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×××中学④

翌日から小杉淳也の席は空席となった。

慎の判断によるものだが、何も知らない高木たちは、それを見ると勝ち誇ったように下品な笑い声を上げた。淳也が自分達に屈したと解釈していたが、教室の隅から慎が放つ、刺すような冷たい視線とかち合うと、蛇に睨まれた蛙のように硬直した。


「ふ……ふん、あーあ、逃げ出しちゃったよ。結局、俺たちの勝ちってわけだ」


高木は震える声を虚勢で覆い、捨て台詞を残して慎から逃げるように教室を飛び出した。慎はその背中を見送ることもなく、静かに手元の端末を確認した。


「何が『勝ち』だ……お前は土俵にすら上がっていないんだよ、馬鹿が」


――――――


放課後。慎は決行の時を迎えた。職員室では、来年度の進路指導方針を巡る全学年の職員会議が行われていた。慎は淀みのない足取りで扉を開け、会議の中心へと歩み寄った。


「失礼します。高島先生、および諸先生方。小杉淳也の件で、最終的な確認に参りました」


整然と並ぶ教師たちの視線が一斉に慎に突き刺さる。中央に座る学年主任の佐藤が、不快そうに眉を寄せた。


「何だ久遠!?今は会議中だ、後にしろ!!」


「いえ、今でなければならないのです。これをご覧ください」


「全く、一体、何の……」


慎は持参したタブレット端末を起動し、机の上に置いた。そこには、高木たちが小杉から現金を強奪し、暴行を加えている鮮明な映像と、生々しい音声が流れた。職員室の空気が一瞬で凍り付く。


「な……っ!? お前、これをどこで……!」


高島が顔を真っ赤にして立ち上がった。隣にいた女性教諭が唇を震わせながら叫ぶ。


「なんてこと……! こんなものを隠し撮りするなんて、久遠君、あなたなんて陰湿なことを!」


「何が陰湿ですか。これが現実です。先生方は『波風を立てるな』とおっしゃいましたが、この嵐の中で溺れている生徒を見捨てるのが教育なんですか?」


慎の静かな問いかけに、一部の良識ある若手教諭たちは顔を伏せ、戸惑いの表情を浮かべた。しかし、保身に走る年嵩の教師たちの反応は、慎の予想通り――あるいは、期待通りのものだった。


「ふざけるな!こんなもの、編集や捏造の疑いがある! 受験を控えた大事な時期に、学校の評判を貶める気か!」


学年主任の佐藤が、慎の手から強引にタブレットを奪い取った。


「これは学校で預かる。不適切な物品の持ち込みとして没収だ。いいか久遠、二度とこんな真似はするな。この件は我々が『適切に』処置する。お前は帰れ!」


「『適切に』……。それは、このデータを消去し、無かったことにするという意味ですか?」


「な…!?だ、黙れ!教室へ戻れ、さもなくば相応の処分を下すぞ!」


高島が怒号を浴びせる。慎は、彼らの醜悪な表情を、自身の胸ポケットに仕込んだ小型カメラが完璧な画角で捉えていることを確信し、冷ややかに頭を下げた。


「……わかりました」


背後から「何なんだ、あいつは……」、「あんな記録を用意して、学校を脅すつもりか」という忌々しげな囁きが聞こえる中、慎は職員室を後にした。廊下に出た瞬間、彼は半ば呆れたように吐き捨てた。


「ったく、予想通りだったな。……これで最後の仕上げも完了だよ」


――――――


慎は学校を出ると、その足で児童養護施設「□□□園」へと戻った。事務室には、施設長の真田と、長田三和、そして数名の職員が集まっていた。慎は彼らの前で、隠し持っていた別の端末を操作し、今しがた職員室で起きた「証拠隠滅の現場」を再生した。


「……これは、どういうことだ、慎」


真田の声は、怒りで低く震えていた。


「見ての通りですよ。学校側は、いじめの事実を認めないばかりか、提示した証拠を力ずくで奪い、隠蔽を画策しました。これは教育委員会、および施設に対する明らかな背信行為です」


「信じられない……。いじめを放置して…挙句に『友達を助けて』と求めた慎君がこんな扱いを受けるなんて……!」


長田三和が悔しさに目尻を滲ませる。施設にとって、学校は子供たちを預ける信頼の場であるはずだ。しかし、そこに映し出されているのは、一人の少年の勇気を踏みにじる「保身の塊」でしかなかった。


「真田さん。これはもう、学校内の話し合いで解決できる段階ではありません……警察を、頼るべきだと思います」


「な…!慎、お前……」


慎の言葉に、職員たちは息を呑んだ。彼らの脳裏に、かつて六歳の慎が実母・杏子をビデオ一台で裁いた時の「伝説」が蘇る。今、その怪物の様な少年が、自分たちの目の前に現れたのだ。


「慎……お前は、また戦うつもりか?」


真田の問いに、慎は首を振った。


「今回は小杉が、彼自身が戦うと言ってくれました。僕はそのサポートをするだけです。施設としても、公式に抗議の声を上げてください。見過ごせば、次は他の子たちがターゲットになるかもしれません」


「…確かに、もう話し合いの段階では無いな…」


慎の論理的かつ強固な意志に、真田は覚悟を決めたように深く頷いた。


「わかった。……私が行こう。慎、今から小杉君のご両親に会いに行く。お前も同行しろ」


「はい。準備はできています」


慎は、全てのデータをバックアップしたSDカードをポケットに滑り込ませた。

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