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×××中学①

小学校の六年間、施設の子供という色眼鏡で慎を見ようとする者は少なからずいた。だが、彼らがいざ慎に悪意を向けようとすると、決まって得体の知れない寒気に襲われ、反射的に口を噤んだ。


それは、かつて数多の死線を潜り抜けた「掃除屋」が、無意識のうちに放つ強烈な威圧感――所謂、野生動物が格上の捕食者を前にした時に感じる、生存本能への警鐘だった。


(……ガキ相手に俺も大人気ないが、殺気ってのはそう簡単に制御できるもんじゃないな。まあ、俺も今はガキなんだがよ)


結果として、彼は不当な攻撃を受けることもなければ、放課後に遊び回るような親しい友人ができることもなかった。前世で「生」の終わりと「死」の重みを骨どころか魂の髄まで知る彼にとって、同年代の子供たちの他愛ない騒ぎは、あまりに遠い世界の出来事のように感じられたのだ。


(と言うか、戦場の経験とか以前に、中身がアラサーの俺がガキの遊びに混ざるのは想像以上にハードルが高い。話が合わなすぎるんだよなぁ…)


それでも、前世で戦友たちから慕われた「面倒見の良さ」は、ふとした瞬間に漏れ出していた。


「久遠って、ちょっと変わってるけどいい奴だよな」


「この前も足を挫いた一年生の女子を、さっと抱えて保健室まで連れて行ってたし」


「照れ屋なだけじゃない?」


「少なくとも、悪い奴じゃないと思う!」


「だよね!!」


そんな付かず離れずの評価が、彼の周囲に穏やかな、けれど誰も踏み込めない境界線を築いていた。


そして、彼は肉体を鍛え続けていた。前世の知識に基づき、成長期の負荷を計算した理想的な肉体作りだ。


「きゃー!!」


「久遠くん、すっごい身体!!」


「将来はもっとすごい事になりそう!!」


「ははは……どうもどうも」(水泳の授業のたびに、女子たちが妙に騒がしい。小学生のくせにませすぎだろ。……視線が痛いんだよ)


そんなこんなで特にトラブルも無く、無事に小学校を卒業し、慎は×××中学へと進学した。


――――――


児童養護施設「□□□園」からは慎の他にも数名、同じ学区の学校へ進学した者がいた。彼らは施設内では慎を「頼りになる兄貴分」として絶対的な信頼を寄せていたが、校内に入れば慎の意図を汲み、必要以上に群れることはなかった。


慎にとって、施設の子らと「同じ境遇の集団」として風景に溶け込むことは、己の異質さを覆い隠すための、これ以上ないほど都合の良い隠れ蓑だった。


慎は願っていた。このまま、何事もなく義務教育を終えたいと。 前世で失った「当たり前の日常」を、ただ静かに享受したい――と。だが……


入学から時が経ち、慎が中学三年となり、進路の話題が教室を支配し始めたある日のこと。 窓際の席で本を読んでいた慎の元に、一人の生徒が近づいてきた。


「……あのさ、久遠。ちょっといいかな?」


「ん?」


声をかけてきたのは、クラスメイトの小杉淳也(こすぎじゅんや)だった。派手さはなく地味で目立たないが、真面目な性格の少年だ。


「何だい、小杉?俺に話しかけてくるなんて珍しいな」


慎が本から視線を上げると、小杉は少し申し訳なさそうに頭を掻いた。


「その……図々しいのは分かってるんだけど、僕に勉強を教えてくれないかな。特に数学。お前、いつもさらっと難しい問題を解いてるだろ?」


「俺に?」


慎は一瞬、逡巡した。深入りはしない方が良い。前世の経験則がそう告げていた。 しかし、脳裏に「慎、相変わらずまともな友達がいないようだけど大丈夫か?」と、事あるごとに心配そうな顔をする施設長の真田の姿が浮かんだ。


(そうか……もう中学も終わるんだ。最後くらいは、普通の『友人』との交流というやつをまともに経験しておくのも、真田さんへの孝行になるかな……)


警戒心よりも、今世で受けた慈愛への報恩が、わずかに勝った瞬間だった。


「……いいよ。俺で教えられることなら」


慎が穏やかに了承すると、小杉の顔にパッと明るい笑みが浮かんだ。


「本当か! 助かるよ、ありがとう久遠!」


この何気ないやり取りが、後に×××中学を震撼させる巨大な騒動への、静かなる幕開けになるとは、この時の慎はまだ知る由もなかった。

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