先輩が捏造写真を用意したこと、本人から認める発言があれば理想的ですが……無理はしなくていい。ある程度証拠が揃えば警察や学校を動かすカードにはなりますが、織田川家の影響を考えると、今の段階では彼女を合法的に追い出すにはまだ弱い。今は暴走を食い止め、先生を守ることが最優先です」
「……あんな屑女と一緒にいなきゃいけない私の身にもなってほしいけど?」
「これが無事に終われば、約束通りあなたの父親を確実に裁く『証拠』を渡します。もう少しの辛抱ですよ」
「……ええ。分かったわ」
数日後。慎は自室で宏美から届いたメッセージを確認した。
『佳山先生への脅迫が始まったわ。捏造写真を使って、逆らえないように脅してる。……信じられないことに、裸で校内一周させるとか、三回まわってワンと言わせるとか、そんな下劣な妄想を本気で言ってるわよ、あの女』
「裸で一周? 幼稚と言うか下品と言うか……」
スマートフォンの画面を眺め、慎は冷ややかに独り言ちた。 芳子の狙いは、麗奈の自尊心を徹底的に破壊し、服従させること。そのために慎との「不適切な関係」を捏造して人質に取る。慎の視点からすれば、あまりに隙だらけの低俗な策だ。
だが、あの心優しい麗奈が、この下劣な脅迫にどれほど傷つき、震えているかを想像すると、慎の奥底で静かな怒りが冷たく燃え上がった。
(捏造写真……そんな下らない物で勝利したつもりか?すぐにぶち壊してやるよ)




