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追及

慎は、胸を枕にする茜を愛おしそうに見つめる麗奈の横顔を見ながら、茶化すように言った。


「……よほど先生の胸が気に入ったらしい。さてはこいつ、前世では男だったのか?」


「もう、久遠くんったら! 変なこと言わないで」


麗奈は顔を赤くして抗議したが、その表情はどこか晴れやかだった。名残惜しそうに、けれど慎重に、寝入ってしまった茜をそっとベッドへと寝かせると、彼女は施設を後にした。


帰りは真田の運転する車で、慎も同乗して麗奈の住むアパートまで送り届けられることになった。アパートの前で車を降りた麗奈は、夜の冷気の中で慎に向き直り、柔らかく微笑んだ。


「久遠くん、今日は……ありがとう。色々聞けて、本当によかったわ。明日からも、またよろしくね」


「ええ、先生。おやすみなさい」


慎が短く応じ、車が走り出す。バックミラーに映る麗奈の姿が小さくなっていくのを眺めていた真田が、ハンドルを握りながらおもむろに口を開いた。


「……お前が担任の先生をわざわざ施設に連れて来るとはな」


「偶然ですよ。先に捕まえたのは茜ですし、成り行きです」


慎は窓の外を流れる夜景を眺めながら、淡々と答えた。しかし真田は鼻で笑い、言葉を継ぐ。


「高校へ行ってからまた友達ができてなさそうなのが気になっていたが、まさか教師とそういう仲になるとは……お前は本当に、私達の想定できないことをする」


「……そういう風に見えましたかね?」


「ん? お前も彼女も、お互い嫌そうには見えなかったが?」


慎はしばし沈黙した。


「そうですか……」


「ははっ、自覚なしか」


「あー……自分を客観視することに関しては、確かにまだまだです」


慎は珍しく少しだけ困ったように眉を寄せ、溜息を吐いた。


――――――


施設に戻ると、今度は長田三和をはじめとする女性職員たちが待ち構えていた。彼女たちの目は、好奇心と、少しばかりの心配で爛々と輝いている。


「あ、あれ? どうしたんですか……」


「ねぇ、慎くん……本当にあの先生とは、ただの教師と生徒の仲なの?」


「は? 藪から棒に何を言うんですか」


慎が怪訝な顔をすると、長田が疑惑の目を向けた。


「さっきからベッドで茜ちゃんが『にーちゃんが、ねーちゃん泣かした』って、はっきり寝言で言ってるんだけど? あの先生をその気にさせるような何かを言っちゃった?」


「文字通りの『寝言』でしょう。しかも子供の。真に受けないでください、それ『下種の勘繰り』ですよ?」


「あのね、賢いあなたなら解っているでしょうけど、立場ってものがあるのよ?」


「そうそう、下手をしたら…」


慎は再び溜息を吐き、職員たちの過剰な反応を牽制するように手を振った。


「皆さん…その手の危ない物語の見過ぎですよ」


「いやいや、だっていつも危ないあなたのすることだもん」


「俺のことを危険物が服着て歩いてるみたいに言わないでください……」


「あ、それ知ってるわ。『取扱注意』って書いてあるTシャツ、あんたにプレゼントしようかしら」


誰かが冗談を飛ばす中、慎は呆れたように肩をすくめたが、最後にふと思い出したように、けれど確かな響きでこう付け加えた。


「ご心配なく。……仮にご想像通りの関係になったとしても、法は守ります」


そう言い残して、彼は風呂場へと向かった。残された女性職員たちは、一瞬の静寂の後、一斉に顔を見合わせた。


「うわぁ……」


「満更じゃないってことじゃん、今の」


「卒業したら『俺の妻です』とか言って、しれっとあの先生を連れてきたりして?」


「ちょっとちょっと、洒落にならないわよ」


「いや、その時には法的な問題はクリアされてる筈だし…」


「もう止してよ……でもあの子なら、あり得るかもと思えるのが怖いわね」


――――――


「ふう……」


その頃、自宅で入浴を済ませた麗奈は、ほかほかと温まった体でベッドに横たわっていた。


(びっくりしたけど、話せて良かった……茜ちゃんのおかげね)


今日、偶然にも慎に会えたこと、そして彼の過去を直接聞けたこと。すべてがあの茜という小さな天使が繋いでくれた縁のように思えた。


(茜ちゃんには感謝しないと……)


慎がどういう人間なのか全てを理解できたわけでは無い。けれど、彼が抱える孤独と、その裏側にある不器用な優しさを知った今、麗奈の心には不思議な安らぎが満ちていた。


(明日から、彼に会うのが……何だか楽しみになってきたわ)


彼女は幸福な予感に包まれながら、深い眠りへと落ちていった。


――――――


「……これで、織田川芳子は退場したと見ていいだろうな」


一方、施設の大浴場。頭から熱いお湯を被りながら、慎は暗い思考の底に沈んでいた。


「もう……『物語』は開始前に完全に崩れたはずだが……」


お湯の音に混じって、慎の低い呟きが響く。


「……とにかく、健次郎に報せるか」


やがて、慎は着替えを終えて自室のベッドに腰掛けると、スマートフォンを操作する。画面には「桜田健次郎」という名が表示されていた。

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