もてなしの料理
「慎くん、あなたが主役なんだから。ここは私たちに任せてちょうだい」
長田が苦笑しながら制そうとするが、慎は手際よくフライパンを振りながら首を振った。
「いえ。俺が先生をお連れした以上、何もしないわけにはいきませんから」
そんな会話を聞きながら麗奈は、誕生日の主役に気を使わせてしまう申し訳なさに、複雑な心境になる。
やがてテーブルに並べられたのは、彩り豊かなアクアパッツァや黄金色のパエリアだった。
「な、何これ……嘘でしょ?」
一口運んだ麗奈は、その完成度に絶句した。珈琲もそうだったが、彼の技術はもはや「趣味」の領域を完全に逸脱し、プロの矜持すら感じさせる。
「驚くでしょう? 美味しくて」
隣で山岡という男性職員が、誇らしげに目を細めた。
「え、ええ……。彼は一体、いつからこんな料理の腕を?」
「それが…慎くんは小さい頃からあんな感じでしてね。いつの間に覚えたのか、私たちにも分からないんですよ」
「そうなんですか……」
「暇さえあれば、何かを学んでいるような子でね。もちろん普通に遊んでいる時もありますが、その遊びにしても、他の子に比べて妙にレベルが高い。本当に不思議な子で…」
山岡の言葉に、麗奈は慎の異質さを改めて突きつけられた気がした。
パーティーが終わり、穏やかな喧騒が引いた頃、慎が唐突に麗奈に声をかけてきた。
「何かありましたね、先生」
「えっ…」
「街で会った時から、視線がどこか不自然でしたから」
「あ……それは、その…」
やはりこの少年に隠し事はできない。麗奈は覚悟を決め、芳子の犯罪的なプライバシー侵害と、彼女から受けた執拗な電話について正直に話すことにした。
「ごめんなさい……。後で二人だけで、少し時間をいいかしら?」
「ええ、構いませんよ」
――――――
そして、二人きりになった静かな談話室で、麗奈は事の経緯を語った。子供の喧嘩では済まされない、金と権力を笠に着た卑劣な所業。
「そういう事でしたか……。それで俺が怖くなって尻尾を巻いて逃げたと?」
「ええ…、『もう関わりたくない』って、そう言っていたわ」
経緯を知った慎は、感情を露わにするよりも先に、冷めた溜息を吐いた。
「勝手に人の過去をほじくった挙句、そんな真似を……」
慎は冷静に分析した。芳子は自分がもう安全な圏内へ逃げたと確信したからこそ、最後っ屁のように悪意を麗奈にぶちまけたのだろう。織田川家の力をもってすれば、不当な調査の証拠などはすでに隠滅されている可能性が高い。電話の録音から追及は可能だが、そうすると「調べたというのは嘘」、「本当は噂で聞いただけ」、「真実と一致したのは偶然だ」とか白を切り、泥沼の長期戦に持ち込む可能性があった。ただ、学園祭での麗奈への暴行の証拠も含めてこちらには有利な材料があるが、芳子はもうこちらに何かをする気は無さそうだ。
「いいの? 久遠くん。あんなことまでされて……」
「追いかけ回すほどの価値もありませんよ。その様子から判断して彼女は既に心が折れてる。一生勝手に怯えて、遠くで過ごせばいい。これ以上の時間を割くのは無駄です」
それは、許しではなく「完全な切り捨て」だった。
「全く、最後まで傍迷惑な先輩だ。他人の周囲を不快にさせて何が楽しいのか……」
慎は、いつになく辛辣な言葉を吐き捨てた。そして、麗奈に目を向ける。
「話すべきなんでしょうね。俺の……六歳の時の話を」




