真実
今回から主な視点が麗奈から慎に変わります。引き続きお楽しみください。
『もしもし?』
「健次郎、夜分にすまない」
『おう、慎か?急にどうした、誕生日の祝いのメッセージなら送ったけど確認してないのか?』
「違う。芳子の事だ」
スマホから聞こえてきたのは、慎の数少ない、そして「唯一の真実」を共有し得る協力者――桜田健次郎の声だった。
『いいぜ。ちょうど学校の課題が終わったところだ。……それで?織田川芳子が転校した理由が解ったのか?』
「ああ、それがな…」
慎は短く、これまでの経緯を説明した。芳子が財力に物を言わせて慎の過去を暴いたこと、そして逆にその事実にショックを受け、自ら逃亡を選択したこと。
『はぁ?……つまり何か? お前の過去の記録を見てビビって逃げたって事か。わざわざ違法行為までして……』
「佳山先生の話だとな。最後っ屁みたいな悪意で俺の過去を彼女に暴露したらしい。お陰で、俺も少しばかり『嘘の無いごまかし』をする羽目になったよ」
健次郎は呆れたように鼻を鳴らした。
『うっわ、安全圏に逃げてからの最後っ屁とか小物じゃん。所詮はその程度だったか……って言いたいけど、お前みたいなのに睨まれたら仕方ねーか。スペックがとんでもねーからなお前さんは。常人なら発狂モノだろ』
「お前も俺を危険物呼ばわりするか」
『悪い、悪い。でも、金を積めば何でも解決できると思っている我儘お嬢様には、刺激が強すぎるのは確かだろ。現実の『力』を知らなすぎたんじゃねーか?』
「………」
慎は否定しなかった。芳子が手にした資料は、慎がこの世界で「生き残る」ために積み上げてきた、効率的で冷徹な足跡そのものだ。それは法を盾にするだけのガキの遊びではなく、目的を確実に遂行するプロの執念に等しい。
『話を戻すぜ。これで『物語』は開始前に崩れたと見ていいだろうな。本来なら、織田川芳子が元凶として動き出すはずだったんだから』
健次郎の言葉に、慎の瞳が鋭さを増す。
「それは解ってる……。だが、まだ安心はできない。お前から聞いていた他の『役者』たちはまだ学校にいる。何も無ければとは思うが、どこで何が起こるか分からない」
『まぁ、そうだな。しかし、お前がそこまで佳山麗奈と親しくなるとは想定外だよ。俺が知っている筋書きじゃ、彼女はもっと孤独で、誰も助けてくれなかったはずだが、思っていた以上にうまくやれてるんじゃないか?』
慎は、ふと脳裏に浮かんだ麗奈の泣き顔を思い出した。自分の過去を肯定し、震える手で包み込もうとしてくれた、あの温かなお人好しさを。
「彼女は真剣に俺と向き合おうとしてくれている。無碍にはできない、本当に善い人だよ」
『ありゃ? お前その気になったか? 絶世の、それも綺麗な心を持った美女に、心を開いちゃったってわけだ』
「……話が脱線してるな」
『ははは、悪い』
健次郎が揶揄うように笑う。慎は視線を落とし、小さく溜息を吐いた。
「正直、罪悪感がある」
『ん?』
「彼女も他の誰も…、お前以外は俺の『中身』を知らないからな……。嘘を吐かずに秘密を守るのは想像以上に難しいし、余計な気を遣われるのは、やはり『もやもや』するよ」
慎の内に秘められた「中身」は、十六歳の少年という皮を被った、あまりに異質な存在だ。それを知らない麗奈が向けてくれる真っ直ぐな善意は、慎を複雑な心境にさせた。
『お前は良くやってると思うよ。少なくとも、佳山麗奈って女を救いたいという意志に嘘は無いだろ。それに、本当の事を言ったところで誰が信じるんだよ?』
「解っている」
慎は窓の外を見る。十一月の冷え切った夜空に、無機質な星が点在している。
「俺が……前世の記憶を持つ転生者で……この世界が、バッドエンド小説が基になっているなんて話……誰も信じる訳ないからな」
その言葉は、誰に届くこともなく、闇の中に吸い込まれて消えた。
「あれから…もう十年か。早いもんだ」
『お前が俺と会って、この世界の実態を知ったのは去年だけどな』
「ああ、そうだな」
慎はこれまでの歩みを振り返る……。
「転生」をキーワードに追加し、次話から慎の事情に関する過去篇を開始します。




