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×××中学⑥

その日、×××中学の静寂は、無機質な赤色灯の回転と、アスファルトを叩く無数の重厚な足音によって引き裂かれた。


全学年の進路指導方針を巡る職員会議。その最中、会議室の重い扉が蹴破られるような勢いで開け放たれた。先頭に立つのは篠崎警部補だ。


「な、何だ君たちは!? 許可なく立ち入るな、ここは学校だぞ!」


学年主任の佐藤が椅子を撥ね除け、顔を真っ赤にして絶叫する。だが、篠崎は眉一つ動かさず、懐から警察手帳を鋭く突き出した。


「◎◎◎署だ。久遠慎君、および小杉淳也君の保護者より告訴状を受理した。被疑事実、恐喝罪、暴行罪、ならびに証拠隠滅罪、犯人隠避罪の疑いだ。これより本校の家宅捜索、ならびに重要参考人として佐藤主任、高島教諭、および関係者の任意同行を求める」


「な、何ぃ……? 証拠隠滅だと!?捏造もいい加減にしろ!」


担任の高島が激昂し、机を激しく叩く。だが、背後にいた安藤が、冷徹な手つきで会議室の大型モニターに一台の端末を接続した。


「……では、これをご覧ください。昨日、あなた方が職員室という公共の場で、一人の少年に何をしたのかを」


再生されたのは、慎がタブレットを提示した際の「逆視点」――すなわち慎の胸ポケットのカメラが捉えた映像だった。画面の中では、佐藤が慎から力ずくでタブレットを奪い取り、高島が「捏造だ」と怒号を浴びせる姿が鮮明に記録されていた。


「なっ……これは!?」


佐藤の顔から一気に血の気が引き、昨日の女性教諭は椅子から転げ落ちるようにして崩れた。


「あなたがたが取り上げたのは、久遠君が用意した数あるコピーの一つに過ぎません。本体は、彼がそのまま我々に提出しました。あなた方の『隠蔽の意思』は、この映像をもって法的に完璧に立証されています。言い逃れは不可能です」


安藤の宣告。それは、彼らが築き上げてきた「保身の城」が砂上の楼閣であったことを告げる死刑宣告だった。


「ま、まさか…嵌められたのか!?」


「あいつ、最初からこれを狙って……!」


「く、くそっ、被害届を出すぞ!未成年が大人を盗撮して陥れるなんて…。おい、あんたら警察だろ!?あいつを今すぐ少年院へぶち込めよ!!」


佐藤が逆ギレし、篠崎に詰め寄る。だが、篠崎は軽蔑した瞳で彼を見下ろした。


「あんたら、本当に法律を知らないのか? 彼は犯罪被害を申告し、証拠を保全するために正規の手続きをしただけだ。正当業務行為における証拠収集だぞ?それに、ネットへの流出などの私刑行為も一切していない」


隣にいた安藤は怒りに満ちた表情で、佐藤達を睨み付ける。


「『少年院へぶち込め』ですって?それが教育者の台詞ですか。子供を救おうともせず、保身のために罪を重ねるなんて。恥を知りなさい!」


安藤の鋭い一喝に、教師たちは「そんな馬鹿な!」、「生徒に嵌められるなんて!」と泣き喚き、崩れ落ちた。自分たちが「無力な中学生」だと思っていた存在に、法と論理の檻へ追い詰められた事実を、ようやく理解し始めたのだ。


別の教室では、いじめっ子グループが高木を筆頭に連行されていた。


「嘘だろ、何だよこれ!?」


「ただの遊びだよ! なんで警察なんか呼ぶんだよ、小杉の奴、ふざけんな!」


「ごめんなさい、もうしません、助けてよ!」


少年法に基づき、家庭裁判所へ送致されることも知らずに喚き散らす彼らを、刑事たちは容赦なくパトカーへと促す。彼らが踏みにじってきた小杉の絶望を、今度は自分たちが「法的責任」という形で支払う番だった。


――――――


一方、この未曾有の事態に、報告を受けた教育委員会、PTAは阿鼻叫喚のパニックに陥っていた。


「いじめの隠蔽?それで強制捜査だと!?」


「マスコミに嗅ぎつけられたら終わりだ!」


「もう手遅れだ、SNSで騒ぎになっている!!」


「何て馬鹿を…!どうしてこんな大事になるまで問題を放置したんだ!?」


「 誰が会見する!?」


怒号と悲鳴が電話回線をパンクさせ、学校という組織は内部から瓦解していった。


――――――


やがて、警察官に左右を固められ、職員室から引きずり出されるように歩く佐藤や高島たちの前に、一人の少年が立ちはだかった。警察を手引きした慎だ。


「……っ、久遠! お前……何てことをしてくれたんだ!!お前の所為だぞ!?私たちの人生を、どうしてくれるんだ!!」


「何とか言え!この問題児め!!」


「おい、あんたらいい加減に…」


篠崎に止められても罵詈雑言を浴びせる教師たち。慎は無言のまま、彼らとの距離を詰めた。 その瞬間、慎から溢れ出したのは、かつての前世の掃除屋としての「純粋な殺意」だった。


「うっ……!?」


「な、何だ……これ……?」


周囲の刑事たちですら、肌を刺すような冷気に本能的な戦慄を覚え、動きを止めた。


「き、貴様…一体…?」


慎は、失禁しそうなほど怯える佐藤の耳元で、氷のように冷たい皮肉を落とした。


「最低なザマだな。全く、親の顔が見てみたいよ。親がいない俺よりも、こんなに出来の悪い人間を育てたんだから……。これで教師やってるとか、笑えないジョークだ」


「あ、う……」


慎の言葉は、佐藤が誇りにしてきた「教育者」という仮面を木端微塵に砕いた。


「生徒とか教師とか、子供とか大人とか、そういう話以前の問題なんだよお前らは。人を馬鹿にするのもいい加減にしろ、この偽善者共が」


慎の至近距離からの殺気をまともに喰らった佐藤は、膝から崩れ落ち、その場に水溜りを作った。周囲の警察官たちは不快そうに顔を顰め、安藤は冷ややかに視線を逸らした。


「せいぜい、裁判で少しでも罪が軽くなるように努力するこった。だがその前に、小杉に全身全霊で謝罪しろ。全てはそこからだ」


絶望に打ちひしがれ、子供のように泣き喚く教師たちの声を背に、慎は篠崎に向き直った。


「篠崎さん、お願いします」


「……ああ。任せておけ」


――――――


「あいつは……」


その様子を、人混みの中から凝視している男子生徒がいた。


(こんなの…俺は知らない)


「マジかよ……先生たちが全員連れていかれちゃったよ……」


「久遠だっけ? あいつ、本当に一人でやったのか……?」


「普通あそこまでするか?先生達泣いてるよ……」


「この学校、どうなるんだ?」


周囲が不安と興奮に震える中、「なぁ、どう思うよ、桜田?」と話を振られたのは、桜田健次郎だった。


「あ? 解るわけねぇだろ」


生返事とは裏腹に、彼の鼓動は激しく打ち鳴らされていた。


(あいつ……。普通の中坊にこんな事ができるわけねぇ。……もしかして、俺と同じか……?)


絶望に打ちひしがれ、子供のように泣き喚く教師たちの声を背に、慎は喧騒に包まれた校舎を一人去っていく。


健次郎は、遠ざかっていく慎の背中を、引き攣った笑みを浮かべながら見つめる。 慎に対して畏怖よりも抗いがたい興味に健次郎は支配されていた。

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