×××中学⑦
児童養護施設「□□□園」に帰宅した慎を待っていたのは、真田と長田、そして心配そうに集まっていた年下の子どもたちだった。
「慎、本当にお疲れ様。……よく頑張ったな」
真田は、慎の肩に手を置いた。その手は、法的手続きを完遂した慎への畏敬と、彼を過酷な戦いに追い込んでしまったことへの苦い自責に震えていた。
「真田さん。ご心配をおかけしてすみませんでした」
「何を言う。お前が動かなければ、何もかもが踏みにじられていた。よくやったよ」
「…いえ、淳也が自分で戦うと決めたからです。俺は、その手助けをしたに過ぎません」
慎は謙虚に振る舞った。
その一方、崩壊した学校現場は地獄絵図だった。佐藤主任や高島教諭らの「懲戒免職」が確定的となり、教育委員会は連日の謝罪会見に追われた。学校の評判は地に落ち、転校を考える生徒が続出したが、受験を数ヶ月後に控えた中学三年生にとって、それは現実的な選択肢ではなかった。
――――――
そんな澱んだ空気の中、小杉淳也は登校を再開した。
「……最後まで、ここで卒業するよ。逃げ出したままじゃ、結局駄目だと思うんだ。あいつらが消えたこの学校で、最後までやり抜く」
その意志を、慎は尊重した。
「わかった。お前の意地だ、最後まで付き合うよ」
だが、残された大人たちや一部の生徒たちの視線は、慎に対して極めて冷ややかな、あるいは過剰な警戒心に満ちたものへと変わっていた。転校したくてもできない苛立ちを、事件の引き金を引いた慎へと向ける者たちが現れ始めたのだ。
「……なぁ、久遠。やりすぎだと思わないか?」
放課後、数名の男子生徒が慎を呼び止めた。彼らは高木たちのグループではないが、学校が「警察沙汰」になったことで、自身の内申書や受験への悪影響を恐れている集団だった。
「たかがいじめで、警察を呼ぶなんて…」
「学校をこんなにして……おかげで俺たちの受験もめちゃくちゃだよ。お前、楽しいのか?」
「……楽しい? そんな感情で動いているように見えるか」
慎は本を閉じ、ゆっくりと視線を上げた。
「…っ!!」
相手の生徒たちは慌てて目を逸らした。
(ったく…面倒臭いな)
呆れた慎は、ある事を決意した。姑息な陰口や、保身のための責任転嫁を完全に封殺する為、それまで「目立たないように」と調整していた成績に対する遠慮を、彼は完全に捨て去る事にしたのだ。
次に実施された実力テスト。慎が叩き出したのは、全教科満点、偏差値80超という、中学生の域を完全に超えた数字だった。運動能力テストにおいても、彼は前世の特殊部隊仕込みの身体操作を解禁し、あらゆる種目で校内記録を塗り替えた。職員室に残った教師たちは、集計されたその数字を前にして絶句するしかなかった。
「し、信じられん……! 全教科満点だと!? 」
「記述問題まで完璧に一点の曇りもなく答えてる……」
「あいつ…今まで、わざと手を抜いていたのか?」
――――――
そしてある日。進路指導室に呼び出された際、新しく学年主任代理となった教師が、慎に皮肉げに問いかけた。
「久遠君。君の成績は見事だが……あまり周囲を刺激しないでほしいな。君のせいで学校が混乱している。少しは自重して、ヒーロー気取りはやめるんだ」
慎は、その言葉を遮るように静かに口を開いた。
「俺はヒーロー気取りであんな事をしたんじゃない。ただの市民として、犯罪を通報しただけですよ」
「……だが、結果として学校は機能不全だ。他の生徒が犠牲になっている」
「それは『小杉が犠牲になれば良かった』という意味ですか?」
「そ、そんなことは言っていない!!」
「言っているも同然に聞こえるんですがね?文句なら、いじめをやらかした高木達や、隠蔽を企んだ佐藤達へ言ってください。俺に言っても意味は無いですよ?」
「う…」
「…それとも、あなたもあの連中と同類なんですか?」
一歩も引かぬ正論の連打と疑念の言葉に、教師は顔を真っ赤にして黙り込む。
この教師と同じように、慎は自分を冷遇しようとする周囲の生徒たちに対しても、逃げ場を与えなかった。
周囲の生徒たちは、慎の放つ圧倒的な「格の違い」と正論を前に、怖さよりも次第に「自分たちの矮小さ」を突きつけられ、深い羞恥心に支配されていった。一人、また一人と視線を逸らし、慎や小杉の周囲には静寂が戻っていく。
やがて、とうとう誰一人として悪意を持って絡んでくる事が無くなった。
(やーっと静かになったか。……中身が大人の俺がガキ相手に殺気とか圧力とかを向けるのは、精神衛生上大変よろしくない。このまま何事も無く頼むぜ)
慎は内心で深く溜息を吐きながら、冬の冷たい風が吹き抜ける廊下を歩いた。
――――――
慎の指導要録には…『非常に大人びており、物事の捉え方が極めて論理的』、『行動力は大人顔負けであり、常に冷静沈着』と書かれた。
その簡潔な言葉の背後には、一つの学校組織を法で解体し、敵意を向けてくる者達を完封した、一人の「掃除屋」の戦跡が刻まれていたのである。




