×××中学⑤
真田と共に小杉宅に到着した慎は、これまで収集したすべての証拠――動画、音声、金銭の受け渡し記録、そして教師たちの隠蔽工作の決定的瞬間を夫妻に提示した。
「……これが、淳也君が学校で受けていたことのすべて、そして学校側がそれを『無かったこと』にしようとした証拠です」
突きつけられた現実に、淳也の父は顔を真っ赤にして拳を震わせた。
「ふざけるな……! 淳也がこんな目に遭っているのに、『波風を立てるな』だと!? 今すぐ学校へ行って、こいつらを叩きのめしてやる!」
「あ、あなた、待って……!」
泣き崩れる妻に縋られ、彼は憤懣やるかたない様子で歯噛みした。同時に、これほどの証拠を独力で揃えた息子の友人である慎に対し、言いようのない圧倒的な「気圧」を感じていた。
「久遠くん……君は、本当に淳也と同じ中学生なのか? この資料の揃え方は、まるで……」
「僕は、友人を守りたかっただけです」
慎は静かに、けれど揺るぎない口調で答えた。淳也は慎を見つめ、声を絞り出した。
「ありがとう、慎。……僕はもう、あの学校も先生も信じられない……君の判断を信じるよ」
「ああ、お前があんな連中の為に人生を棒に振ることは無い」
――――――
短い話し合いの末、一行は正式な告訴を決意し、夜の◎◎◎警察署へと向かった。 受付を経て、刑事課の応接室に現れたのは、かつての事件以来、昇進してベテランの風格を漂わせる篠崎だった。
「はい、お待たせしました。本日の相談担当の篠崎です。……ええと、学校での恐喝といじめの件ですね。資料を持参されたとか」
篠崎は手慣れた手つきで書類を整理しようとしたが、ふと、小杉夫妻の隣に座る少年の顔を凝視した。
「む…?」
その瞬間、彼の脳裏に十年前、ビデオカメラ一台を抱えて現れた「あの幼児」の記憶が鮮烈に蘇った。
「……ま、まさか……君は……!?」
「あれ?どっかで見た事ある顔だと思ったら……もしかして篠崎さんですか?」
「な、何故……どうしてまたここに……!」
篠崎は椅子から転げ落ちそうになるほど動揺した。その反応に、小杉夫妻や周囲の若手刑事が困惑の表情を浮かべる。慎の過去を知る真田だけが大体を察し、困った表情になる。
「いや、証拠を集めたの俺なんです」
「な……! また君が!?」
慎が差し出したタブレットの再生ボタンを押すと、そこには中学生による「犯罪行為」と、教育者による「証拠隠滅」の完璧なログが記録されていた。 篠崎は絶句したまま、映像を最後まで見届けた。若手刑事たちが後ろから画面を覗き込み、戦慄したように声を漏らす。
「おい、マジかよ……」
「こ、これ……とんでもない騒ぎになるんじゃ?」
「学校が消し飛ぶレベルだぞ……。隠蔽までバッチリ映ってるじゃないか」
刑事たちの動揺を余所に、慎は氷のように冷徹な瞳で告げた。
「選んだのは学校側ですよ、俺は通報しているだけです。法の裁きが下ったあそこがどうなるかなんて知った事じゃ無い。あの先生方は□□□園をも裏切ったんですから。責任は取ってもらわないと」
一切の揺らぎがない正論。刑事たちは、目の前にいる少年が発する、あまりにも重い言葉に絶句した。中学生とは思えないその達観と、目的を遂行するためなら組織一つを壊滅させることも厭わない強い意志。
一人の若手が、困惑した様子で篠崎に尋ねた。
「篠崎さん、知り合いみたいですけど……この子、何者ですか?」
篠崎は額に手を当て、深い溜息と共に絞り出した。
「俺にも解らんのだ…」
「は……!?」
――――――
警察署内は、慎が持ち込んだ「爆弾」によって喧騒に包まれていた。
かつて慎の事件を担当した安藤留美子は、現在、生活安全課の少年係で警部補として中堅の立場に就いていた。彼女は何事かと廊下に飛び出した際、頭を抱えて立ち尽くす篠崎から詳細を聞かされ、文字通り言葉を失った。
「盗られた金は……慎君が用意した『餌』? 被害者の友人も、自分の意思で囮になったと……?」
「ああ。証拠能力を完璧にするために、構成要件をすべて満たす状況を自ら作り上げたんだ。提出されたデータに不備はない。ネットに流して私刑にするような真似もせず、法の手続きに則ってここへ来た。……安藤、俺たちはあの時、彼の変質を一時的なものだと思ったが、間違いだったらしい。彼はそのまま、あの『化け物じみた知性』を保ったまま成長してしまったんだ」
篠崎の報告は署内を駆け巡り、慎を直接知らない署員たちは戦慄した。
「中学生でこれかよ……」
「そこらの不良が文字通りの雑魚に思えるな」
「末恐ろしいガキだ…」
現場の刑事たちが吐き捨てるように呟く。一方で、彼がそこまでしなければならなかった背景に、憤りを感じる者も少なくなかった。
「……というよりも、『またあの子がこんな事をしなければならなかった』という事実を重く受け止めるべきではないですか? あまりに学校側が腐りきっていますよ」
安藤が吐き捨てる。
「それに……今度は、友人を助けるためですからね。六歳の時とは、動機が違う」
被害者家族、そして児童養護施設「□□□園」からの正式な抗議。これは単なる生徒同士のトラブルではなく、公共機関である学校が、児童養護施設の少年たちという社会的配慮が必要な層への義務を放棄し、さらに隠蔽を図った重大な人権侵害事案へと発展していた。
――――――
場面は変わり、重苦しい空気が漂う応接室。篠崎、安藤、そして上層部の数名が、慎と小杉家、そして真田施設長と向き合っていた。
篠崎が慎を注視しながら、慎重に言葉を選んで問いかける。
「……久遠くん。君がこれだけのことを仕掛けた意図は理解した。だが、警察としても確認しておかなければならない。君がこれほどの行動をして、一体何を望んでいるのか」
大人たちの視線には、かつて見た畏怖と、中学生の皮を被った「異質な何か」に対する猜疑心が混ざっていた。それを察した慎は、ふっと口角を上げた。
「……あなた達が、俺を『おかしな存在』だと思っているのは解ってます。おかげで余計な事も疑われているみたいだ。ま、仕方無いとは思いますけど」
図星を突かれた大人たちが、動揺を隠せずに顔を見合わせる。慎はその様子を冷徹に見透かしていたが、次の瞬間、椅子から立ち上がると、そのまま深く、深く頭を下げた。
「望むもの? そんなの決まってる」
「君……」
「俺の友人を助けて下さい。どうか……お願いします」
その姿は、冷徹な策士でも、大人の魂を持つ「掃除屋」でもなかった。ただ、理不尽に踏みにじられそうになった唯一の友人を、全力で救おうとする一人の少年だった。
過激な手段も、法を盾にした冷徹な立ち回りも、すべては「心を許した相手を守る」という、シンプルで純粋な情からくるもの。
「……っ」
篠崎は深く息を吐き、これまでの猜疑心を消し去るように頷いた。
「……わかった。君の望みは、確かに預かった。警察として、法の名において、適正に対処することを約束する」
「ありがとうございます」
小杉家は自分達の為に泥臭いほど深く頭を下げている慎の姿を見て、その友情に目頭が熱くなり、真田はどこか誇らしげに慎を見つめていた。




