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家庭崩壊

一つの家庭が唐突に崩壊した。


東雲家。大企業のエリート役員である父・東雲正和(しののめまさかず)の手腕でその家庭は、外面こそ裕福で完璧だったが、内実は正和の独裁に支配されていた。宏美がこの〇〇〇高校に入学したのも、彼女自身の希望ではなく、正和が自身の地位に見合う「格」を娘に求めた結果に過ぎない。


だが、その正和は自らの倫理を棚に上げ、部下の女性と不貞を重ねていた。宏美はその事実を確信しながらも、証拠を掴む術を持たず、母と共に耐え忍ぶ日々を送っていた。


しかし、ある日突然、事態は劇的に動いた。


宏美の手元に、匿名で届けられた一通の封筒。そこには、正和が不倫相手とホテルに入る鮮明な写真、親密な会話の音声データ、そしてクレジットカードの利用履歴といった、言い逃れのできない決定的な証拠が揃っていた。これらはプロの探偵が、数週間にわたり執拗に追い込み、収集した記録だという。


これを受けた宏美と母の行動は迅速だった。民法上の不貞行為に基づく慰謝料請求、および離婚調停。証拠のあまりの完遂ぶりに正和は一切の反論ができず、多額の慰謝料を毟り取られた末、会社にも噂が広まりその地位を失墜させた。宏美たちは、かつての支配者が惨めに崩れ去る様を、悲しみなど微塵も感じさせない清々した表情で見送り、新天地へと発ったのである。


一方、これらの話を他の取り巻き達が耳にした噂という形で知った芳子は、自室で苛立ちに身を焦がしていた。


「……あり得ないわ。あまりにも出来過ぎている」


宏美が転校するまで、芳子は異変に全く気づいていなかった。だが、改めて振り返れば、自分が麗奈を強請っていた期間…宏美は不自然なほどに寡黙だった。そして麗奈の服を破いてしまった時、慎がタイミング良く現れ、その後、宏美は率先して麗奈の為の代えの服を用意しに動いた。もしや?


「あいつが……宏美が裏切り者だったの!?裏で久遠と繋がっていたというわけ?」


芳子の脳裏に、慎の冷徹な瞳が浮かぶ。慎が、宏美の父親の不倫の証拠を餌に彼女をスパイとして飼っていたのではないか。だとしたら、慎は高校一年の少年の枠から完全に逸脱している。芳子の心に、怒りと同時に、未知の存在に対する底知れぬ恐怖が混じり合う。だが、彼女はこのまま引き下がりたくなかった。


(……ただのガキが、そんな真似ができるはずがない。何か隠しているのよ、あいつ)


芳子は、慎を徹底的に叩き潰すための、新たな策を練り始める。


――――――


同じ頃。


帰宅した麗奈は、自宅の留守番電話に一通のメッセージが入っていることに気づいた。


『……佳山先生、東雲です。お話ししたいことがあります』


受話器を握る麗奈の手が震える。急いで折り返した先で電話に宏美が出た。


「もしもし、東雲さん?」


『……先生。いえ、今はもう母の旧姓だった木村になりました。木村宏美です』


宏美の声は、以前よりもずっと明るく、そして決然としていた。彼女は、芳子の言いなりになって麗奈を苦しめる手伝いをしたことを、涙ながらに謝罪した。そして、その告白の過程で、ある「真実」が語られる。


『先生……実は、久遠くんが私に取引を持ちかけてきたんです。芳子さん…いえ、織田川の動向を見張れば、父の不倫の証拠をすべて揃えてやる、と』


麗奈は絶句した。


「……久遠くんが? 証拠を?」


『はい。彼は探偵を雇い、父が不倫相手と泊まっているホテルの動画や、音声記録、支出の記録まで……裁判で勝つために必要なものを、完璧に揃えてくれました。彼は、私と母を、あの地獄のような家から救ってくれたんです』


麗奈は頭を殴られたような衝撃を受けた。かつて中学時代に司法の力で組織を壊滅させた慎が、今度は彼女が知らないところで、また別の「家庭」という組織を事実上解体し、救済していたのだ。


麗奈が心配していた慎の行動による「被害」――芳子への反撃は、麗奈の想像していなかった場所で、既に完了していたのだ。


「く、詳しく教えて、宏美さん……!!」


『はい……』


電話越しに、慎の暗躍の全貌が語られる。

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