同類
2017年1月。 年が明けると同時に、×××中学を揺るがした激震は終局へと向かっていた。
司法と行政のメスは容赦なく、そして正確だった。慎が提供した逃げ場のない証拠群に基づき、佐藤主任や高島教諭ら隠蔽に関与した教師陣の懲戒免職処分が確定。教育委員会も組織的な過失を認め、公的な謝罪を余儀なくされた。加害生徒である高木たちグループも、家裁送致を経て、それぞれの更生施設や厳しい保護観察処分へと振り分けられていった。
民事においても、小杉家が提起した損害賠償請求は全面的に認められた。
「実害の証明がこれほど完璧なケースは稀だ。相手が『たかが中学生』だと高を括り、保身のために迂闊な暴言や隠蔽の証拠を残したのが致命傷になりましたね」
担当弁護士が呆れ気味に驚嘆した通り、治療費、慰謝料、さらには将来的な影響を考慮した多額の賠償金の支払いが決定した。
「……久遠、本当にありがとう」
「なに、お前だって立派に戦ったよ」
放課後の図書室。小杉淳也は、以前とは見違えるほど晴れやかな、それでいてどこか決意を秘めた表情で慎に向き合っていた。
「父さんと母さんと話し合ったんだ。このお金を元手にして、卒業したら別の県の高校へ行くことに決めた。……いつか、海外の大学にも挑戦してみたい。ここじゃない、もっと広い世界を見てみたいんだ」
「いい考えだな……お前ならやれる。心から応援するよ」
慎の言葉に偽りはなかった。友を救い、その未来を切り開く手助けができた。それは「掃除屋」として血に汚れた前世を持つ彼にとって、今世で得た何よりの戦果だった。
(さて……俺も、そろそろ志望校を決めないとな……)
真田からは「お前はどこへ行っても通用するレベルに達しているから、選べる学校は多いぞ」と太鼓判を押されている。迂闊な所を選んで、また無能な大人に振り回されるのは御免なので慎重に厳選しようと考えていた。
――――――
(またか、やはり気のせいじゃないな…)
…だが、思考の端で、ここ数ヶ月ずっと拭えなかった「違和感」が鎌をもたげた。 単なる畏怖や嫌悪ではない。好奇に満ちており、まるで自分という存在の「中身」を観察し、分析しようとするかのような、執拗な視線。
(誰だか知らないが……そろそろ、尻尾を掴ませてもらうか)
慎はあえて、人気のない北校舎の男子トイレへと足を踏み入れた。用を足すふりをして、全神経を背後に集中させる。
カツ、カツ、と乾いた靴音が近づき、隣の個室に誰かが入る気配がした。慎は音もなく個室を出ると、入口の影で息を殺して待ち構えた。
やがて、中から出てきた人物が廊下へ踏み出そうとした瞬間――慎は電光石火の動きでその腕を掴み、壁へと叩きつけた。
「がはっ……!?」
「おい、何の真似だ?」
低く、地鳴りのような声で威嚇する。壁に押し付けられたのは、大人しそうな外見の男子生徒だった。
「……うおおお、待ち伏せかよ?参ったな、読まれてたか……」
「お前は……確か、桜田健次郎だったか?」
「あ、俺の名前知ってたんだ。光栄だね」
桜田健次郎…他のクラスにいる為に慎とは接点は無いが、学校では所謂陽キャとして振る舞っている人物で、成績は良く、それなりに友人も多い。不測の事態に対する機転も利くらしく、周りの人間達からの評判も悪く無い…と噂で聞いている。
慎はこの至近距離で対峙して確信する。こいつの瞳に宿っているのは、中学生のそれではない。
「あの騒動からずっと、俺の周りをうろうろしていたのはお前だったのか。一体、何の用だ?」
「あ、やっぱり……。もしかして泳がされているんじゃ、とか思ってたけど。正解だったか」
「いいから答えろ」
健次郎は苦笑いしながら、降参を示すように両手を上げた。
「解った、解った。……てか、壁ドンは止してくれ。俺ら男同士よ?」
「……何を言ってやがる」
あまりに場違いで阿呆な台詞に、慎は毒気を抜かれ、わずかに圧力を緩めた。健次郎は首をさすりながら、真剣な、それでいてどこか弾んだような声で続けた。
「なぁ、お前……『前世の記憶』を持ってるんだろ?」
「……何……?」
健次郎の問いを聞いた慎の脳内に、衝撃が走った。視線が鋭利な刃物へと変わり、健次郎の喉元を射抜く。
「お前みたいな行動を起こす中学生がいるわけ無いからな、ピンと来たんだ。それに……こんな『展開』は知らないし」
「『展開』だと?何を言っている……?お前は……まさか」
慎の問いを遮るように、健次郎は自身の胸に手を当て、楽しげに告げた。
「ははは……俺も、そうなんだよ。お前の同類の『転生者』だ」
「!?」
男子トイレという滑稽な舞台装置の中で、慎は今世で初めて、自分と同質の「異物」と対峙した。
「…俺以外にも前世の記憶を持つ人間がいる可能性を考えてはいた。いや、きっと必ずどこかにいるだろうなとは思ってはいた……しかしまさか、こんな近くにいたとは…?」
「………」
「どうやら…詳しく話を聞く必要があるらしいな」
「うん、そういうこと」
驚いている慎に対して、健次郎はとても楽しそうだった。




