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閑話・学校の珈琲とメイド

学園祭の喧騒の中、一年A組のカフェを訪れた人々は、一様に足を止め、信じられないものを見るような眼差しを教室へと向けていた。


「なぁ、ここはどこだ?」


「どこって、高校の教室だよ」


「その筈なんだけどな……」


入り口で立ち尽くす来客たちの困惑も無理はない。教室内を満たしているのは、高校の出し物特有の浮ついた空気ではなく、芳醇な珈琲の香りと、洗練されたプロの仕事がもたらすかの様な心地よい緊張感だった。


「……美味い。信じられん。そこらの専門店より、ずっと丁寧な仕事だ。これ、本当に高校一年生が淹れているのか?」


近所に住んでいるという初老の男性は、黒板のメニューを二度見しながら、カップに残る余韻に驚嘆の声を上げた。


さらに人々の視線を釘付けにしていたのは、忙しく立ち働くクラス担任、佳山麗奈の姿だ。艶やかな黒髪を揺らし、白いフリルが眩しいメイド服を纏った彼女は、顔立ちもスタイルも、もはや現役のトップモデルと並んでも遜色がないほどの完成度だ。


「あれ、何かの撮影じゃないの?」


「あの人、本当にこの学校の先生?」


「あんな外見で、なんで教師なんてやってるのかしら。もっと他にいくらでも道があったでしょうに」


「男子生徒たちは毎日学校が楽しいでしょうね」


「ははは、そうだろうな。皆勤賞間違いなしだ」


女性客が羨望と困惑の混じった溜息を漏らし、男性客は鼻の下を伸ばしながら深く頷く。


そんな喧騒の中心にあって、麗奈と慎のやり取りだけは、どこか浮世離れした絵画のようだった。


「先生、これお願いします」


「はい、任せて。あちらのお客様の分もすぐに運ぶわね」


麗奈が信頼を込めた微笑みを慎に向ければ、慎もまた無駄のない動作で新たな注文に応じる。教師と生徒という枠を超えた、不思議な連帯感があった。


「いやぁ、凄いな…奇跡だろ」


と誰かが呟いた。


だが、そんな奇跡のような光景の隅で、異様な状態に陥っている一角があった。


「ところで、隅で座っているあの男子はどうしたんだ?」


「このクラスの子らしいけど、メイド服の先生を見て鼻血が出たんだって」


「ああ、刺激が強すぎたか」


「気持ちはわかるぞ、坊や」


通りがかった来客たちが苦笑しながら見つめる先。一人の男子生徒が、友人二人に両脇を支えられながら、魂が抜けたような顔で椅子に深く沈み込んでいた。


「おい、田中?大丈夫か、おい?」


「マジでメイド服になった先生を見てこうなるとか……お前、ある意味、心が綺麗すぎだろ」


準備会議の際に「先生のメイド服姿を想像したら鼻血が…」などと発言していた彼…田中光太郎(たなかこうたろう)は、その現実の破壊力が想像を絶していたせいか、凄まじいダメージを受けていた。


三途さんずの川が見えた……」


「おいおい、帰ってこいよ!」


苦笑しながら介抱する友人たちに揺さぶられながらも、田中の表情は天国にでも辿り着いたかのような恍惚とした喜びに満ちている。そこへ、心配そうな顔をした麗奈が歩み寄ってきた。


「田中くん、大丈夫?」


「あ、やべ」


「先生ストップ!」


「死ぬ、こいつマジで心臓止まるから!そうなると死ぬから! 先生、これ以上近づかないで!!」


「え?どうして??」


「う…おおお…」


メイド服姿の麗奈が近づくたびに、田中の鼻からは再び鮮血が垂れ始める。友人たちは必死の形相で何も知らない彼女を押し留めるのだった。

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